第十九話

 朝日が差し込む教室。
 私は、いつものように窓際の席に座っていた。
 周りではクラスメイトたちが楽しげにおしゃべりをしている。

 その光景を見ながら、私は内心で冷ややかに笑っていた。

(みんな、単純でいいわね。)

 私の目は、教室にいるヒナコちゃんに向けられた。
 彼女は一人で、何かを考え込んでいるようだった。
 そして、教室の入り口では、ハナちゃんが友達と話をしている。

 二人の視線が絶妙にすれ違う様子を見て、私は密かな喜びを感じた。

(もう完全に、この二人はすれ違った。)

 そう、これは全て私の計画通りだった。
 カリンちゃんの事件も、ヒナコちゃんとハナちゃんの仲たがいも、全て私が仕組んだものだ。
 でも、誰も気付いていない。
 すれ違った当人すらだ。

 それは私によるちょっとした誘導から始まる。
 噂の流布。
 気まずい状況への誘導。
 最終的に、ターゲットが決定的な事件を起こすのを待つだけ。

 みんな、思ったより簡単に落ちて行った。

 私がすることは、その人を誘導しやすいような環境を作成するだけだ。
 言動や行動、言葉以外の要素。
 すべては、そのために。

 一見、私は目立たない、そして周囲に流されてばかりの優柔不断な女子生徒に見えるのだろう。
 しかし、そう見えるように自らの立場を維持するのは大変なのだ。

「おはよう、アイリちゃん」

 ハナちゃんが、明るい声で話しかけてきた。

「おはよう、ハナちゃん」

 私は、優しく微笑んで答えた。
 こんな風に、みんなの前では演じ続けること。
 その積み重ねが、私の周囲の人間関係を狂わせていく。

「ねえ、アイリちゃん。あのね…」

 ハナちゃんが、どうでもいい話を始めた。

「そうなのね。」

 適当に相槌を打って、いつものようにハナちゃんの話を聞く。
 ハナちゃんからこの話を聞くのは、もう何度目だろうか?

 ハナちゃんはあまり頭が良くない。
 性格だって幼い。
 だから、彼女の次の行動を誘導するのは、比較的簡単だ。

 用済みになったヒナコちゃんよりも、ずっと簡単に操ることが出来た。

 ハナちゃんの話を聞きながら、過ごしていると、休み時間は終わりを告げた。

 そして、授業が始まる。
 私は、先生の話を聞きながら、私は自分のこれまでの「功績」を思い返していた。

 周囲にカリンちゃんの噂を広めたこと。
 その噂の内容は、わざとその発生源を私である、と分かる内容にしたこと。
 そして自分の作品をわざと壊して、周りの同情を買ったこと。

 ヒナコちゃんとハナちゃんの間に不和の種を蒔いたこと。

(本当に、上手くいったわ。)

 私は楽しかった。
 でも、これが嘘偽りのない私の姿だ。
 私のライフワークは、周りの人間関係を破壊することだ。

 なのだけど。
 流石に今の玩具にも飽きてきた。
 もっと違う、何か面白い挙動をする玩具が欲しい。

 悪化する人間関係を苦しみもがく、そんな姿がもっと見たい。

 そこまで考えていた私は、クスッと笑った。
 まるで今の私は、ハナちゃんのような…純粋な子供みたい。

 …だけども。
 アレとは違って、この私は決してバカじゃない。
 それにまだまだ、この学校には面白い玩具がたくさんいるはずだ。

 そんなことを思っていると、授業も終わりに向かいつつあった。

 放課後。
 私は、クラス委員の仕事を終えた。
 そのまま、手芸部の部室に向かう。

 ハナちゃんが、いつものように部室にいた。

「アイリちゃん!」

 ハナちゃんは、嬉しそうに私を迎えた。

(本当に、低知能ね。)

 私は心の中でそう思いながら、優しく微笑んだ。

「ごめんね、遅くなっちゃって」

 私たちは、いつものように刺繍を始めた。
 針を動かしながら、私はハナちゃんの様子を観察していた。

(やはり彼女は幼稚園児のまま、まるで成長していないようね。)

 私は、内心で冷笑していた。

 部活動が終わり、私とハナちゃんは一緒に帰ることになった。

 途中、ヒナコちゃんとすれ違った。
 ヒナコちゃんは、私たちを見て少し寂しそうな顔をしていた。
 その様子をハナちゃんは気が付いたようだった。

 だけど、気まずいままの二人。
 ハナちゃんは、まるで気が付かないかのように振る舞う。
 しかし、嘘をつくことすらできない低知能のハナちゃんだ。
 ハナちゃんのどこか不自然な様子は、どっか痛々しかった。

(面白くなってきたわね。)

 私は、この状況を上手く利用することにした。

「ねえ、ハナちゃん」

 私は、突然話しかけた。

「何?アイリちゃん」
「今、ヒナコちゃんが見てたわ。」

 私は、会話にさり気なく毒を混ぜる。

「え?そう…かな」

 ハナちゃんは、困惑した様子で答えた。
 そう、間違いなくハナちゃんは気がついている。
 ヒナコちゃんが私たちを見ていたことを。

「うん、やっぱり根に持っているのかな?」

 私は、さらに追い打ちをかけた。

「えっと。」

 ハナちゃんの表情が、少し曇った。

 (上手くいったわ)

 私は、内心で喜んでいた。
 これから、二人にはさらなる破滅への道を用意できそうだ。

 ヒナコちゃんとハナちゃんの関係は、さらに悪化してほしい。
 のたうち回る苦しみが彼女たちには待っていてほしい。

 心の中で私は笑みを浮かべた。

「ハナちゃん。…私、二人には仲直りしてほしいの。」

 私は、深刻に悩んでいる様子を作りながら、その言葉を続けた。
 その私をハナちゃんはどうしたものか考えている様子だった。

 この状況を加速させるために、私はさらなる会話を続けていく。

 そして、私の周囲には不幸が降り積もっていく。
 最終的に私の周囲には、地獄が出現していく。
 それは、私がいつも読んでいる小説のようで、とても面白かった。