10
「石炭はちょっと……」
総理と向き合っている経済産業大臣が顔を曇らせ、ロシアからの輸入禁止措置は難しいと首を振った。
ロシア産を国際市場から締め出すことになると価格高騰を招くことになるからというのが理由だった。
「それに、エネルギー資源を輸入に頼らざるを得ない日本の立場は理解していただいておりますので、欧米各国から非難されることはないと思います」
3月下旬にヨーロッパを訪問した際に各国に説明して理解を得たことを再度繰り返した。
「とはいっても」
総理は〈日本だけ踏み込まないことが許容されるとはどうしても思えない〉と釘を刺した。
その上で、「ロシア産が占める割合はどれくらいなのか?」と大臣に問いただした。
すると、横に座る経産省の幹部がすぐに答えた。
「15パーセントになります」
「15パーセントか……」
小さくない数値だった。
しかし、同席している芯賀にはなんとかなる数値のようにも思えた。
「代替は可能か?」
「可能だとは思いますが、すぐにできるわけではありません」
また幹部が即答した。事前に総理の質問を予想していたのだろう。
「EUはどうなっている」
「ほぼ決まりかと」
今度は大臣が答えた。
「となると、腹を括るしかないな」
「しかし、それでは産業への影響が大きすぎます。それに、電気代が上がるなど国民への影響も無視できません」
大臣が必死になって止めようとした。
「そんなことはわかっている」
総理は声を張り上げた。
「国民に更なる負担をかけることは十分わかっている。しかし、ブチャの惨状を見た今、日本だけ制裁しないという選択肢はないだろう。惨い殺され方をしているんだぞ。無抵抗の人が撃たれているんだぞ。黙ってなんかいられるか!」
総理の怒声が部屋中に響き渡った。
大臣と幹部は驚きの表情を浮かべて首をすくめたが、総理の怒りが収まることはなかった。
「戦争犯罪とか国際法違反とか、そんな軟なことを言ってる場合ではないんだ。毎日毎日多くの人が殺されて、拷問を受けて、レイプされているんだぞ。何千人か何万人かわからないがロシアに連行されて強制労働をさせられているんだぞ。そんなことを許せるはずがないだろう!」
昂った総理が大臣と幹部を睨みつけた。
すると2人は固まったように身動き一つしなくなり、場が凍りついたようになった。
芯賀はそれを放っておけなかった。
「総理」
そのくらいになさらないと、というニュアンスを込めながらも務めて穏やかな声を出した。
すると、「ふぅ~」と総理は自らの苛立ちを収めるように大きく息を吐いて、2人に向かって右手を立てた。
「大きな声を出して済まなかった。つい興奮してしまって、悪かったな」
軽く頭を下げた。
しかし、表情を緩めることはなかった。
「とにかく、例え痛い思いをしたとしても制裁を強めなければならない。一国の利害を超えて正義のために戦わなければならないのだ。それに、ロシアを徹底的に追い詰めなければウクライナの国民が救われない。善が悪に負けてはならないのだ」
「はっ!」
総理が言い終わるなり、大臣が背筋を伸ばした。
そして、「承知いたしました。すぐにロシア産石炭の輸入禁止スケジュールを立案致します」と打って変わって腹を括ったような声を発した。
その横で頷いた幹部の口は覚悟を決めたように真一文字に結ばれていた。
「石炭はちょっと……」
総理と向き合っている経済産業大臣が顔を曇らせ、ロシアからの輸入禁止措置は難しいと首を振った。
ロシア産を国際市場から締め出すことになると価格高騰を招くことになるからというのが理由だった。
「それに、エネルギー資源を輸入に頼らざるを得ない日本の立場は理解していただいておりますので、欧米各国から非難されることはないと思います」
3月下旬にヨーロッパを訪問した際に各国に説明して理解を得たことを再度繰り返した。
「とはいっても」
総理は〈日本だけ踏み込まないことが許容されるとはどうしても思えない〉と釘を刺した。
その上で、「ロシア産が占める割合はどれくらいなのか?」と大臣に問いただした。
すると、横に座る経産省の幹部がすぐに答えた。
「15パーセントになります」
「15パーセントか……」
小さくない数値だった。
しかし、同席している芯賀にはなんとかなる数値のようにも思えた。
「代替は可能か?」
「可能だとは思いますが、すぐにできるわけではありません」
また幹部が即答した。事前に総理の質問を予想していたのだろう。
「EUはどうなっている」
「ほぼ決まりかと」
今度は大臣が答えた。
「となると、腹を括るしかないな」
「しかし、それでは産業への影響が大きすぎます。それに、電気代が上がるなど国民への影響も無視できません」
大臣が必死になって止めようとした。
「そんなことはわかっている」
総理は声を張り上げた。
「国民に更なる負担をかけることは十分わかっている。しかし、ブチャの惨状を見た今、日本だけ制裁しないという選択肢はないだろう。惨い殺され方をしているんだぞ。無抵抗の人が撃たれているんだぞ。黙ってなんかいられるか!」
総理の怒声が部屋中に響き渡った。
大臣と幹部は驚きの表情を浮かべて首をすくめたが、総理の怒りが収まることはなかった。
「戦争犯罪とか国際法違反とか、そんな軟なことを言ってる場合ではないんだ。毎日毎日多くの人が殺されて、拷問を受けて、レイプされているんだぞ。何千人か何万人かわからないがロシアに連行されて強制労働をさせられているんだぞ。そんなことを許せるはずがないだろう!」
昂った総理が大臣と幹部を睨みつけた。
すると2人は固まったように身動き一つしなくなり、場が凍りついたようになった。
芯賀はそれを放っておけなかった。
「総理」
そのくらいになさらないと、というニュアンスを込めながらも務めて穏やかな声を出した。
すると、「ふぅ~」と総理は自らの苛立ちを収めるように大きく息を吐いて、2人に向かって右手を立てた。
「大きな声を出して済まなかった。つい興奮してしまって、悪かったな」
軽く頭を下げた。
しかし、表情を緩めることはなかった。
「とにかく、例え痛い思いをしたとしても制裁を強めなければならない。一国の利害を超えて正義のために戦わなければならないのだ。それに、ロシアを徹底的に追い詰めなければウクライナの国民が救われない。善が悪に負けてはならないのだ」
「はっ!」
総理が言い終わるなり、大臣が背筋を伸ばした。
そして、「承知いたしました。すぐにロシア産石炭の輸入禁止スケジュールを立案致します」と打って変わって腹を括ったような声を発した。
その横で頷いた幹部の口は覚悟を決めたように真一文字に結ばれていた。