少しすると、寝息が聞こえてきた。
 出血と手術による体力消耗は半端ないのだろう。
 倭生那は彼を起こさないように静かに立ち上がって玄関から外に出た。
 
 風に当たりながら今後のことを考えた。
 一番の問題は時間がないことだった。
 帰国する日が迫っているのだ。残りの日数を考えると、妻を探すことはもとより、ミハイルをトルコに連れて帰ることも難しそうだった。
 予約便は変更するしかないと覚悟した。
 
 もう一つ問題があった。
 会社への連絡だ。
 帰国便を変更した場合、有給休暇を延長しなければならないのだが、それを認めてくれるかどうかはわからなかった。
 なにしろトルコに行くことを上司に伝えていないし、その上、今は戦時中のウクライナにいるのだ。
 それを伝えた時にどういう反応が返って来るのか、考えただけでも平静ではいられなかった。
 
 上手く収めるためにはどうすればいいのだろうか?
 思い巡らしたが、まともなものは何も浮かんでこなかった。
 例えなんとか取り繕ったとしても言い訳は言い訳でしかないし、それが嘘に繋がっていくこともある。
 そうなればそれをごまかすために更に嘘をつかなければならなくなる。
 そうなると最悪だ。
 無限の地獄ループにはまり込んでしまう。
 そしてそこから抜け出せなくなってただひたすら落ちていくしかなくなるのだ。
 
 そんなことは絶対にしてはいけない!
 心の声が己を叱責した。
 更に、
 付け焼刃の対応はしてはならない、どういう反応が返ってこようとも正直を貫かなければならない、と叱責が続いた。
 
 その通りだった。
 正直に勝るものはないのだ。
 それが信用を得るための唯一の道なのだ。
 一時(いっとき)でも良からぬことを考えた自分を恥じた倭生那は、覚悟を決めてスマホを手に取った。