次の朝、いつものように隣家へ行くと、イツキはすでに学校へ行ったとミウに告げられた。
小中高通してこんなこと初めてで、ミウも自分で言ってキツネにつままれたような顔をしている。
信じられないような気分で自転車にまたがって学校に向かう。後ろが妙に軽くて落ち着かず、嘘みたいに静かな通学路はなんだかいつもより長く遠く感じられた。
「コウ、おはよー。」
見渡した教室に、イツキの姿は無い。
「おはよ。なぁ、イツキまだ来てない?」
「イツキ?一緒じゃねぇの?」
「うん。先に出たはずなんだけど。」
「へー珍し。じゃ、来てんのかな?俺はまだ会ってないよ。」
「そか。」
「うん、あ、HR始まる。」
教室の前の廊下に担任の姿が見えたのと殆ど同じタイミングで後ろの入り口からイツキが教室へ滑り込んだ。近くの席のクラスメイトと「セーフ!」と笑い合うイツキはいつも通りといえばいつも通りだ。
ところが、昼休みに放課後も、イツキは姿を見せない。するっと消えてしまうのだ。
驚くべきことに、次の朝も、その次の朝も俺より早く家を出てしまっていた。
間違い無い。
避けられている。
「お兄ちゃんどうしちゃったの?」
3日目の朝、ミウが不安気に俺に尋ねた。
俺が聞きたいくらいだ、と思いながらそれでも
「大丈夫。」
と、頭をポンポンと撫でると
「コウちゃん、早く仲直りしてね。」
泣きそうな顔でミウは言うのだった。


翌朝早朝。
通学路から一本外れた小さな児童公園のベンチに座って待っていると、大きな欠伸をしながらイツキがてれてれと歩いてやってきた。
俺の姿を見つけるなり、逃げろとばかりに踵を返す。
「イツキ、待て、逃げんな。」
ビクリと足が止まり、頬をこわばらせてイツキは振り向いた。
「なんでいんの……??」
「幼馴染なめんなよ。お前の行くとこなんか大体想像つくんだよ。」
「……。」
「何怒ってんの?」
「怒ってない。」
「怒ってんじゃん。」
「……。」
「なぁイツキ、言ってくれないとわかんないよ。」
「言ったって、コウには絶対分かんない。」
「……誰か、好きな子いるのかって、聞いたこと?」
「違う。」
「俺そういうの鈍いからさ、お前にそういう相手がいるって全然気がつかなかったんだ、、勝手なこと言って悪かったって思…」
「だから違うって言ってるだろ!」
「イツキ……」
「ごめ……、もう、ほんと、いいから。」
「…じゃぁ、避けんのやめろよ。」
「……。」
「お前に避けられんの結構キツイ。」
「……。」
「朝だって、後ろにイツキが乗ってないとなんか調子狂うんだよ。」
「……早くパンク直せって言ってたじゃん。」
「言ったけど……っ、」
「……淋しいか。」
「は??ちがっ」
「ふーん、違うんだ。じゃぁいいや。乗ってやらん。バスでも行けるし。」
「ちょちょ、ちょっと待て、んんんだからーー」
「ん?」
「…みしい。」
「聞こえないなー。」
下から覗き込むようにしてによによと笑う顔が憎たらしい。
「あ〜もう〜……っさみしいよ!お前がいないとなんか、とにかくダメなんだよ。一緒に行ってくれ。頼む!」
恥ずかしすぎる。
「はは……っ!!しょーがねぇな、わかったわかった、一緒に行ってやるよ。」
「くっそ……」
たぶん今顔めっちゃ赤い。
「あはは。そーと決まれば早速乗せて。時間ヤバめかも。」
「へ?うっわガチだ、遅刻!!」
「ほれ頑張れ頑張れ。あ、でも安全運転でお願いしまーす。」
「……ったく、やっぱやめときゃよかったかな。今からでも1人で…」
「ダメでーす。取り消せませーん。」
「はぁ……あ、イツキ、ミウがすげー心配してたぞ。」
「あぁ、それ母ちゃんにも言われたけどさ、俺が早起きして自分で学校行っただけで泣くほど心配されるってどゆこと。失礼じゃね?」
「泣きたくなる気持ちわかるな〜。天変地異フラグ。」
「なんだとこの〜っっ」
「あっぶねぇって……っ」

ミウの言う「仲直り」の状態にはなったと思う。
けど。
俺の中ではもう決定的に何かが違ってしまっていた。
好きなやつって誰だよ。
話の流れから考えたら、「ももちゃん」では無さそうだし、今まで付き合ってた子でもない?
榊先輩……やっぱ初カノだし。
榊先輩が初カノかどうかだって本当のところは分からないな。
イツキのことなんでも知ってるって思ってたけど、きっとほんとは何も知らない。
俺の知らない誰か。
俺の知らないイツキ。
必死で見ないようにしていた絶望を目の前に突きつけられたみたいだ。