「首相!」
 議員の声が一段と大きくなった。
 地域経済が衰退すれば自らの地盤も低下して次の当選が危うくなるのだから必死になるのは当たり前だが、それをいちいち聞き届けるわけにはいかない。
 個別最適の総和が全体最適になるとは限らないからだ。
 というよりも乖離することの方が多い。
 選挙区の意向を無視できない議員と国全体の将来を考えないといけない総理とでは立場が違うのだ。
 それでも無下(むげ)にするわけにはいかない。
 特に彼のような最大派閥に所属している議員に対しては慎重に対応しなければならない。
 芯賀が固唾(かたず)を呑んで見守っていると、総理が穏やかな声を出した。
「わかっています」
「では」
 議員の顔に期待の色が浮かんだ。
 しかし言質(げんち)を取られるわけにはいかないというように、「総合的に判断して、しかるべき方針を定めていきたいと考えております」と話を収めた。
 その途端、議員の顔に戸惑いのようなものが浮かんだが、次の予定があると芯賀が告げると、「ありがとうございました」と頭を下げて部屋から出ていった。

 ドアが閉まったことを確認した総理は芯賀に2018年5月26日に行われた日ロ首脳会談の資料を要求した。
 そのファイルを渡すと、中から1枚の写真を取り出した。
 安倍首相とプーチン大統領ががっちりと握手を交わしている写真だった。
 安倍は満足げな表情を浮かべているが、プーチンの顔に笑みは浮かんでいない。
 したたかな何かを含有するような鋭い視線を前方に向けている。