忸  怩

        1

「エルドアンが難色を示しているようね」
 不曲の声に同僚が頷いた。
「『テロ組織のたまり場だ』と非難したらしいわね」
 クルド人武装勢力を支援していると昔から言い続けていたのでそのこと自体に目新しさはなかったが、フィンランドとデンマークのNATO加盟申請が近日中に行われると言われる中、スムーズには行きそうもない雰囲気が漂い始めた。
「加盟国の全会一致が前提だから簡単ではないわね」
「そうよね。それにトルコはロシアとの繋がりが強いから、そのあたりのこともあるんじゃない」
「そうね。未だに経済制裁を科す気はないみたいだからね。それに、EUへの加盟が難航しているからそのイライラもあるのかもしれないわね」

 トルコは1987年にEUへの加盟申請を行っているが、エルドアンによる権威主義的体制を警戒するEU加盟国との間で交渉がまとまらず、膠着(こうちゃく)状態になっているのだ。
 そもそも、トルコがヨーロッパか? という問題が存在する。
 国民の99パーセントがイスラム教徒であるトルコは異教徒国家と見られているのだ。
 その上、クルド人に対する弾圧政策や死刑制度の存在などが加盟交渉に影を落としている。
 更に、2004年にEU加盟を果たしているキプロスとの領土問題が存在する。
 元々トルコ領であっただけに根が深いが、これを解決できなければEU加盟は実現しない。
 それだけに、エルドアンは苛立ちを隠さないでいる。
 2023年までに加盟が実現しなければ交渉は失敗に帰すると警告を発しているのだ。
 
「あと1年ということになるわね」
「そうね。NATOもEUも難問山積(なんもんさんせき)で大変だと思うわ」
 他人事のように言ってしまったが、ロシアと国境を接している日本にとってそれは無関係ではなかった。
「とにかく、フィンランドとデンマークがNATOに加盟できるように側面支援をしなくてはならないわね」
 プーチンの顔を思い浮かべた不曲は、自らに気合を入れるように頷いた。