建物の外に出ると、ヘリコプターが待ち構えていた。
 それに乗り込んでシートベルトを装着し、前を向いて顎を引いた。
 
 北部方面隊の別海(べっかい)駐屯地から飛び立ったヘリコプターが海を越えた。
 そこは戦後80年間越えられなかった海だった。
 僅か37キロ余りの海を越えることができなかったのだ。
 
「そろそろ到着いたします」
 同行する自衛隊幹部が緊張した面持ちで告げると、芯賀は心と体をほぐすように大きく息を吐いた。
 歴史的な一瞬が目前に迫っているのだ。
 総理という立場であっても緊張を隠すことはできなかった。
 
 ヘリコプターの羽が発する強風に煽られながら芯賀が島の土を踏んだ。
 1歩、2歩、3歩、噛みしめるように歩いた。
 迎える島民は全員ロシア人だったが、その手には日本の国旗があり、歓迎するように強く振られていた。
 
 芯賀はふと立ち止まり、管制塔に立つセンターポールを見上げた。
 そこには日本の国旗がたなびいていた。
 それを見ると、択捉(えとろふ)に降り立った実感がじわじわと湧いてきた。
「やっと……」
 絞り出すように声を発した芯賀の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。