少しして戻ってきた彼女の手には小さな紙袋があった。
 パンと水が入っているという。
 お礼を言って受け取ろうとすると、彼女のお腹が鳴った。
 彼女は恥ずかしそうに(うつむ)いたが、空腹のまま仕事をしているだろうことは容易に想像できた。
 もしかしたらこれは彼女が今日口にする唯一の食事かもしれないと思うと、素直に受け取れなくなった。
「無理言ってすみませんでした」
 頭を下げて、運転席側に回り、ドアを開けてシートに腰を落とした。
 すると、太腿の上に紙袋が置かれた。
 返そうとすると押し返された。
 それでも返そうとすると、「幸運を祈っています」と言って顎の下で両手を組んだ。
 その姿には深い慈しみが溢れており、何も言えなくなった。
 ハンドルに押し付けるように頭を下げて嗚咽(おえつ)を堪えた。
 それでも、「さあ、早く」という彼女の声と共にドアを閉められると、いつまでも感傷に浸っているわけにはいかなくなった。
 顔を上げて、アクセルを静かに踏み込んだ。