黒海を左に見ながら海岸沿いをぶっ飛ばして、交替で運転しながらブルガリアを目指した。
 
 なんとか無事にブルガリア領に入ることができたが、ミハイルの状態は更に悪化しているように見えた。
 すぐさま現地で病院を探すことに決めてミハイルに伝えたが、異国の病院は嫌だと拒絶した。
 トルコ以外の国で治療は受けたくないと強固に拒んだ。
 
 仕方がないのでまた車を走らせたが、やっとトルコ領に入った時は安堵を超える気持ちになった。
 しかし、ミハイルの容体(ようだい)は更に悪化しているようで、時間との勝負のように思えた。
 助手席の探偵にイスタンブールで一番と呼ばれている病院に連絡を入れてもらってアクセルを踏み込んだ。
 
 病院に到着した時の彼は朦朧(もうろう)としているようだった。
 待ち受けていたスタッフによってすぐに集中治療室に運ばれて検査が始まったが、その後、担当した医師から敗血症(はいけつしょう)の疑いがあると告げられた。
 細菌やウイルスに感染することによって全身の様々な臓器に障害を与える危険な病気なのだという。
 
 すぐに治療が始まり、3種類の抗菌薬が投与された。
 どれも強力な薬で、ショックと臓器不全を防ぐことを期待しているということだった。
 よく効く薬だと聞いてホッとしたが、医師の話はそれだけでは終わらなかった。
 外科手術の必要性も検討しているのだという。
 感染部位に壊死(えし)した組織があれば除去しなければならないというのが理由だった。
 
「まさか切断ということはないでしょうね」
 しかし、医師は否定してくれなかった。
 今の段階ではなんとも言えないと言うのだ。
 思わず天を仰いだ。
 すると脳裏に義足をはめたミハイルの姿が浮かんできたので慌てて首を振って打ち消したが、それでも心の中で増大する不安の塊を抑えることはできなかった。