気  概

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 ナターシャ……、
 天を仰ぐ倭生那の目から涙が溢れた。
 目の前には破壊されて燃え上がる建物があるだけだった。
 人間の姿は影も形もなかった。
 2発のミサイルにやられてしまったのだ。
 どんな屈強な人間でも生き残れる訳はなかった。
 
 立ち尽くしていると、サイレンの音が聞こえた。
 消防車だった。
 到着すると続いてもう1台が続き、すぐに消火活動が始まった。
 しかし猛烈な火の手を抑えることはできず、放水を嘲笑うかのように炎が立ち上った。
 
 呆気に取られて見ていると、いきなり屋根が崩れ落ちた。
 地面にぶつかると、轟音と共に破片が周りに飛び散った。
 咄嗟(とっさ)に飛びのいたが、「あっ!」という声が横から聞こえた。
 ミハイルだった。
 足を押さえて倒れていた。
 
「大丈夫ですか?」
 かがみこんで見ると、彼の足から血が出ていた。
 飛んできた破片にやられたようだった。
 すぐにジーパンのポケットからハンカチを取り出して出血している部位にきつく巻き付け、「誰か!」と消防隊員に向かって叫んだ。
 するとホースを持っていない隊員が小走りに近寄ってきた。
 英語は伝わらなかったが、ミハイルが怪我をしていることは理解したようで、怪我をした足を持って高く上げた。
 心臓よりも高い位置にすることによって出血を抑えるつもりなのだろう。
 
 消防隊員が何かを言った。
 よくわからなかったが、代わってくれという感じだったのでミハイルの足を持つと、消防服のポケットから何やら取り出した。
 ガーゼのようだった。
 出血部位に巻いていたハンカチを解いて傷口にガーゼを当てると、その上から包帯を巻いて更にテープを巻いて傷口を覆った。
 それで応急処置が終わったようだった。
 彼はそのまま足を持っていてくれというような手振りを残して消防車に乗り込んだ。
 
 彼が連絡してくれたのだろう、少しして救急車が到着した。
 ミハイルと共に倭生那も乗り込み、てきぱきと行われる救急措置を見守った。