その後、次の大きな一手を打ったのは9月に入ってからだった。
 部分動員令を発動したのだ。
 予備役30万人を段階的に徴集して前線に送り込むためだった。
 しかし、国内の反発は予想以上に大きく、大規模なデモが発生した。
 更に、地方自治体の失態もあって国民の懐疑心は増大した。
 そのせいで海外へ脱出する者が一気に増えて収拾がつかなくなった。
 その結果、国民の気持ちはお前から離れていった。

 そこで次の一手を打った。
 東南部4州の併合だ。
 分捕った4州をロシア領にすることで戦果を強調したのだ。
 しかし、クリミア併合の時のような高揚感は国民の間に広がらなかった。
 予備役徴集の動揺が打ち消したのだ。