足音を忍ばせトイレに駆け込みしっかりと鍵を締める。
早く昂りを抑えなければ。が、思い切り出してしまいたいのはやまやまだけれど、すぐそこにイツキがいるんだ、それはできない。さすがに。さすがにそれは、うん。
『すぐそこにイツキが』というワードに、また反応してしまう息子が憎らしい。
この際ベタでもなんでもいいからと、祈るような気持ちで素数を数えた。
しばらく経って努めて素知らぬフリでトイレからリビングへ戻ると、風呂上がりのイツキが怪訝な顔をして待っていた。
「コウ、もしかして……」
まさか、バレ……
「腹、壊した?」
「へ?」
「トイレ籠って全然出てこねーから、腹壊したのかなーって。肉とか生焼けだったかな。」
「ち、ちげーよ。」
「でも……」
あぁ、そんな、バカな俺のせいでイツキがしょんぼりして……
「あれだ、べ、便秘!便秘だったのが今するーっと出たんだよ!スッキリ爽快!イツキの飯はガチで美味かったから大丈夫!」
「あっはは、便秘とかでけー声で言うなよ。外まで聞こえるぞ。ははっ。」
よかった、笑ってくれた、と心の底からほっとする。
「イツキドライヤー使うだろ、持ってくる。」
「えー面倒臭い。いーよこのままで。」
「だめ。風邪引く。」
「じゃーコウがやって。」
「しょうがねぇなぁ……。」
俺がソファに、イツキは俺の足の間にペタリと座った格好で髪を乾かしてやる。
イツキはどんな方向から風を浴びせてもされるがままでスマホゲームに夢中だ。てっぺんのつむじすら可愛いとかどんだけだよ。
ふわふわの猫っ毛がすぐ乾くのを少しだけ残念に思いながらドライヤーのスイッチをオフにする。
「ほい、終わり。」
「あんがと。よし、じゃー今日は徹夜でスモブラ大会な。」
「俺明日も部活あるんだけど。」
「いいじゃんいいじゃん、夏休みなんだから。な、さっきのアイス食っていい?」
「いーよ。」
「やったね〜♪俺アイスとってくるから、コウ、ゲーム用意しといて。」
「りょーかい。」
徹夜で、なんて張り切っていたわりに23時をすぎた頃にはイツキはとろとろと眠気眼で、コントローラーの操作もおぼつかなくなっていた。いや小学生か。
「イーツキ、寝るなら布団行けよ。」
「んー……あと1試合やろ。」
「もう無理だろ。さっきから自爆してばっかりじゃん。」
「できるもん。んん……」
言いながら、イツキは胡座をかいた俺の膝にころりと頭を載せる。
「ちょ、イツキ……っ」
「すげー、太もも筋肉でパンッパンだなー……」
「イツキ寝るなら布団っ」
「やだ。まだ寝ない。」
イツキはイヤイヤをする様に太ももに頭部を擦り付ける。頼むからそこでそんなことしないでくれ。
画面が次の試合に切り替わる。寝転んだ体勢のままイツキがコンティニューを選択したのだ。
それでいてゲーム上のイツキのキャラは微動だにしない。
「イツキ?」
……寝てる。
ふ、と、思わず笑ってしまう。
朝までゲームをしようと言って、大抵先に落ちるのはイツキ。こうして俺の膝で眠ってしまうのも、小さな頃から変わらない。
そういえばいつかの夏休みに2人でお小遣いを出し合って買ったRPG、今度リメイク版が出るっていってたな。
あの時もいっつも先にイツキが寝ちゃって、先に進めると朝になって起きたイツキが怒るもんだからなかなかクリアできなくて。まぁ俺は俺でRPGが苦手だったから、イツキが一緒じゃないと進められなかったんだよな……。なつかし。
カタ。と小さな音を立ててイツキの手から落ちたコントローラーを拾い上げ、ソファに畳んで置いてあった小さなタオルケットを腹にかけてやる。
気持ちよさそうに寝やがって。
ひとに話したら笑われるかもしれないが、このタオルケットはどこでも寝てしまうイツキのために母さんがこの場所に普段から置いているのだ。
ゲームを終了させると、突然テレビからどっと笑い声が溢れた。深夜のバラエティ番組で若手芸人達が大盛り上がりだ。慌ててリモコンを操作してボリュームを下げ、ついでにイツキの好きな芸人が出ていたので録画ボタンを押す。
「んん……」
「イツキ?起きた?」
「んー……コウ、そこ、ひだりんとこ、かくしとびら、……」
ぶふっ、、っ
吹き出してしまうのを辛うじて耐える。
またすぐにすぴすぴと寝息を立て始めたイツキの顔を眺め、両手で包む様にして髪をもふもふと撫でてみる。
もう少ししたら起こして引っ張って布団に連れて行こう。
だから今はもう少し。
もう少しだけ、このまま。
早く昂りを抑えなければ。が、思い切り出してしまいたいのはやまやまだけれど、すぐそこにイツキがいるんだ、それはできない。さすがに。さすがにそれは、うん。
『すぐそこにイツキが』というワードに、また反応してしまう息子が憎らしい。
この際ベタでもなんでもいいからと、祈るような気持ちで素数を数えた。
しばらく経って努めて素知らぬフリでトイレからリビングへ戻ると、風呂上がりのイツキが怪訝な顔をして待っていた。
「コウ、もしかして……」
まさか、バレ……
「腹、壊した?」
「へ?」
「トイレ籠って全然出てこねーから、腹壊したのかなーって。肉とか生焼けだったかな。」
「ち、ちげーよ。」
「でも……」
あぁ、そんな、バカな俺のせいでイツキがしょんぼりして……
「あれだ、べ、便秘!便秘だったのが今するーっと出たんだよ!スッキリ爽快!イツキの飯はガチで美味かったから大丈夫!」
「あっはは、便秘とかでけー声で言うなよ。外まで聞こえるぞ。ははっ。」
よかった、笑ってくれた、と心の底からほっとする。
「イツキドライヤー使うだろ、持ってくる。」
「えー面倒臭い。いーよこのままで。」
「だめ。風邪引く。」
「じゃーコウがやって。」
「しょうがねぇなぁ……。」
俺がソファに、イツキは俺の足の間にペタリと座った格好で髪を乾かしてやる。
イツキはどんな方向から風を浴びせてもされるがままでスマホゲームに夢中だ。てっぺんのつむじすら可愛いとかどんだけだよ。
ふわふわの猫っ毛がすぐ乾くのを少しだけ残念に思いながらドライヤーのスイッチをオフにする。
「ほい、終わり。」
「あんがと。よし、じゃー今日は徹夜でスモブラ大会な。」
「俺明日も部活あるんだけど。」
「いいじゃんいいじゃん、夏休みなんだから。な、さっきのアイス食っていい?」
「いーよ。」
「やったね〜♪俺アイスとってくるから、コウ、ゲーム用意しといて。」
「りょーかい。」
徹夜で、なんて張り切っていたわりに23時をすぎた頃にはイツキはとろとろと眠気眼で、コントローラーの操作もおぼつかなくなっていた。いや小学生か。
「イーツキ、寝るなら布団行けよ。」
「んー……あと1試合やろ。」
「もう無理だろ。さっきから自爆してばっかりじゃん。」
「できるもん。んん……」
言いながら、イツキは胡座をかいた俺の膝にころりと頭を載せる。
「ちょ、イツキ……っ」
「すげー、太もも筋肉でパンッパンだなー……」
「イツキ寝るなら布団っ」
「やだ。まだ寝ない。」
イツキはイヤイヤをする様に太ももに頭部を擦り付ける。頼むからそこでそんなことしないでくれ。
画面が次の試合に切り替わる。寝転んだ体勢のままイツキがコンティニューを選択したのだ。
それでいてゲーム上のイツキのキャラは微動だにしない。
「イツキ?」
……寝てる。
ふ、と、思わず笑ってしまう。
朝までゲームをしようと言って、大抵先に落ちるのはイツキ。こうして俺の膝で眠ってしまうのも、小さな頃から変わらない。
そういえばいつかの夏休みに2人でお小遣いを出し合って買ったRPG、今度リメイク版が出るっていってたな。
あの時もいっつも先にイツキが寝ちゃって、先に進めると朝になって起きたイツキが怒るもんだからなかなかクリアできなくて。まぁ俺は俺でRPGが苦手だったから、イツキが一緒じゃないと進められなかったんだよな……。なつかし。
カタ。と小さな音を立ててイツキの手から落ちたコントローラーを拾い上げ、ソファに畳んで置いてあった小さなタオルケットを腹にかけてやる。
気持ちよさそうに寝やがって。
ひとに話したら笑われるかもしれないが、このタオルケットはどこでも寝てしまうイツキのために母さんがこの場所に普段から置いているのだ。
ゲームを終了させると、突然テレビからどっと笑い声が溢れた。深夜のバラエティ番組で若手芸人達が大盛り上がりだ。慌ててリモコンを操作してボリュームを下げ、ついでにイツキの好きな芸人が出ていたので録画ボタンを押す。
「んん……」
「イツキ?起きた?」
「んー……コウ、そこ、ひだりんとこ、かくしとびら、……」
ぶふっ、、っ
吹き出してしまうのを辛うじて耐える。
またすぐにすぴすぴと寝息を立て始めたイツキの顔を眺め、両手で包む様にして髪をもふもふと撫でてみる。
もう少ししたら起こして引っ張って布団に連れて行こう。
だから今はもう少し。
もう少しだけ、このまま。