2 

「勝利宣言も戦争宣言もありませんでしたね」
 芯賀がそう告げると、総理は予想通りだったというように「まあ、今の状態では勝利宣言はできないだろうし、戦争宣言をすれば後には引けなくなるからあれ以上は言えなかったのだろう」と頷きを返した。
「でも、そのことによって先が見通せなくなりましたね。『勝利のために』と言った以上、それを実現しなければならないでしょうし、それができなければプーチンは間違いなく窮地に陥りますから。そうなると、5月9日に拘らず勝利宣言ができるまで戦い続けるという可能性も出てきましたね」
「そうかもしれん。しかし、そうなると血で血を洗う惨劇になるだろうし、憎しみの連鎖が永遠に続くことになる」
 それはウクライナとロシアの関係にとどまらず、より広域に広がっていく可能性があるということだった。
「更なる分断が」と言いかけて芯賀は口を(つぐ)んだ。
 それ以上言うと現実になるかもしれないという恐れを抱いたからだ。
 嫌な予感を飲み込むように、口の中に溜まった唾液を一気に食道へ落とし込んだ。