「イツキー。起きろー。」
ベッドの側にしゃがみこみ、眠りこける顔を眺める。
ぷにぷにと頬をつついても、髪をくしゃくしゃしても目覚めない。
『仲直り』の日以来、イツキはまた元通りの寝坊助のイツキになった。
なぁイツキ、お前、好きなやついんの?
そんなにそいつのこと好きなの?
クラスの子?
俺の知ってるやつ?
『自分が好きなやつとじゃないなら、あとは他の誰と付き合ったって同じなんだ。』
泣きそうな顔してた。
唇の両端を摘んでむにむにと引っ張る。ぷぷ、アヒルみたい。
唇の隙間からプゥプゥと寝息が漏れる。
ちくしょう、かわいいな。
俺の知らないとこで、誰かのこと一途に想ってたんだな。すげー羨ましいよ。そいつのこと。
誰だか知らねーけど、あんな顔させないでくれ。イツキの笑った顔ってめちゃくちゃ可愛いんだ。頼むから笑わせてやってくれよ。
あーあ。
ため息しか出ない。
そんなに想ってる子がいたのに、勝手にキスなんかして、やっぱ俺、サイテーだ。
だいたい、日課の様にキスをして目覚めなかったんだから、俺は運命の相手じゃないって、答えはとうに出ていたじゃないか。
もう、しないよ。
「……ごめんな。」
 
リビングでミウとテレビの占いを見ていると、2階からイツキが降りてきた。
「お兄ちゃん。おはよー。」
「おぉイツキ、おはよう。」
「……はよ。」
「お兄ちゃん今日1位だよ。いいなぁいいなぁ。」
「……当たらないだろ、そんなの。」
「テンション低っ。この占いめっちゃ当たるってクラスの子みんな見てるんだよっ。あっヤバ、もう行かなくちゃ。今日リノちゃんと待ち合わせしてるんだ。いってきまーす!」
ランドセルを背負ってミウがパタパタと玄関へ向かう。
「いってらっしゃい……って、ハンカチ忘れてるじゃん。ミウ!ハンカチ!」
テーブルに置き忘れられたハンカチを手に取り追いかけ……
と、クン、と後ろへ引っ張られた。

振り向くと、俺の制服の裾をイツキの指先が摘んでいる。
「……イツキ?」
「……。」
「どした?」
何か、言いたげだ。
「……。」
なんだ?
「コウちゃーん!ハンカチとってー!」
ミウの声にハッと我に返る。
「ちょっと待って今行く!イツキ、大丈夫?」
「……うん。」


「なぁコウちゃんよ。」
「んー?」
背中でイツキの声がする。
普通に不便だろうからとパンクは昨日俺が直したけれど、イツキは今日も俺の後ろに乗って行く。
「あのさー。」
「なに?」
「……。」
「どうしたんだよ……、、ぅあっっっ!!」
背中に口を押し当ててイツキが何か言う。
「ちょっやめっ……!!」
必死の抗議も聞こえないフリをしてむぐむぐとやり続けるのでむず痒くてたまらない。咄嗟にペダルを漕ぐ足を止める。
「あっぶねぇだろ、なにしてんだよっ!」
「あっははは、コウ昔っから背中弱いよな〜。」
「どうした??なんかイツキ朝からおかしいぞ??」
「べっつにー。……なぁ、昨日の小テスト、どうだった?」
「小テスト?永島のやつ?」
「そーそー。」
「まぁ普通に……一個引っ掛けあったよな。」
「うぇ、マジか。気づかんかった。俺再試かもなー。」
「そんなに?」
「うん。たぶん。」
「なんか朝から変なのそれ気にしてんの?」
「まぁそんなとこ。」
そんなにできなかったのか。
「そか。あんま落ち込むなよ。再試んなったら俺が教えてやるから。」
「ほんと?」
「ほんと。」
「やった!コウ大好き!」  
大好き、とか、軽々しくいいやがって。
複雑な気持ちを振り切るようにして、俺は今日も学校へ向かってペダルをぐんぐん踏む。