10分ほどして補佐官が入室し、戦況説明を始めた。
「りゅう弾砲が威力を発揮しているようです」
 それは、アメリカやカナダ、オーストラリアから提供された地対地の火砲であり、軽量でコンパクト、高仰角(こうぎょうかく)の射撃を主用とする最新鋭の武器だった。
「『M777』はゲームチェンジャーと呼ばれているらしいな」
「そうみたいですね。ウクライナ東部のドネツク川を渡ろうとしていたロシア軍の一個大隊を壊滅したとの情報があります」
 70台以上の戦車や装甲車を破壊し、千人ほどの兵士を殺害したとウクライナ側が主張しているという。
「きわめて精密で、高性能で、効果的な兵器だと実戦部隊が高く評価しているようです」
 その射程距離は20から30キロメートルであり、携帯型の対戦車ミサイル『ジャベリン』の2.5キロメートルと比べると遥かに長い射程距離を持つ。
 しかも、誤差が数メートルと言われる精密性を有しており、離れた位置にいる敵軍を正確に破壊できる。
「『エクスカリバー』という名の羽を持つ砲弾が優れモノで、GPSを積んでいることによって設定した座標に正確に当てることができるようなのです」
 それは1発1千万円と高価なものだが、それが大量に提供されているのだという。
「それだけではありません。機動性も優れているようです」
 一般的なりゅう弾砲の重量は7トンほどだが、M777は3.1トンと超軽量であり、汎用(はんよう)ヘリコプターで運ぶことができるという特徴を有している。
 そのため、必要とされる戦場に短時間で移動させることが可能なのだ。
「1か所で攻撃を続けているとどうしても狙われてしまいますが、撃っては移動し、移動しては撃つ、ということができるので狙われる確率が低くなるそうです」
 更に、必要な砲員が従来の半分の5人で済むという省人化がウクライナにメリットを及ぼしているという。
「かなりの優れモノだな」
 総理の声に大きく頷いた補佐官が報告を続けた。
「更に、自走式のりゅう弾砲がフランスとドイツから提供されることになっています。今は訓練中のようですが、これが加わると戦況は大きく変わっていくと思われます」
「なるほど、ウクライナ側が6月下旬には反転攻勢ができると言っていたが、このことだったのだな」
「そうだと思います。今まで耐えてきたウクライナ軍が一気に攻め込む可能性が出てきたと言っても過言ではないかもしれません」
「しかし、そうなると戦いは益々激しくなり、双方の被害も拡大するだろうな」
 補佐官は頷いたが、口は開かなかった。
 言葉にすればそれが現実になりそうで思いとどまったのかもしれなかった。
 しかし、総理はそこに踏み込んだ。
「鍵を握るのはオデーサだろうな」
 重要な港湾都市の攻防が今回の戦争のターニングポイントになることが明白だと思われているのだろう。
「その通りだと思います。オデーサを明け渡してしまうと一気にいかれてしまいかねません」
 同意した補佐官に総理が大きく頷いた。
「そんなことをさせてはならない。絶対にそんなことは」
 武器提供ができないジレンマが体の奥から逆流しているようだったが、それを飲み込んで更なる支援を自らに課したのだと芯賀は感じた。