「妻は本当にロシアへ行ったのでしょうか」
 彼女を家に送り届けたあと、ホテルの部屋で倭生那はミハイルと向き合った。
「わかりません。そうかもしれないし、そうでないかもしれない」
 ミニバーから取り出したウイスキーの小瓶を開けながらミハイルが首を揺らした。
「それに、彼女が私たちに協力してくれるとはとても思わないのですが」
 ミハイルから返事はなかった。
 グラスにウイスキーを注いで口に運んだだけだった。
 その琥珀色の液体を見ていると、無性に飲みたくなった。
 あの日以来禁酒をしているので体が欲していた。
 しかし、飲み始めたら止まらないことはわかり切っていたので、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してゴクゴクと飲んだ。

「泳がせておけばいいんです」
 なんでもないというような言い方だった。
「そのうちボロが出ます」
 明日から別の探偵を張り付けるという。
「この(つら)は割れていますからね」
 残りのウイスキーをぐっと煽って、グラスをテーブルに置いた。
 そして、「では」と言い残して部屋から出て行った。