その日のすべての会議が終わったのは夜の9時過ぎだった。
 長い時間をかけて議論を重ねたが、5つの会議から導き出されたのは〈無〉でしかなかった。
 立場の相違や意見の相違を埋めることができず、飢えで苦しむ人を助け出すための一歩を踏み出すことができなかった。
〈徒労〉という言葉だけが頭を支配していた。

 自室に戻ってシャワーを浴びてソファに体を預けた不曲は、嫌なことを忘れるためにCAVA(カヴァ)をグラスに満たした。
 次席補佐官になる前に赴任(ふにん)していたスペインではまったスパークリングワインだった。
 シャンパーニュと同じ製法で作られた高品質なものでありながら価格がリーズナブルなので気に入っている。
 グラスを近づけると、爽やかな香りが鼻に抜けた。
 一口含むと、辛口の泡がすっきりと染み渡って今日一日の疲れと不完全燃焼を洗い流してくれたような気がした。
 もう一口飲んで目を瞑った。
 
 今夜の耳のお供は『KENNY(ケニー) G(ジー)』だった。
 全曲ボサ・ノヴァの『brazilian nights』
 優しいサックスの音色がゆったりとしたリズムに乗って部屋の中に広がった。
 
 酔いしれていると、ピアノのソロが始まった。
 控え目だがしっかりスウィングしている。
 自然に体が揺れて演奏と同化したように感じた。
 それに、酔いも手伝って至極の気分になってきた。
 すると唐突に思いもかけない言葉が浮かんできた。
 それは探し求めていた糸口になる言葉で、突然のことに戸惑ったが、ケニーGからの贈り物のような気がして表紙に写る彼の顔を見つめた。
 誰かに笑いかけているのだろうか、
 明日への希望に満ちたその顔に吸い込まれそうになった時、『オデッサのロシア人』にインスパイアされたハンドルネームがサックスの音色に合わせて心地良く踊り始めた。