すぐにかけ直したかったが、妻の要望に添えるものが何もない状態でそれをすることはできなかった。
 大手商社といえど手に余り過ぎる案件なのだ。
 それに管理職でもない自分が夢のようなことを語っても誰も相手にしないだろう。
 ましてや投資回収モデルで確実に利益を出すためのシミュレーションさえ存在しないのだ。
 そもそも不確定要素が多すぎる。
 戦争終結の時期が見通せないし、長引けば長引くほど復興に必要な資金が積み上がる。
 それに、戦争終結後のウクライナの経済成長率もどうなるかわからない。
 余りにもわからないことだらけなのだ。
 
 しかし、だからといって諦めるわけにはいかない。
 ナターシャが覚悟を決めて命を懸けて取り組んでいることなのだ。
 戦いが続く異国で体を張っているのだ。
 こちらも覚悟を決めてやらなければならない。
 それに、諦めたらモットーにも反してしまう。
『出来ない理由を言うのではなく、どうすればできるようになるか考える』と常に言い聞かせているのに、案件が手に余るからといってギブアップするわけにはいかない。
 これは己の根幹にかかわることなのだ。
 
 では、どうする?
 改めて自らに問うたが、答えが出てくることはなかった。
 複雑すぎるパズルを一人で解くのは無理だった。
 誰かの力を借りなければ先に進めそうもなかった。
 しかし、この難題を解いてくれる人がいるだろうか? 
 同じ部署の先輩の顔を思い浮かべてみたが、これという人には行きあたらなかった。
 では他部署ではどうか? 
 各部門のエースと呼ばれている人の顔を思い浮かべてみたが、ピンとくる人はいなかった。
 超一流と呼ばれる大学出身者ばかりだったが、彼らに突破力があるとは思えなかった。
 
 やっぱりいないか……、
 と呟いた時、不意に男の顔が浮かんできた。
 経営企画室にいる同期だった。
 同期といっても3浪しているので年は3歳上だが、3年かけて世界一周したという強者(つわもの)だ。
 その経験を会社も評価しているのか、大きなプロジェクトにいくつも参加しており、社内外に豊富な人脈を構築している。
 相談する相手としてはこれ以上の人物はいないように思えた。