1.変な転入生
人生の最期がどうなるかだなんて、分かると思う?
どう死にたいか、死んだ後どうしたいかだなんて、想像すらしないよね。
僕が高校の時、『天使くん』というあだ名のクラスメイトに散々振り回されたことがあった。余命わずかな彼が、花火みたいに命を輝かせたかと思えば、あっという間に朽ちていく。僕はそれを間近で見守るしかできなかった。
見た目は天使みたいなのに、本当に変な奴で――でも、力強くて、まっすぐで。だから僕は、彼と親友になって、笑顔でバイバイが言えたんだよ。
†
海も山もあるのが自慢の、とある地方にある『しらうみ市』。
自転車ではなかなか遠いショッピングモール(しかも途中の坂がゆるやかだけどやたら長い心臓破り)と、国道沿いにぽつぽつ建つ喫茶店(カフェじゃなくて)とスーパーやドラッグストア、あとは駅前のカラオケボックスしか娯楽? がないような街。
コンビニは青か緑のがポツン、ポツンとあるし、ファストフード店も車なら行ける。ただしアメリカから上陸したという、全国チェーン展開のはずのおしゃれカフェは、県内に二店舗しかないらしい。カップのサイズがSMLじゃないらしいぜって誰かが言ってたけど、ほんとかな。
多少は不便かもしれないけれど、僕――矢坂幸成はここで生まれ育っているので、これが当たり前だ。
県立しらうみ北高二年の僕は、近所に遊べる場所があんまりないので、家でネトゲ三昧。学校の友達より、ゲーム上のフレンドの方が親しい。お互い本名も顔も知らないけれど。
夏休みが何の刺激も変化もなく(ゲームキャラのランクが上がったくらい)終わって、暑さだけが残る、九月の二年三組。
登校後自席や仲の良い友人の席でだらだらと雑談をしていた生徒たちに、教室へ入って来た担任の橋本先生が、席に着くよう促す。
いつもなら、話の区切りが悪かったりでちょっとした抵抗を試みる生徒たちも、先生の隣に見慣れない男子がいるのに気付いて、素直に従った。
「おー。注目って言わなくても注目してた。やればできるじゃんか。いつもそうしてくれよ?」
橋本先生――三十代で世界史担当の男性教師で、あだ名はハッシーだ――が苦笑しながら教壇に立つ。
ひとクラス三十四人いる生徒が、一斉に彼へ目を向けていた。教室で一番前の、入り口に最も近い席に座っている僕は、みんなの興味がひとりに注がれているという圧を感じて、心の中で見知らぬ彼に同情する。
「いきなりだが、二学期から転入してきた天乃だ。みんな仲良くな。天乃、自己紹介」
「……天乃透羽です」
彼はかろうじて名前だけ言うと、軽くお辞儀をする。
天乃と名乗った彼は、ものすごく色が白く、掛けている眼鏡が大きく感じるぐらいに顔が小さい。身長は低めだが、目はぱっちりした二重だし髪や目の色が薄い茶色なので、純日本人には見えなかった。
同じようなことを、僕の後ろの席の三ツ矢という男子も思ったようで、「ハーフ?」とかなり大きな声を出した。独り言なのか質問なのか、微妙な声量だ。途端に橋本先生が眉間に皺を寄せる。
「おい三ツ矢。今はダブルとかミックスと言うんだぞ。天乃は」
ところが橋本先生の発言を、転入生は冷たく遮った。
「先生。僕の席はどこですか」
「っあーっと、窓際の一番後ろだ」
先生は少し戸惑ったものの、すぐに持ち直して何事もなかったかのように振る舞う。
「はい」
転入生はすたすたと歩いていき、教室後方に急遽置かれたと思われる、空いている席に座った。僕からは教室の対角線上、一番遠い場所だ。
「うえ。感じわっる」
またかなり大きなボリュームで三ツ矢が呟いて、僕は勝手にハラハラした。感じ悪いのは一体どっちだ、という疑問は脇に置いておく。きっと女子たちが一斉にそわそわし出したのが気に食わなかったんだろう。常にクラスの中心でいたいタイプだから。
†
ホームルームが終わって授業が始まる前、転入生はさっさとどこかへ出て行ってしまった。廊下を歩いていく華奢な背中を、僕は机に教科書を出しながら目だけで見送る。
不思議と先生はそれを止めない。休み時間になっても、お昼になっても、彼は戻ってこない。
昼休み、各々の机で弁当やパンを広げながら、女子たちは「どうしたんだろうね?」と落ち着かない様子だし、三ツ矢を中心とした男子グループからは「初日から生意気じゃね?」と早速ネガティブな意見が出始めている。
僕はと言うと、クラスメイトである来栖庵士――身長百八十センチでいつも眉間にしわが入っている強面で、体格にも恵まれているのになぜか帰宅部――と一緒に廊下を歩きながら「なんか、心配だね」と話しかけた。
いつもふたりでランチを食べるのは、体育館裏にあるベンチでだ。残暑はきついけれど日陰はあるし、体育館の扉を開ければ、エアコンの効いた中の冷たい空気を浴びることもできる。人けのない穴場スポットで気に入っていた。
早速ベンチに座った膝の上で、弁当箱の蓋をぱかっと開けると唐揚げが目について、嬉しくなる。いつもは、ミートボール。それでも全然ウェルカムだけれど。
アンジは仏頂面で「どこにいるんだろうな」と返事を寄越しながらアーンと焼きそばパンをかじる。炭水化物の暴力も、アンジの食欲には敵わないらしい。あっという間に口の中へ消えていく。ちなみに僕は、上に乗った紅ショウガが苦手だ。
「天乃くんってどこから来たんだろう。雰囲気的に、この辺の人じゃないよね」
僕は、好きなものは一番最後に食べるタイプだ。だから、ブロッコリーからやっつけることにする。
「本人がいないなら、聞きようがない」
「それはそう」
アンジはいつもこういう口調なので、女子からはクールもしくは怖い、と言われている。そういう僕は、身長は百七十二という普通さだし、体形はややぽっちゃりだしでなんの特徴もない。だからあだ名もない。ヤサカ、とかユキナリ、とか呼ばれてる。目立たないのは良いことだけど。
「ユキナリは、あいつのことが気になるのか?」
「うーん。そうだねえ。なんか、すんごい細かったから。ご飯食べれてるかなあ」
ふりかけご飯をもぐもぐしていたら、アンジの視線をものすごく感じた。お腹の辺りを見られている。制服の白い襟付き半そでシャツのボタンは、かろうじて止まっているし、紺色に斜めの黄色ボーダーが入っているネクタイでパツパツ具合は隠れている。ベルトにポヨンとお腹の肉が載った紺色ズボンは、夏も冬も同じチェック柄で、冬はシャツの上に紺色のブレザーを羽織る。オーソドックスなデザインの制服は、結構気に入っている。
「……どうせ僕は食べすぎですよ」
アンジの凛々しくて太い眉毛が、片方だけ上がった。
「まだ何も言ってないぞ。相変わらずお人よしだなとは思ってたが」
「お人よし? そんなことないよ。こうやって勝手に言ってるだけだもん」
僕がラストの唐揚げを箸で持った時、アンジはメロンパンを食べだした。しょっぱいのから甘いのは良いんだけど、紅ショウガからカリカリの皮に行く前にちょっとインターバル欲しくない? と思う。けど、またしても大きな口を開けてもりもり食べるアンジの口の中へ、メロンパンはあっという間に消えていく。その間に僕はラスト唐揚げを堪能して、もう一つか二つ食べたかったなと余韻に浸りながら、弁当箱をミニトートバッグにしまった。
それから教室に戻って、お腹いっぱいの後の眠気に必死で耐えた午後の授業は、もちろん何にも頭に入っていない。
結局天乃くんは教室に戻ってこなかったし、翌日も翌々日も登校しなかった。
転入四日目も姿を見せない彼のことを、転入してきた意味ってあるのかな? と自席でぼけっと考えていたら、帰りのホームルームの終わり際、担任の橋本先生と目が合った。
「悪い、矢坂。帰る前に職員室。来てくれるか?」
うん。ものすごく嫌な予感がする。
人生の最期がどうなるかだなんて、分かると思う?
どう死にたいか、死んだ後どうしたいかだなんて、想像すらしないよね。
僕が高校の時、『天使くん』というあだ名のクラスメイトに散々振り回されたことがあった。余命わずかな彼が、花火みたいに命を輝かせたかと思えば、あっという間に朽ちていく。僕はそれを間近で見守るしかできなかった。
見た目は天使みたいなのに、本当に変な奴で――でも、力強くて、まっすぐで。だから僕は、彼と親友になって、笑顔でバイバイが言えたんだよ。
†
海も山もあるのが自慢の、とある地方にある『しらうみ市』。
自転車ではなかなか遠いショッピングモール(しかも途中の坂がゆるやかだけどやたら長い心臓破り)と、国道沿いにぽつぽつ建つ喫茶店(カフェじゃなくて)とスーパーやドラッグストア、あとは駅前のカラオケボックスしか娯楽? がないような街。
コンビニは青か緑のがポツン、ポツンとあるし、ファストフード店も車なら行ける。ただしアメリカから上陸したという、全国チェーン展開のはずのおしゃれカフェは、県内に二店舗しかないらしい。カップのサイズがSMLじゃないらしいぜって誰かが言ってたけど、ほんとかな。
多少は不便かもしれないけれど、僕――矢坂幸成はここで生まれ育っているので、これが当たり前だ。
県立しらうみ北高二年の僕は、近所に遊べる場所があんまりないので、家でネトゲ三昧。学校の友達より、ゲーム上のフレンドの方が親しい。お互い本名も顔も知らないけれど。
夏休みが何の刺激も変化もなく(ゲームキャラのランクが上がったくらい)終わって、暑さだけが残る、九月の二年三組。
登校後自席や仲の良い友人の席でだらだらと雑談をしていた生徒たちに、教室へ入って来た担任の橋本先生が、席に着くよう促す。
いつもなら、話の区切りが悪かったりでちょっとした抵抗を試みる生徒たちも、先生の隣に見慣れない男子がいるのに気付いて、素直に従った。
「おー。注目って言わなくても注目してた。やればできるじゃんか。いつもそうしてくれよ?」
橋本先生――三十代で世界史担当の男性教師で、あだ名はハッシーだ――が苦笑しながら教壇に立つ。
ひとクラス三十四人いる生徒が、一斉に彼へ目を向けていた。教室で一番前の、入り口に最も近い席に座っている僕は、みんなの興味がひとりに注がれているという圧を感じて、心の中で見知らぬ彼に同情する。
「いきなりだが、二学期から転入してきた天乃だ。みんな仲良くな。天乃、自己紹介」
「……天乃透羽です」
彼はかろうじて名前だけ言うと、軽くお辞儀をする。
天乃と名乗った彼は、ものすごく色が白く、掛けている眼鏡が大きく感じるぐらいに顔が小さい。身長は低めだが、目はぱっちりした二重だし髪や目の色が薄い茶色なので、純日本人には見えなかった。
同じようなことを、僕の後ろの席の三ツ矢という男子も思ったようで、「ハーフ?」とかなり大きな声を出した。独り言なのか質問なのか、微妙な声量だ。途端に橋本先生が眉間に皺を寄せる。
「おい三ツ矢。今はダブルとかミックスと言うんだぞ。天乃は」
ところが橋本先生の発言を、転入生は冷たく遮った。
「先生。僕の席はどこですか」
「っあーっと、窓際の一番後ろだ」
先生は少し戸惑ったものの、すぐに持ち直して何事もなかったかのように振る舞う。
「はい」
転入生はすたすたと歩いていき、教室後方に急遽置かれたと思われる、空いている席に座った。僕からは教室の対角線上、一番遠い場所だ。
「うえ。感じわっる」
またかなり大きなボリュームで三ツ矢が呟いて、僕は勝手にハラハラした。感じ悪いのは一体どっちだ、という疑問は脇に置いておく。きっと女子たちが一斉にそわそわし出したのが気に食わなかったんだろう。常にクラスの中心でいたいタイプだから。
†
ホームルームが終わって授業が始まる前、転入生はさっさとどこかへ出て行ってしまった。廊下を歩いていく華奢な背中を、僕は机に教科書を出しながら目だけで見送る。
不思議と先生はそれを止めない。休み時間になっても、お昼になっても、彼は戻ってこない。
昼休み、各々の机で弁当やパンを広げながら、女子たちは「どうしたんだろうね?」と落ち着かない様子だし、三ツ矢を中心とした男子グループからは「初日から生意気じゃね?」と早速ネガティブな意見が出始めている。
僕はと言うと、クラスメイトである来栖庵士――身長百八十センチでいつも眉間にしわが入っている強面で、体格にも恵まれているのになぜか帰宅部――と一緒に廊下を歩きながら「なんか、心配だね」と話しかけた。
いつもふたりでランチを食べるのは、体育館裏にあるベンチでだ。残暑はきついけれど日陰はあるし、体育館の扉を開ければ、エアコンの効いた中の冷たい空気を浴びることもできる。人けのない穴場スポットで気に入っていた。
早速ベンチに座った膝の上で、弁当箱の蓋をぱかっと開けると唐揚げが目について、嬉しくなる。いつもは、ミートボール。それでも全然ウェルカムだけれど。
アンジは仏頂面で「どこにいるんだろうな」と返事を寄越しながらアーンと焼きそばパンをかじる。炭水化物の暴力も、アンジの食欲には敵わないらしい。あっという間に口の中へ消えていく。ちなみに僕は、上に乗った紅ショウガが苦手だ。
「天乃くんってどこから来たんだろう。雰囲気的に、この辺の人じゃないよね」
僕は、好きなものは一番最後に食べるタイプだ。だから、ブロッコリーからやっつけることにする。
「本人がいないなら、聞きようがない」
「それはそう」
アンジはいつもこういう口調なので、女子からはクールもしくは怖い、と言われている。そういう僕は、身長は百七十二という普通さだし、体形はややぽっちゃりだしでなんの特徴もない。だからあだ名もない。ヤサカ、とかユキナリ、とか呼ばれてる。目立たないのは良いことだけど。
「ユキナリは、あいつのことが気になるのか?」
「うーん。そうだねえ。なんか、すんごい細かったから。ご飯食べれてるかなあ」
ふりかけご飯をもぐもぐしていたら、アンジの視線をものすごく感じた。お腹の辺りを見られている。制服の白い襟付き半そでシャツのボタンは、かろうじて止まっているし、紺色に斜めの黄色ボーダーが入っているネクタイでパツパツ具合は隠れている。ベルトにポヨンとお腹の肉が載った紺色ズボンは、夏も冬も同じチェック柄で、冬はシャツの上に紺色のブレザーを羽織る。オーソドックスなデザインの制服は、結構気に入っている。
「……どうせ僕は食べすぎですよ」
アンジの凛々しくて太い眉毛が、片方だけ上がった。
「まだ何も言ってないぞ。相変わらずお人よしだなとは思ってたが」
「お人よし? そんなことないよ。こうやって勝手に言ってるだけだもん」
僕がラストの唐揚げを箸で持った時、アンジはメロンパンを食べだした。しょっぱいのから甘いのは良いんだけど、紅ショウガからカリカリの皮に行く前にちょっとインターバル欲しくない? と思う。けど、またしても大きな口を開けてもりもり食べるアンジの口の中へ、メロンパンはあっという間に消えていく。その間に僕はラスト唐揚げを堪能して、もう一つか二つ食べたかったなと余韻に浸りながら、弁当箱をミニトートバッグにしまった。
それから教室に戻って、お腹いっぱいの後の眠気に必死で耐えた午後の授業は、もちろん何にも頭に入っていない。
結局天乃くんは教室に戻ってこなかったし、翌日も翌々日も登校しなかった。
転入四日目も姿を見せない彼のことを、転入してきた意味ってあるのかな? と自席でぼけっと考えていたら、帰りのホームルームの終わり際、担任の橋本先生と目が合った。
「悪い、矢坂。帰る前に職員室。来てくれるか?」
うん。ものすごく嫌な予感がする。