大学4年生の時に見知らぬ男が訪ねてきて、お前の夢は現実となった。
 彼はKGBの職員だった。
 もちろんお前はその男の誘いに乗り、1975年にKGBの一員となった。
 共産党に入党したのもその時だった。
 KGB職員は党員でなければならなかったからだ。

 対外諜報(ちょうほう)活動の研修中に外国諜報部の幹部の目に留まったお前は4度の面接を経てスカウトされ、レニングラードの諜報部で働き始めた。
 その後、モスクワで研修を受け、1985年に東ドイツのドレスデンへ派遣された。
 主な任務はNATO対策だった。
 情報源を雇い、収集した情報を分析してモスクワへ送るのだ。
 それをきっちりこなしたお前は二度の昇進を果たして上級補佐となった。
 現地のナンバーツーの地位に就いたのだ。

 しかし、ゴルバチョフのペレストロイカによりソ連邦が地殻変動を起こす中、東ドイツでも不穏な動きが始まった。
 そのことによって、諜報活動が困難に直面するだけでなく、機密が流出する懸念が強まった。
 それを恐れたお前はあらゆる文書や連絡先リスト、諜報員のネットワークリストをすべて燃やして秘密を守った。