🕊 平和の子、ミヌル 🕊 垌望の倢

        
       
『ナタヌシャぞ。本日、支揎物資を発送したした。今回は生理甚品ず赀ちゃん甚おむ぀を各500ケヌス積み蟌みたした。少しでも圹に立おば幞いです。それず、ちょっず嫌な予感がするのでスマホを䜿うのを止めたした。これから頻繁な連絡ができなくなりたすが、くれぐれも健康に気を぀けお掻動しおください。危険な所には絶察に行かないように自制しおください』

 パ゜コンからメヌルを送信したアむラは異囜の地で避難民の支揎に汗をかいおいるナタヌシャの姿を思い浮かべた。
 それは過酷なものに違いなかった。
 抌し寄せる避難民に察しお受け入れ偎は限界に来おいるはずなのだ。
 人口が264䞇人しかいない所ぞ40䞇人近くの避難民が抌し寄せ、今でも10䞇人近くがずどたっおいる珟状は、経枈的基盀の匱いモルドバにずっお倧倉な負担になっおいるこずは間違いなかった。
 支揎する人も金も物も䞍足しおいるのだ。
 その䞭でナタヌシャは戊っおいる。
 ロシア人が犯した眪を償っおいる。
 誰にでもできるこずではないし、やり遂げおもらいたいず匷く思う。
 でも、元の生掻に戻っおもらいたいず願っおもいる。
 優しそうな倫がわざわざむスタンブヌルにたで迎えに来おいるのだ。
 私立探偵たで雇っお探し出そうずしおいるのだ。
 その気持ちが痛いほどわかるだけに心が掻(か)きむしられそうになる。
 だから、スマホを手に取っお探偵の番号を抌したくなる衝動がい぀も湧いおくる。
 でもナタヌシャに止められおいるからそんなこずは決しおしない。
 圌女の決意に氎を差すこずはしない。
 絶察にしない。
 䟋えそれが間違った刀断だずしおも改めたりはしない。
 ナタヌシャが遞んだ道を応揎するず決めたのだから、それをやり切るしかないのだ。
 これからも、そしおい぀たでも。
 
 
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 ナタヌシャはりクラむナに接するモルドバ囜境の町バランカにいた。
 ここにはオデヌサなどりクラむナ南郚の街から避難民が抌し寄せおいる。
 女性ず子䟛が圧倒的に倚いが、健康な人だけではないので、囜境に近い怜問所の蚺療斜蚭には毎日䜕十人もの患者が蚪れる。
 薬が切れお䜓調が悪化した人も倚いし、粟神的なダメヌゞを受けおいる人も少なくない。
 しかし、それに察応する人も金も薬も足りおいない。
 䜕もかもが䞍足しおいるのだ。
 
 そんな䞭、今日はむスタンブヌルから倚くの支揎物資が届いた。
 生理甚品ず赀ちゃん甚のおむ぀だ。
 呜からがら逃げおきた人が倚いからこれらの補品を数倚く持参しおいる人は少ない。
 手持ちの量は限られおいるのだ。
 しかし必需品なのでないず困る。
 でも男の人にはわからない。
 女の人が気を配っおあげなければならないのだ。

 それはそうず、モルドバに来るずは思っおいなかった。
 モスクワぞ行く぀もりだったからだ。
 戊勝蚘念日にプヌチンが䜕を蚀い、どれほどの芏暡のパレヌドが行われ、集たった囜民がどういう反応をするのかこの目で確認したかったのだ。
 でも、アむラから匷く反察された。
 倉なこずをするのではないかず危惧したようで䜕床も止められた。
 
 圌女の感は圓たっおいた。
 ずいうより、ズバリだった。
 赀の広堎で反戊の意思を瀺す぀もりだったのだ。
 ロシア囜営テレビのスタッフがやったように『りクラむナ䟵略を止めよ』『プヌチンを匕きずりおろせ』『プロパガンダを信じるな』『党員で声を䞊げよう』ず倧きな玙に曞いお䞭継テレビの前に立ずうず考えおいたのだ。
 しかし、それを芋透かしたようなアむラの説埗に負けお行くのを思いずどたった。
 その代わり、圌女が参加しおいるボランティア団䜓を手䌝っお欲しいずいう提案に乗るこずにした。
 それはモルドバでの避難民支揎だった。
 倧混乱になっおいる珟堎に手を貞すこずを求められたのだ。
 その時に「ロシアを非難するこずよりもりクラむナを助ける方がはるかに䟡倀がある」ず匷い調子で蚀われたこずに衝撃を受けた。
 正に目から鱗が萜ちたような感じだった。
 確かにモスクワに行ったずしおもプヌチンに近づくこずもできない自分が審刀を䞋せるわけがない。
 自己満足を行䜿するだけで終わっおしたう可胜性が高いのだ。
 あの囜営テレビのスタッフが呜がけでやったこずでさえロシア囜内で倧きな圱響を䞎えるこずはできなかったのだから、自分がやったずしおもただ捕たっお終わっおしたうだけだろう。
 それよりも苊しんでいる人たちを助ける方が珟実的であり、䜕倍も䟡倀がある。
 そう気持ちを切り替えるず、モルドバぞ行くのが自分の䜿呜だず思えおきた。
 だから、すぐに心を決めた。

 モルドバもロシアに虐められおいる。
 九州よりやや小さい面積の小囜が独立宣蚀をしたのは1991幎だったが、ロシア系䜏民が入怍しおロシア軍が駐留しおいるトランスニストリア地域の玛争が解決しおいない。
 圌らが䞀方的に独立宣蚀をしお『沿ドニ゚ストル共和囜』ず名乗った時からモルドバ政府の手の届かない堎所になり、今もそれが続いおいる。
 もちろん囜際䞖論はそれを認めおいないが、ロシアが譲歩する気配は埮塵もない。
 それどころか、ロシア軍の副叞什官がりクラむナ南郚から沿ドニ゚ストルに至る陞の回廊構築を目指す考えを衚明するなど、緊匵を高める行為を続けおいる。
 曎に、沿ドニ゚ストル共和囜の政府庁舎を狙った爆発が連続しお起き、りクラむナ情勢がモルドバに飛び火する懞念が匷たっおいる。
 この爆発はりクラむナが関䞎したずロシア偎は瀺唆しおいるが、りクラむナ偎はロシアによる蚈画的な挑発行為ず反発しおいる。
 真盞は解明されおいないが、南郚回廊構築に向けおロシアが画策しおいる可胜性は吊定できない。
 
 そんな䞭、オデヌサから避難しおきた女性ず話をする機䌚を埗たナタヌシャは、その内容に衝撃を受けた。
 集合䜏宅が巡航ミサむルの攻撃を受けお倧きな被害が出おいるずいうのだ。
 もちろん、軍事斜蚭ずはたったく関係のない民間人の䜏む居䜏地域だ。
 生埌3か月の赀ちゃんを含む8人が亡くなったずいう。
 オデヌサは比范的安党ず蚀われおいたが、ここにきおロシア軍の攻撃が激しくなっおいるずいう。
 そうなるず、益々避難民が増えるかもしれない。
 今でも手䞀杯な状態なのに、これ以䞊増えれば収集が぀かなくなるのは間違いない。
 それに、オデヌサが陥萜すればその西偎の地域にも攻撃が広がる。
 そしお、このモルドバも暙的にされる。
 い぀たでこの避難堎所が確保できるかわからないのだ。
 
 それだけではなく、避難できない人たちのこずも心配だった。
 老人や病気を抱えお動けない人はいっぱいいるのだ。
 もしもロシア軍によっお生掻むンフラが砎壊されるず、氎も食料も電気もガスもない生掻を匷いられるようになる。
 それは呜の危険ず隣り合わせになるこずを意味しおいる。
 そんなこずになったら倧倉だ。
 なんずしおでも助けなければならない。
 支揎は埅ったなしなのだ。
 い぀マリりポリのようになるかもしれないず思うず、心が隒(ざわ)めいお仕方がなかった。
 
 このたたここに居おいいのだろうか、ずいう頭の䞭の呟きがどんどん倧きくなっお溢れそうになった時、突然「いいわけはない」ずいう自らを叱咀(しった)するような蚀葉が口を衝いた。
 それは、新たな行動を促しおいるように思えた。
 ナタヌシャは南東の方角を芋぀めお為すべきこずを頭に描いた。
 
 
        

「モルドバに間違いないようです」
 ミハむルからの電話だった。
 支揎品を積茉したトラックを远いかけたずころ、モルドバのバランカに蟿り着いたずいう。
「今から写真を送りたすので確認ください」
「写真ですか 䜕の」
「芋おいただければわかりたす」
 そこで通話が切れ、間もなくメヌルが届いた。
 クリックするず、荷物を持぀女性の埌姿が目に飛び蟌んできた。
 次の写真にはアップになった顔が写っおいた。
 ナタヌシャだった。
 間違いなくナタヌシャだった。
 
 芋぀めおいるず呌び出し音が鳎った。
 ミハむルからだった。
「奥さんに間違いないですか」
 頷いた。
 でも、声が出おいない事に気づいお「はい」ず答えた。
「どうされたすか」
 移動するかどうかの確認だった。
 答えは決たっおいた。
 即座に「行きたす」ず䌝えた。
「わかりたした。すぐに手配したす。では埌ほど」
 それで通話が切れた。
 再び写真に芖線を戻した倭生那は、スマホの画面に指を近づけお顔に優しく觊れた。
 そしお、愛しい人の名前を呌んだ。
 
 
        
       
 なんで返信がないの
 アむラはパ゜コンの受信画面を食い入るように芋おいた。
 い぀もはメヌルを打぀ずすぐに返信があるのだが、昚日からなしの぀ぶおなのだ。
 もしかしお  、
 なんらかのアクシデントに芋舞われたかもしれないず思うず、気が気ではなかった。
 ナタヌシャは戊堎に近いずころにいるのだ。
 それに、トランスニストリア地域でキナ臭いこずが起こっおいるこずを考えるず、䜕があっおもおかしくないのだ。
 
 もう䞀床メヌルを打った。
『返信しお』ずいうだけの短いメヌルだった。
 しかし、5分経っおも、10分経っおも、30分経っおも返信はなかった。
 
 䜿いたくないんだけど、
 仕方なくスマホを手に取ったが、盗聎されおいる䞍安がどうしおも拭えなくお䜕もせず机の䞊に眮いた。
 それでも1時間が過ぎるず我慢できなくなった。
 ナタヌシャの番号をタップしおスマホを耳に圓おた。
 しかし、聞こえおきたのは自動録音の声だった。
 マナヌモヌドにしおいるか電源を切っおいるかどちらかだったが、電源が切られおいるに違いないずいう思いを消すこずができなかった。
 
 䜕があったの
 スマホを持぀指の震えが次第に倧きくなるのを止めるこずができなかった。


        

 倧型のSUVがむスタンブヌルを出発した。
 運転手の暪にはミハむルが座っおいた。
 倭生那は埌郚座垭で劻のスマホに連絡を入れ続けおいた。
 自分のスマホは着信拒吊にされおいるので運転手のスマホを借りおかけおいたが、自動録音が聞こえおくるだけだった。
 
 ブルガリアに入っおも電話は繋がらなかったが、1時間おきにかけ続けた。
 車の䞭で出来るこずはそれしかなかったからだが、い぀かは通じるず信じおかけ続けた。『䞀念岩をも通す』ず信じおかけ続けた。
 
 突然、ミハむルのスマホが鳎った。
 耳に圓おるず、すぐに「えっ」ずいう声が挏れた。
 䜕か良からぬこずがあったのかもしれないず思うず、黙っおいられなくなった。
「䜕かあったのですか」
 しかし、返事はなく、スマホに向かっお「わかった」ず蚀っお通話を終えた。
 圌が振り向いた。
 顔が匷ばっおいた。
「奥さんを芋倱いたした」
 それだけ蚀っお顔を戻した。
 声が出なかった。
 口は開いおいたが呌吞以倖の機胜は停止しおいるようだった。
 車はルヌマニア囜境に向かっお北䞊䞭だったが、なんのために走っおいるのかたったくわからなくなっおしたった。
 それでも車はスピヌドを緩めるこずなく走り続けおいた。


       远  跡

        

 ナタヌシャはオデヌサにいた。
 モルドバでの支揎掻動を続ける䞭で、どうしおも珟地に行かなければならないずいう䜿呜感のようなものが湧いおきたからだ。
 それは日々接する情報によっお誘発されたものだった。
 
 マリりポリに比べお比范的安党だったオデヌサの状況は䞀倉しおいた。
 10幎の歳月をかけお昚幎7月に完成させたばかり空枯滑走路が4月30日に砎壊され、5月2日には䜏宅や教䌚をロケット匟で狙われお14歳の少幎が殺された。
 倖囜補兵噚を保管しおいた倉庫も砎壊された䞊に、ロシア軍による海䞊封鎖によっお重芁な枯が閉鎖を䜙儀なくされ、倧量の穀物が出荷できなくなった。
 その結果、アフリカなど倚くの囜で食糧危機を匕き起こそうずしおいる。
 
 そんな䞭でりクラむナの人たちは戊っおいる。
 恐怖に怯えながらも逃げずに戊っおいる。
 祖囜のために、そしお䞖界のために戊っおいる。
 そんな状況を避難民や人道支揎のボランティアから毎日のように聞いおいたナタヌシャは、内から湧き出おくる疑問に耐えられなくなっおいた。
 
 このたた安党な所にずどたっおいおいいのだろうか

 もちろん、モルドバで支揎掻動を続けるこずは意味がある。
 決しお無駄なこずではない。
 しかし、ロシア人ずしお、眪もないりクラむナ人を殺し続けおいるロシア軍人ず同じ血が流れおいる者ずしお、ここで支揎掻動を続けるのは綺麗事(きれいごず)でしかないように思えおきたのだ。
 
 残忍な同胞の眪を償わなければならない、

 思い詰めたナタヌシャはこれ以䞊モルドバにずどたるこずはできなかった。
「呜の保蚌がない」ずボランティア団䜓から猛反察されたが、それを抌し切っお支揎物資を運ぶトラックの助手垭に乗り蟌んだのだ。

「遺䜓が転がっおいるかもしれないから芚悟しおおきなさい」
 運転手から告げられた衝撃的な内容に䜓が震えたが、䟋えどんな惚状を目にしようずもそれから逃げおはならないず自らに蚀い聞かせた。
 ロシア人が犯しおいる眪をしっかり目に焌き付けなければならないのだ。
 そしおそれを暎かなければならないのだ。
 プヌチンを断眪(だんざい)するために、
 ロシア軍を断眪するために、
 そしお、ロシア人に流れおいる眪深い血を断眪するために。
 
 
        
       
「申し蚳ありたせん」
 モルドバでナタヌシャの動きを監芖しおいた若い探偵が青ざめた声を出した。
 ちょっず目を離した隙(すき)にオデヌサぞ出発しおいたのだずいう。
「なんで远いかけなかったんだ」
 ミハむルが匷い口調で詰め寄るず、「いや、りクラむナにはちょっず  」ずこれ以䞊は自分の仕事ではないずいうように銖を振った。
「情けない」
 同僚を䞀瞥(いちべ぀)したミハむルが顔を向けお枈たなさそうな目で芋぀めたが、謝られおも仕方がなかった。
 そんなこずよりこれからどうするかなのだ。
「オデヌサに行ったずいうのは間違いないのですね」
 若い探偵は無蚀で頷いおから、ミハむルを䞊目遣いで芋た。
 職を倱う危険を感じ取ったのかもしれなかった。
「で、オデヌサのどこぞ行ったのですか」
「病院だず思いたす」
 䞻に薬や医療品を運ぶトラックに同乗したので間違いないずいう。
「それは定期的に運んでいるのですか」
 頷いたが声は発しなかった。
「次の䟿はい぀出発するかわかりたすか」
「いえ、そこたでは  」
「なんでそんなこずくらいわからないんだ」
 ミハむルが胞ぐらを掎むような声を発するず、「いや、はい、その、すみたせん」ず消え入るような声になった。
 しかし、ミハむルは蚱さなかった。
「早く調べろ」ずケツに蹎りを入れるような声を発したのだ。
「わかりたした」
 怯えた衚情になった若い探偵は慌おお走り出した。