深呼吸。

よし。

……っ、やっぱ無理。
未だかつて、自分の家に入るのにこんなに勇気が必要だったことがあっただろうか。いや、無い。
話を聞いていなかった俺(ら)が悪いって言われたら、それは本当にそう。
夏休み真っ只中のこのハイシーズンに、新幹線やら宿やらを、もう1人2人お願いしますなんてことができるはずもなく。俺なんか実際部活もあるわけだし。
でもさ、好きな子と1週間、同じ屋根の下に朝から晩までいるとか、どんだけ辛いことか少しでいいから想像してみて欲しい。泣ける。

家の周りを3周回り、門に手をかけるところまでいって躊躇って、ちょっと一旦コンビニへ。
イツキの好きなアイスの新しい味が出ていたのでそれを2つ買った。
さぁ、これでもう腹を括って帰るしか無い。もたもたしていたら溶けてしまうのだから。ほら、帰るぞ。
ピンポーン……
さんざん逡巡した挙句にインターフォンを鳴らすと、一拍おいて声が聞こえた。
『コウ??どした?鍵忘れた?ちょっと待てな、今開けるから。』
家の中からトタトタと廊下を走る足音が聞こえ、ガチャリとドアが開かれる。
「おかえり!」
「ただい……っ、ま、イツキ、なにそのカッコ……っ」
「へ?これ?いいっしょ。母ちゃんがなんかで貰ったんだって。自分には可愛すぎるからってさいしょミウにあげたんだけど、ミウには大き過ぎて俺のとこに、」
「いや、え、なんでエプロンしてんだって。」
「ん?なんでってそりゃぁ……まぁいいじゃん。とりあえず手洗ってこいよ。それかシャワー浴びる?それともあたし?♡」
「バーカ。まぁでもシャワー浴びるてくるわ。汗すげーし。あ、わりぃけどこれ冷凍庫入れといてくんね?アイス。後で食おーぜ。」
手渡したコンビニのビニール袋を覗き込み、イツキは満面の笑みをみせる。
「あっ新しいやつ!俺これ食いたかったんだー!やったー!」
かわいいかよ。
「てかコウなんで自分ちなのにピンポン鳴らしたん?」
ドアを開ける勇気が無くて、なんて言えない。
「鍵忘れた。」
「やっぱりそうなん?コウでもそんなドジするんだな〜。俺がいてよかったな!」
「う、うん。」
「つーかさっきから俺ら新婚さんみたいじゃね?」
……っ!!

シャワーをジャバジャバ浴びて、心頭を滅却する。
ずっと2人きりとか地味にあんまり無かったかも。たいていどっちかの家族がどっちかの家にはいて……
あの笑顔でおかえりとか、謎のエプロンとか、
あいつあんな可愛かったか……?
だめだ、違うこと考えよ。そうだ、晩飯、何にするかな。
食費は置いてってくれたから、あとでコンビニ行って弁当でも買うか……でもコンビニの弁当だと量が足りないんだよな〜。カップラーメンも買って…ピザとるのもいいな、そうだ、イツキの好きなチキンがのってるピザ、あれもいい。
予算的に毎日ピザってわけにはいかないけど、1日くらいいいだろ。そういや好きなアニメがコラボして皿がついてくるからそれが欲しいってこの前ミウが言ってた、、、
頭の中を食べ物でいっぱいにして邪念を振り払い、キュ、とシャワーを止め、顔を上げる。
よし、大丈夫。
いける。
平常心、平常心。
……イツキも、あとでここでシャワー浴びたりする、んだよな……
っやめ、考えるなって。
あぁ、も〜……。

「イツキぃ、晩飯どーするー?」
……て、なんか…
「なんかめっちゃいいにおいするな?……っえ??」
「じゃーーーん!」
食卓に並べられた素晴らしい食事たち。
「なにこれどした??」
「作った。」
渾身のドヤ顔だ。
「イツキが??」
「うん!」
「は??イツキ料理できんの??」
「できるよ。帰宅部なめんな?さてはコウ、俺が家でずーーっとダラダラしてると思ってたな。」
「思ってた。」
「あはは。正直かよ。」
「やべぇめっちゃ美味そう。すげーな。」
「キッチン使うのコウの母ちゃんには許可とってあるから。」
「え?母さんもイツキが料理できるの知ってんの?」
「ふつーに知ってるよ。てかいつも手伝ってるし。」
「ガチ??」
「ガチガチ〜、な、食べよーぜ。俺腹減っちゃった。ごはんと味噌汁、やって。」
「お、おう。」
テキパキと準備をするイツキの姿は、いつものだらけた姿とは全然違っていて……こんなイツキ、知らない。
「「いただきまーす。」」
みるからに美味しそうなてりてりしたタレをまとったとりの照り焼きをひと切れ口へ運ぶ。口に入れる直前に「あ、これ絶対うまい」と本能が叫んだ。
「うっっっっっま!!!!!」
「まじ?やったー!!」
「ほんとにこれイツキが作ったの??うますぎじゃね?え?天才?」
「あははっ、どーだまいったか。」
「まいったまいった、やべうめぇ。米めっちゃすすむ。」
「よかった。ほんとはちょびっとドキドキしてたんだよね〜。」
「うまいよ。味噌汁もうまいし、こっちのこのたまごのやつもうまい。」
「あ、それはコウの母ちゃんに教わったんだ〜。コウそれ好きだろ?」
「好き。イツキ、これ店出せるよ。」
「それは言い過ぎ。」
「いやガチだって。今日出せ、今すぐ、ってレベル。」
「やーめろって。ハズい。」
「そしたらそんときは客として通うわ。ぜんぜん並ぶ。」
「……ばかだなぁ。」
「えー?できるだろ、行列。あ。俺米おかわりしよ〜。」
「じゃ、なくて。コウは並ばなくていーよ。」
「えーなんでよ。」
今日米足りっかな。うますぎる。
「……幼馴染特権?」
「まじか。」
「一生、並ばないでも食べられますよー権。」
「まじかめっちゃいいじゃん。イツキもおかわりする?ちゃわん貸して。」
「する。さんきゅ。リクエストあったら言ってな。ひと通り作れるよ。」
「……しょうが焼き、とか?」
「できる。」
「からあげ、とか。」
「できる。」
「カツ丼、はさすがに……」
「できる。」
「神かよ。」
「ははっ、神ではねーよ。」
「俺イツキと幼馴染でほんっっと良かった〜」
「ん、……俺も!」

「コウ、食い終わったらスモブラしよ。」
「いーけど先風呂入っちゃえば?イツキ寝ちゃうし。」
「はーい。」
イツキが風呂に入っている間に、食器を洗った。
風呂場から水音が聞こえるとよからぬ想像をしてしまいそうで、ジャァジャァと水を流しっぱなしにして皿を洗う。こういうことをするといつもなら母さんに注意されるのだけれど、今回は緊急事態だ、仕方ない。まぁ、叱言を言う母さんも今晩はいないわけだし、てか、誰も、いな…イツキと2人だけ……
ぶるぶると首をふって雑念を払う。いや、ふつーのことだから、イツキが家にいるとか。別に、なにをそんなに意識してんだ俺は。
ふと、蛇口から出ていた水の水圧が下がる。そうか、今風呂場でシャワー、使ってんだな。
…………いや。
無理だろ。
想像するなとか。
「くっそ……」
へなへなとしゃがみ込む。
イツキが風呂から上がってくるまであと5分くらいか。
何か別のことを考えよう。えーと、えーと、明日の練習メニューの、、
「コウーー!」
風呂場から呼びかけられる。
「……っ、なにーー?」
「そこらへんにパンツ落ちてないー?」
「は??」
見ると、風呂場に続く廊下に小さな布の塊が落ちていた。
「……落ちてる……!」
「ごめーん!持ってきてー!」
まじかよ。
スポーツブランドのロゴが入った黒色のボクサーパンツ。
薄目で、心を無にして拾い上げ、脱衣所の扉をノックする。
「イツキ、持ってきたぞ。」
「さんきゅ!助かったー!危うくノーパンでそっちまでいくとこだった。」
「……っ、」
「あ!今想像しただろ〜。コウちゃんのえっち♡」
もう、言い返す気力もない。