捻じ曲げた正義を徹底的に強調していたが、特別軍事作戦の勝利を宣言する文言は発せられなかった。
 それだけでなく、危惧されていた戦争宣言もされなかった。
 
 プーチンはどんな思いでこの場に立ち、これから何をしようとしているのだろうか?

 何かスッキリしない気持ちで中継を見ていた不曲は嫌な予感を拭い去ることができなかった。
 ロシア男性の平均寿命に達しているプーチンは残りの時間を考えているに違いない。
 それは焦りに繋がっているかもしれないが、拙速な判断を促す要因になっている可能性もある。
 一連の独断専行(どくだんせんこう)を見ているとそう思わざるを得ない。
 
 とすると……、
 ドンバス地域を完全に抑えるだけでプーチンは満足しないだろう。
 正確な数字はわからないが、2万人以上の兵士を失い、千台以上の戦車や装甲車が破壊されたという情報がある。
 それによって、投入した戦闘能力の四分の一が戦闘不能になった可能性があるのだ。
 これだけの損害を(こうむ)った以上、振り上げた拳を簡単には下ろせない。
 ドンバス+αの戦果が必要なのだ。
 それを満たしてくれるのが憎きアゾフ大隊の討伐(とうばつ)だろう。
 これが成功すれば錦の御旗(みはた)にできるし、それ自体が大義になる。
 と共に、次の一手に繋がっていく。
 アゾフ大隊を一網打尽(いちもうだじん)にしてマリウポリを陥落させたら次はオデーサを狙い、更にモルドバに触手を伸ばす。
 それにとどまらず、ジョージアもターゲットにするだろう。
 貧弱な軍備しか持っていない小国は赤子の手を捻るより簡単だし、その上NATOに加盟していないのだから全面戦争になる恐れもない。
 ウクライナ全土の掌握は無理としても、黒海沿岸とその周辺の広域な地域を押さえることができればそれに匹敵する戦果と豪語することができる。
 ここまでできれば振り上げた拳を下ろすことができるのだ。

 となると……、
 この戦いが今後数か月で終わることは望み薄のように感じた。
 プーチンが失脚しない限り続く可能性があるのだ。
 
 やめてくれ!
 念ずるような呟きが口から漏れたが、それを実現できるのはプーチンだけという事実が不曲の心を重くしていった。