仕方がないので電話は諦めて妻の行動を推測することに切り替えた。
 このメモからすると日本にはいないと考えた方が間違いないだろう。
 とすると、ロシアしかない。
 ということは、実家に帰ったのだろうか? 
 でも何故? 
 もしかして両親が病気になった? 
 いや、そんなことは聞いたことがない。
 それに、見舞いに行くなら『探さないで』と書くはずはない。
 では、なんだ?
 考えたが、さっぱりわからなかった。
 心当たりは何も無いし、変な素振りを感じたこともなかった。
 どんなに考えても思い当たることはなかった。
 
 ……いや、そんなことはない。
 あの日はおかしかった。
 元気がなさそうだったし、笑い方が変だった。
 買い物から帰った時は元に戻っていたのでそれ以上気にすることはなかったが、明らかにおかしかった。
 しかし、だからといってそれがこのメモに繋がるとは思えなかった。
 といって、他に原因があるとも考えにくい。
 喧嘩をしたこともないし、トラブルに巻き込まれたこともない。
 平凡だけど平和な毎日が続いていたのだ。
 唯一の気がかりはロシアによるウクライナ侵攻だったが、それが家を出て行くほどの理由とは思えなかった。
 う~ん、わからない。何もわからない。
 ただ、どういう理由であれ、どういう事情だとしても、ロシアに帰ること以外にはあり得ないだろう。
 だとすれば、もう既に飛行機に乗っているだろうか?
 わからない。もしかしたら羽田か成田で搭乗待ちの可能性もある。
 しかし、モスクワへの直行便は運航停止になっているはずだ。
 とすると、トルコ経由か? 
 そうだ、そうに違いない。
 現在トルコには渡航中止勧告は発令されていないはずだと思って調べると、案の定、観光、ビジネス共に入国可能となっている。
 それにワクチンを3回接種した人は隔離措置の適用もないということだから、ハードルは低い。
 早速運行状況を調べると、ターキッシュエアラインズが羽田から毎日運航していることがわかったのですぐに電話をして搭乗者名簿の確認を頼んだ。
 しかし、本人以外には教えられないと断られた。
 夫であることを伝えたが、それでも答えてはくれなかった。
 個人情報保護や詐欺対策の面から厳しく運用されているのだろう。
 これ以上粘っても(らち)が明かないので電話を切ったが、スマホに表示された時刻を見て暗い気持ちになった。
 出発時間を10分ほど過ぎていたのだ。
 妻はもう機中の人になっている可能性が高いことになる。
 まいった……、
 両手で顔を覆って中指で両目頭を揉んだ。
 すると、頭の中が後悔でいっぱいになり、行くんじゃなかった、と北海道への出張を悔やんだ。