それを見た瞬間、心臓が止まりそうになった。
 どうしてかわからないが、ナターシャを感じたのだ。
 それは直感でしかなかったが、外れているはずはないという思いに支配された。
 
 すぐにアクセスしてメッセージを読んだ。
 すべてを読み終わった時、直観は確信に変わった。
 間違いなかった。
 ナターシャの言葉そのものだった。
 
 読み返す度に涙が出てきた。
 気づいてあげられなかったことを悔いた。
 プーチンと同じロシア人であることの辛い思いを(おもんばか)ってあげられなかった自分を責めた。
 
 ロシア人というだけで酷いことを言われていたのかもしれないし、意地悪をされていたのかもしれないと思うと、可哀そうで仕方なかった。
 なんにも言わなかったからわからなかったが、心の中が張り裂けそうになっていたのかもしれないのだ。
 
 何やってたんだ、
 たまらなくなって己を詰ったが、今となってはどうしようもなかった。
 悔やんでも時間を取り戻すことはできない。
 スマホを閉じて立ち上がり、机の引き出しを開けてメモを取り出した。
『探さないでください』と書かれたメモだった。
 苦渋の中で書かれたであろうメモだった。
 今になってやっとわかったが、死を(いと)わない強い意志が込められたメモだった。
 覚悟を決めてこの家を出て行ったのは間違いなかった。
 
 どれほど辛かったか……、
 目を瞑ると、鍵を閉めて背中を向けた彼女の姿が浮かんできた。
 その右手には一枚の切符が握られていた。
 日本発プーチン行き。片道切符だった。
 
 ナターシャ……、
 呟きが涙に濡れて床に落ちた。
 しかし、その中に妻の顔はなかった。