アメリカ軍が撤退した日のことを思い出したと言って目を伏せた。
 それは、2012年8月30日のことだった。
 アメリカ中央軍の司令官がアフガニスタン撤退完了を宣言したのだ。
 その日、アフガン地上部隊司令官とアフガン大使を乗せたC-17輸送機がカブール国際空港を飛び立つと、タリバン検問所から祝砲が鳴り響き、市内を警備する戦闘員から歓声が上がった。
 指導者の一人は「我々はアメリカに勝った」と豪語した。
 しかし、その日を境に過激派組織タリバンが支配する恐怖国家に立ち戻った。
 それは、女性の権利を含めた人権が失われたことを意味していた。
 
 アメリカ軍が侵攻する前の第一次政権では女性は働くことができなかった。
 父親や夫などの男性の付き添いなしで外出することもできなかった。
 更に、就学の自由は制限され、10歳以上の女子の登校は許されなかった。
 顔を出すことさえもできなかった。
 頭から全身をすっぽり覆うブルカの着用を義務付けられたのだ。
 それが極端なイスラム原理主義を崇拝するタリバンの思想だった。
 
「すべての女性の夢が破壊されたのよ」
 ナターシャは唇をかんだ。
 頭の中には大学院で学ぶことができた自らの幸運と対比せざるを得ない複雑な想いが渦巻いていた。