「コウ〜!イツキ〜!」
「ミズキ〜!」
待ち合わせ場所でブンブン手を振っていたミズキは出会うなりイツキに抱きつく。
「イツキ夏休み何してんだよ〜〜!めっっちゃ久しぶり〜!!会いたかった〜!」
「俺も俺も!」
イツキも頬をすり寄せて抱きしめ返す。
そういう光景を目の当たりにして俺は
ミズキそこ代われ。
とバカみたいに心のなかで思うことしかできない。
俺だって昔はもっと簡単に、触れたり、抱きしめたり、『好き』って口にしたりしていた気がする。それが今じゃこの有様だ。
「はいはい。仲良し仲良し。」
2人を引き剥がしたのは同じクラスのユウイ。
「だってコウとは部活で学校行くとすれ違ったりするけどさ〜イツキは全然会えないんだもん。」
「だもんじゃないの。コウ、お疲れ。」
「お疲れ。」
「まぁいいや、これで全員揃ったな、んじゃ行くか〜!」
イツキ、ミズキ、ユウイと俺と、ミズキとユウイと同じサッカー部のやつが何人か。
去年隣街にオープンした大型プール施設……に客をとられてすっかり閑散としてしまった我等が公営プールに向かう。
イルカの絵が描かれた幼児用の浅いプールに親子連れが数組いる以外はほぼ貸切だ。気の合う仲間となら、俺達には巨大なウォータースライダーも波のプールも必要ない。
「うっわコウすげー筋肉!!腹筋めっちゃ割れてるじゃん!筋トレしてんの??」
「筋トレもちょっとしてるけど、部活で勝手にこうなった。」
「マジかよいいなぁ〜、ちょい触らせて。」
ペタペタと触られるとくすぐったくてたまらない。
「ふははっ、やめろよ、」
「硬っっ!鉄じゃん。」
「まじか、俺も触りたい。」
「やぁめろって集まってくんなっ。」
なんてことをしていると、着替えを終えたイツキがプールサイドへやってきた。
「イツキ、日焼け止め塗った?」
開けっぱなしのラッシュガードのチャックを上げてやりながら確認する。イツキは日焼けするとひどく真っ赤になってしまうタイプなのだ。
「塗った。」
「よし。じゃーいくか!」
「おー。」


「くっくっくっ、ミズキのやつ、最っ高だったな〜。」
ミズキの顔は見事なまでにゴーグル焼けしてしまっていた。
これじゃぁ今年の夏も彼女ができないと涙目のミズキも、あまりにも気の毒でみんなでアイスを奢ったらめちゃくちゃ元気になってこれはこれで目立っていいかもしれないとかっこつけたポーズを決めて写真から動画まで撮りまくるミズキにも、みんなで腹が捩れるほど笑った。
「あいつほんといいやつだよな。」
「……うん。」
自転車の後ろで、イツキは言葉少なだ。
「眠い?」
「……ん。」
プールのあと、イツキはいつも人一倍眠くなる。
庭に出したビニールプールで水遊びしていた頃、幼稚園のプールの時間、小学校の頃少しだけ通っていたスイミングスクールの帰りのバスの中、中学で水泳の授業の後船を漕ぐイツキの背中。
とろとろした寝顔を、全部、昨日のことのように思い出す。
そっと、イツキの体重が俺の背中にかけられる。
「寝てっていいけど、絶対落ちるなよ。」
「……うん。」
と、イツキの両腕が腰に回され、ぎゅうとしがみつかれた。
「……っ。」
思わずビクリとするのを必死で耐える。
落ちないため、落ちないためだから。落下防止のため仕方なくだから。
「コウー。」
「な、なに。」
「……腹筋、硬いな。」
回された両腕が、腹の辺りで微かに動く。
「ん??うん、さんきゅ。」
さんきゅ?
「夏休み一緒に筋トレするか?」
「……。」
「寝ちゃった?」
「……。」
イツキは本当に眠ってしまったのか、それから家に着くまでもう何も喋らなかった。
俺は背中にじんわりと伝わる火照った体の熱を感じながら、なるべく平らな道を選んで家路に着く。