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 ロシアの凍結資産を没収することをカナダが決めた。
 それは、G7議長国のドイツ首相が来日する直前のことだった。
 
「このタイミングで発表するとは思わなかったが、どちらにせよ、凍結から没収へという流れが加速することは間違いないだろう。当然ロシアは反発するし、あらゆる手を使って阻もうとするだろうが、他国を侵略するとその代償は計り知れないことを身に沁みてわからせるためには避けて通れない。我が国も今からその準備をしておかなければならない」
「はっ」
 総理の毅然とした口調に芯賀は直立不動になって顔を引き締めた。
「それから、当然のことながらロシアは対抗策を講じてくる。つまり、G7の資産を凍結し没収することを考えるだろう。その影響についてもしっかりと分析しておかなければならない」
「はい。それについては既に報告が上がってきております。日本がロシアに直接投資している残高は2,500億円ほどで、世界全体に対する投資残高の僅か0.12パーセントにすぎません。また、ロシア向けの輸出も大きくありませんので、日本経済における影響は軽微と思われます」
「そうか」
「はい。しかし、議長国のドイツは大変だと思います。エネルギー分野だけでなく数多くのプロジェクトに参画していますので、高額な製造設備や物流資産を失うとなると、甚大な被害が発生すると思われます」
「だろうな。ロシアとの結びつきは日本の比ではないからな」
 頷いた芯賀の脳裏にメルケル元首相の顔が浮かび上がってきた。
 彼女はロシアとのパイプライン建設を積極的に進め、その投資額はノード・ストリーム2だけで110億ユーロと言われている。
 そのうち約半分はロシアの企業が出資しているが、それでも相当な額を注ぎ込んでいるのだ。
「ショルツさんも大変ですね」
 明日来日するドイツ首相の顔が脳裏に浮かんだ。
「そうだな。だが、メルケルさんと違って中国に寄らずに日本に来ていただくのだから丁重におもてなしをしなければならない」
「承知しております」
 芯賀は準備の状況を確認するために総理執務室をあとにした。