「悪ィ。邪魔した」
丈士先輩が耳上を掻く。告白、聞かれちまった?
「……っ、……~!」
オレは完全にキャパオーバーだ。先輩に言わなきゃいけないことあるし、杏奈ちゃんにも答えなきゃだし。
うどんが喉に詰まったみたいに、声が出ない。
「返事は今すぐじゃのうて、ええよ」
その間に、杏奈ちゃんは応援団用バスへと走り去った。折り畳み傘、持ってたんだ。
微妙な空気の中、オレと先輩が取り残される。
「えーと、オレ、」
「行ってやれよ、祭り」
歯切れ悪いオレの背中を、先輩が押す。――なんで?
いや、わかりきってる。丈士先輩にとってオレは「かわいい後輩」でしかないってこと。
今度こそ、ほんとうに、失恋だ。
自分で終わらせるんじゃなく、不意に突きつけられるの、かなりきつい。
振り向いてもらえるよう頑張ろ、とか切り替えられない。
真夏なのに寒気がした。雨の音がうるさい。
「あんなに勇気出して、俺でもできないことやってのけたんだから」
「……ハイ」
丈士先輩の声も、遠くぼやけて聞こえる。
「てかあの子が髪型変えたりしたの、ちゃんと褒めてやったか?」
「……ハイ?」
杏奈ちゃんの髪型? そう言えば、いつからかふたつ結びじゃなくなってた。オレがあんまヘアアレンジしない華華さま推しって情報、どこかで仕入れたのかな。
そもそも、杏奈ちゃんがオレを好き?
ぜんぜん気づいてなかった。いつも女子にはダチ判定されてばっかだし。前に先輩に言われた「鈍感」って、これのことか。
「ん」
先輩がビニ傘を傾けてくる。頭下げて入れてもらった。
相合傘なのに、テンションが上がらない。感情がぜんぶ静かに故障した感じ。
応援団用バスの二台目に乗り込む。先輩は事務的に踵を返した。帽子を深く被って、表情は見えない。
話って何ですかって、訊きそびれた。
恋をすると、臆病になる。そう痛感するほど、杏奈ちゃんのすごさもよくわかった。
県予選準決勝も、讃岐の夏祭りも、二十四日に行われる。
丈士先輩を選ぶか、杏奈ちゃんを選ぶか。ただし先輩には杏奈ちゃんを選べって言われた。
決めきれず、二十三日は一日中家で唸ってた。翼にまた「うるさい」って苦情言われたけど、オレは恋愛偏差値も高くないんだよ。
八つ当たり直前、スマホが鳴った。誰だ――? 念のため生垣前に出てから表示を見る。
はあ、と肩の力が抜けた。
『何でっきょん。蒼空、ずっと彼女欲しい言いよったじゃろ。一緒にオトナになろう』
「うっせえ。つか、いつの間に英翔も誘われとん!?」
月夜の田んぼに向かって吠える。
よくよく聞けば、杏奈ちゃんはオレの他に、英翔と、英翔が体育祭でツーショ取った女子(まだ付き合ってはない)にも声掛けたらしい。英翔に「初彼女つくろう」作戦を持ち掛けられて知った。
『頼むわい。ダブルデートで、最高の夏手に入れとうが』
悪友にこう縋られちゃ、断れない。杏奈ちゃんてば意外に策士だ。それだけでけえ勝負かけたってことだよな。
「わかった」って英翔に返す。
英翔はオレの片想いを知らない。オレが自分の気持ち探り探りだったのと、「似合わん」って思われたくなくて……いや、オレがそう思ってて、言えなかった。
通話を終えた後、丈士先輩に[準決勝、行けませんけど応援しとります]ってLINEしてみた。でも返信はない。預かってるボールは、机の抽斗に仕舞い込んだ。
七月二十四日、準決勝。
試合開始の十二時、オレは市役所の第二駐車場にいた。今日は職員の車に代わって屋台が並んでる。
試合開始のサイレンが聞こえた気がして、梅雨明けの空を見上げた。
「蒼空くん、来てくれてありがとう」
前に向き直る。杏奈ちゃんとその友だちは、暑いのにパステルカラーの浴衣姿だ。英翔は感激しきり。オレと英翔も昨日の会議により甚平着て来てよかった。
「こちらこぉそ」
オレは声が裏返って、冷や汗が出る。
あのスミマセン。告白された経験ないから自然な振る舞い方がワカリマセン。
英翔がオレの背中をバァンと叩き、小声で「意識すんな」って助言してくる。いやしてないし。実はしてんのか? 感情、まだ直ってないかも。
それか――丈士先輩のところに、ぜんぶ置いてきちまったか。
屋台の向こうに見える防波堤で、先輩と話して、胸が満たされたって感じたの、すげえ昔みたい。
「しゃんしゃん行こうぜ、蒼空!」
はしゃぐ英翔に促され、とりあえず屋台を回る。
かき氷、ラムネ、フルーツ飴、うどんとかの定番に加えて、土用の丑の日ってことでうなぎのかば焼きもある。甘辛いタレのいい匂いがした。
けど、あんま腹減ってない。
「蒼空くん、何か食べる? それともゲームする?」
杏奈ちゃんが、配布のうちわを差し出してくる。その手がかすかに震えていた。
はっと顔を上げる。祭りの間は楽しませるって決めていた。それが杏奈ちゃんの勇気に対する敬意だって、気を取り直す。
「ヨーヨー釣りか、スーパーボールすくいか……あ、射的ある。しよ!」
かき氷買うって英翔たちと分かれ、列の最後尾につく。
並ぶ間に景品を確かめる。お菓子の箱多め、キャラクターグッズ、上位賞は青年会提供オリーブ牛引換券に――。
「特賞の札、プレステ5って書いてあるけどほんにかや!?」
「うーん、誰も当てられんかも」
「そなんカラクリ?」
杏奈ちゃんとこそこそ話して、笑い合う。ぎこちなさが薄れた。
オレたちの番が回ってくる。一回で五発打てる。よし。
「杏奈ちゃん、欲しいもんある?」
かっこつけたオレを、杏奈ちゃんがじっと見返してくる。指がゆっくり持ち上がる。
「……。これが欲しいな」
オレの肩越しに、ハート型うどんどんチャームを指した。ささやか。杏奈ちゃんらしいと言えばらしい。「任せて」ってコルク銃を構える。
一発目、弾がどこ行ったかわかんない。
二発目、手前のお菓子にヒット。今は違うのよ。
三発目、チャームのパッケージの端っこ掠った! 四発目、気負って大外れ。
丈士先輩ならぜったい一発で当ててる……今は先輩のことは考えるな。
五発目、長テーブルに身を乗り出して狙いを定める。潮風が弱まった瞬間、発射。
「当たった! 杏奈ちゃんも見たわいな?」
パッケージの位置がずれてるのを、店主のおっちゃんに主張する。でも「倒さないかん」って、二発目のお菓子しかくれない。ぐぬぬ。並び直さないでおかわりは一回だけOKか。
「もっかい、おねしゃす!」
「はいよ。カノジョちゃんのために、狙うとるやつ前に出したる」
意地悪なんだか親切なんだかわからないおっちゃんにカップル扱いされ、杏奈ちゃんが赤面した。それ見て、オレもまたぎこちなくなる。
結局、おかわりの五発は全外しした。
……でも今、杏奈ちゃんの巾着には、ハート型うどんどんチャームがぶら下がってる。
「ありがとう、大切にする」
「いや参加賞やし」
「ううん。これで充分じゃ」
一回につき下位賞のどれかひとつはもらえるシステムだった。かっこつかな過ぎ。まあ、どこにでもいる男子高校生のオレには、女の子と祭りで射的できること自体贅沢だけど。
「蒼空。ここで何しょん」
しょっぱいまま市役所の軒下で涼んでたら、知ってる声がした。
「母ちゃんこそ、勤務中じゃろ」
ドキリとしたのを隠すように言い返す。
母ちゃんが、スマホと祭りで調達したらしいノンアルビールを手に立っている。オレが朝は祭りに行く気配一ミリも出してなかったからって、眼鏡のリム押し上げてまでオレと杏奈ちゃんをじろじろ見ないでもらえますかね。
「昼休みじゃわい。それに今はみんなこれ見よって、開店休業状態やけん問題ない」
母ちゃんは動じない。向けられたスマホには――背番号「1」が映っていた。帽子に青い「S」のワッペン。讃岐高のエース、丈士先輩だ。
ローカル局で中継してるらしい。それで翼も美羽も祭り行かないって言ったんだ。
オレは思わず一歩踏み出す。表示は三回表、2対2。スマホがミュートになってても、丈士先輩の投げた球がキャッチャーミットに収まる音が聞こえる。
射的で特賞当てても味わえないだろう爽快感が湧き上がった。
もっと見てたいのに、母ちゃんはスマホをしまっちまう。「ああっ」って未練の声上げたら、母ちゃんの真剣な視線にぶつかった。
「赤点は取るなよ。取ったら家に入れん」
らしくない台詞。ぽかんと口開けるオレを置いて、庁内に戻っていく。
入れ替わりに、英翔と杏奈ちゃんの友だちが手をつないでやってきた。英翔、にやけ過ぎ。仕方ない、交際会見の記者役やってやるか。
「別行動の間に何があったんじゃ~?」
飲食エリアに移動して、惚気をたっぷり聞く。
付き合いたてってこんな幸せそうなんだ。今のオレはあやかるどころか若干胃もたれして、スマホをチラ見する。
一回見たら、準決勝がどうしても気になる。
テキストの一球速報サイトがあるんだ。六回表、4対4。スマホ仕舞う。4点も取られてんのか。スマホ出す。まだ4対4……。
「蒼ー空。デート中にスマホばっか見んな」
「ご、ごめん」
英翔に指摘され、そそくさと顔上げる。初彼女できて浮かれてる英翔が気づいたってことは、杏奈ちゃんも気づいてたよな。ばつが悪い。
十四時から盆踊りが始まる。輪に加わるけど、婦人会の皆さんの説明は頭に入ってこない。盆踊りよりラッキーセブン踊りたい。
考えるなって思えば思うほど、丈士先輩の姿が頭に浮かぶ。
鮮やかに焼きついて、離れない。
やっぱり球場に行けばよかった。たとえ何もできなくても、来なくていいって言われても。
英翔カップルがふたりきりになりたそうだったし、屋台もひととおり見て回ったしで、十六時の閉会を待たず帰ることにした。
「杏奈ちゃん、送るわい」
オレはチャリを停めてある第一駐車場まで行こうとしたけど、杏奈ちゃんは笑顔で首を振る。笑顔って言っても、さみしい笑顔だ。
……ああ。これ以上引き延ばすのはよくないよな。鈍感なオレにもわかる。
ヨーヨーとか綿あめの袋提げてほくほくしてる小学生に聞かれないよう、杏奈ちゃんに歩み寄った。深呼吸をひとつ。
満点の答えは返せなくとも、せめて、「ごめんね」じゃなく――。
「こなん取り柄ないオレを好きになってくれて、ありがとう。嬉しかった。けどオレも、好きな人がおるんや」
告げることで、自覚する。
脈なしでも、杏奈ちゃんと一緒に祭り回っても、丈士先輩への気持ちは変わらなかった。
つ、と杏奈ちゃんの顎に水滴が伝う。涙か汗か、判別がつかない。
「うん。わたしは蒼空くんを見よったけん、蒼空くんが誰見よるか知っとるよ。女子のわたしなら勝てるかな思うたけど、甘かったね。わたしのぶんまで頑張って……日高くん」
杏奈ちゃんは、辛いだろうにオレを応援する言葉を残して、路線バスに乗り込んだ。
「ありがと、ほんに! またね!」
オレにはもったいないくらい、かっけえ女の子。
丈士先輩に出会う前のオレだったら、喜んで付き合ってもらったと思う。
ほんのちょっとのタイミングで、うまくいかねえんだな。恋愛って射的より難しい。オレは頑張っても倒せそうにない特賞に焦がれてる。
自分は味わいたくない痛みを人に味わわせた罪悪感を呑み込んで、スマホを取り出した。
準決勝、延長に突入してなければもう終わってる。勝ったかな。勝ったよな? テキスト速報を更新しようとしたとき、後ろから大きな手に捕まった。
この手の形と体温。土の香りと混ざったお香っぽい匂い。
「丈士センパイ、試合はっ?」
勢いをつけて振り仰ぐ。ちょうど高校に帰ってきたらしき先輩が、背中に「1」を背負ったまま、オレを見下ろしていた。
丈士先輩が耳上を掻く。告白、聞かれちまった?
「……っ、……~!」
オレは完全にキャパオーバーだ。先輩に言わなきゃいけないことあるし、杏奈ちゃんにも答えなきゃだし。
うどんが喉に詰まったみたいに、声が出ない。
「返事は今すぐじゃのうて、ええよ」
その間に、杏奈ちゃんは応援団用バスへと走り去った。折り畳み傘、持ってたんだ。
微妙な空気の中、オレと先輩が取り残される。
「えーと、オレ、」
「行ってやれよ、祭り」
歯切れ悪いオレの背中を、先輩が押す。――なんで?
いや、わかりきってる。丈士先輩にとってオレは「かわいい後輩」でしかないってこと。
今度こそ、ほんとうに、失恋だ。
自分で終わらせるんじゃなく、不意に突きつけられるの、かなりきつい。
振り向いてもらえるよう頑張ろ、とか切り替えられない。
真夏なのに寒気がした。雨の音がうるさい。
「あんなに勇気出して、俺でもできないことやってのけたんだから」
「……ハイ」
丈士先輩の声も、遠くぼやけて聞こえる。
「てかあの子が髪型変えたりしたの、ちゃんと褒めてやったか?」
「……ハイ?」
杏奈ちゃんの髪型? そう言えば、いつからかふたつ結びじゃなくなってた。オレがあんまヘアアレンジしない華華さま推しって情報、どこかで仕入れたのかな。
そもそも、杏奈ちゃんがオレを好き?
ぜんぜん気づいてなかった。いつも女子にはダチ判定されてばっかだし。前に先輩に言われた「鈍感」って、これのことか。
「ん」
先輩がビニ傘を傾けてくる。頭下げて入れてもらった。
相合傘なのに、テンションが上がらない。感情がぜんぶ静かに故障した感じ。
応援団用バスの二台目に乗り込む。先輩は事務的に踵を返した。帽子を深く被って、表情は見えない。
話って何ですかって、訊きそびれた。
恋をすると、臆病になる。そう痛感するほど、杏奈ちゃんのすごさもよくわかった。
県予選準決勝も、讃岐の夏祭りも、二十四日に行われる。
丈士先輩を選ぶか、杏奈ちゃんを選ぶか。ただし先輩には杏奈ちゃんを選べって言われた。
決めきれず、二十三日は一日中家で唸ってた。翼にまた「うるさい」って苦情言われたけど、オレは恋愛偏差値も高くないんだよ。
八つ当たり直前、スマホが鳴った。誰だ――? 念のため生垣前に出てから表示を見る。
はあ、と肩の力が抜けた。
『何でっきょん。蒼空、ずっと彼女欲しい言いよったじゃろ。一緒にオトナになろう』
「うっせえ。つか、いつの間に英翔も誘われとん!?」
月夜の田んぼに向かって吠える。
よくよく聞けば、杏奈ちゃんはオレの他に、英翔と、英翔が体育祭でツーショ取った女子(まだ付き合ってはない)にも声掛けたらしい。英翔に「初彼女つくろう」作戦を持ち掛けられて知った。
『頼むわい。ダブルデートで、最高の夏手に入れとうが』
悪友にこう縋られちゃ、断れない。杏奈ちゃんてば意外に策士だ。それだけでけえ勝負かけたってことだよな。
「わかった」って英翔に返す。
英翔はオレの片想いを知らない。オレが自分の気持ち探り探りだったのと、「似合わん」って思われたくなくて……いや、オレがそう思ってて、言えなかった。
通話を終えた後、丈士先輩に[準決勝、行けませんけど応援しとります]ってLINEしてみた。でも返信はない。預かってるボールは、机の抽斗に仕舞い込んだ。
七月二十四日、準決勝。
試合開始の十二時、オレは市役所の第二駐車場にいた。今日は職員の車に代わって屋台が並んでる。
試合開始のサイレンが聞こえた気がして、梅雨明けの空を見上げた。
「蒼空くん、来てくれてありがとう」
前に向き直る。杏奈ちゃんとその友だちは、暑いのにパステルカラーの浴衣姿だ。英翔は感激しきり。オレと英翔も昨日の会議により甚平着て来てよかった。
「こちらこぉそ」
オレは声が裏返って、冷や汗が出る。
あのスミマセン。告白された経験ないから自然な振る舞い方がワカリマセン。
英翔がオレの背中をバァンと叩き、小声で「意識すんな」って助言してくる。いやしてないし。実はしてんのか? 感情、まだ直ってないかも。
それか――丈士先輩のところに、ぜんぶ置いてきちまったか。
屋台の向こうに見える防波堤で、先輩と話して、胸が満たされたって感じたの、すげえ昔みたい。
「しゃんしゃん行こうぜ、蒼空!」
はしゃぐ英翔に促され、とりあえず屋台を回る。
かき氷、ラムネ、フルーツ飴、うどんとかの定番に加えて、土用の丑の日ってことでうなぎのかば焼きもある。甘辛いタレのいい匂いがした。
けど、あんま腹減ってない。
「蒼空くん、何か食べる? それともゲームする?」
杏奈ちゃんが、配布のうちわを差し出してくる。その手がかすかに震えていた。
はっと顔を上げる。祭りの間は楽しませるって決めていた。それが杏奈ちゃんの勇気に対する敬意だって、気を取り直す。
「ヨーヨー釣りか、スーパーボールすくいか……あ、射的ある。しよ!」
かき氷買うって英翔たちと分かれ、列の最後尾につく。
並ぶ間に景品を確かめる。お菓子の箱多め、キャラクターグッズ、上位賞は青年会提供オリーブ牛引換券に――。
「特賞の札、プレステ5って書いてあるけどほんにかや!?」
「うーん、誰も当てられんかも」
「そなんカラクリ?」
杏奈ちゃんとこそこそ話して、笑い合う。ぎこちなさが薄れた。
オレたちの番が回ってくる。一回で五発打てる。よし。
「杏奈ちゃん、欲しいもんある?」
かっこつけたオレを、杏奈ちゃんがじっと見返してくる。指がゆっくり持ち上がる。
「……。これが欲しいな」
オレの肩越しに、ハート型うどんどんチャームを指した。ささやか。杏奈ちゃんらしいと言えばらしい。「任せて」ってコルク銃を構える。
一発目、弾がどこ行ったかわかんない。
二発目、手前のお菓子にヒット。今は違うのよ。
三発目、チャームのパッケージの端っこ掠った! 四発目、気負って大外れ。
丈士先輩ならぜったい一発で当ててる……今は先輩のことは考えるな。
五発目、長テーブルに身を乗り出して狙いを定める。潮風が弱まった瞬間、発射。
「当たった! 杏奈ちゃんも見たわいな?」
パッケージの位置がずれてるのを、店主のおっちゃんに主張する。でも「倒さないかん」って、二発目のお菓子しかくれない。ぐぬぬ。並び直さないでおかわりは一回だけOKか。
「もっかい、おねしゃす!」
「はいよ。カノジョちゃんのために、狙うとるやつ前に出したる」
意地悪なんだか親切なんだかわからないおっちゃんにカップル扱いされ、杏奈ちゃんが赤面した。それ見て、オレもまたぎこちなくなる。
結局、おかわりの五発は全外しした。
……でも今、杏奈ちゃんの巾着には、ハート型うどんどんチャームがぶら下がってる。
「ありがとう、大切にする」
「いや参加賞やし」
「ううん。これで充分じゃ」
一回につき下位賞のどれかひとつはもらえるシステムだった。かっこつかな過ぎ。まあ、どこにでもいる男子高校生のオレには、女の子と祭りで射的できること自体贅沢だけど。
「蒼空。ここで何しょん」
しょっぱいまま市役所の軒下で涼んでたら、知ってる声がした。
「母ちゃんこそ、勤務中じゃろ」
ドキリとしたのを隠すように言い返す。
母ちゃんが、スマホと祭りで調達したらしいノンアルビールを手に立っている。オレが朝は祭りに行く気配一ミリも出してなかったからって、眼鏡のリム押し上げてまでオレと杏奈ちゃんをじろじろ見ないでもらえますかね。
「昼休みじゃわい。それに今はみんなこれ見よって、開店休業状態やけん問題ない」
母ちゃんは動じない。向けられたスマホには――背番号「1」が映っていた。帽子に青い「S」のワッペン。讃岐高のエース、丈士先輩だ。
ローカル局で中継してるらしい。それで翼も美羽も祭り行かないって言ったんだ。
オレは思わず一歩踏み出す。表示は三回表、2対2。スマホがミュートになってても、丈士先輩の投げた球がキャッチャーミットに収まる音が聞こえる。
射的で特賞当てても味わえないだろう爽快感が湧き上がった。
もっと見てたいのに、母ちゃんはスマホをしまっちまう。「ああっ」って未練の声上げたら、母ちゃんの真剣な視線にぶつかった。
「赤点は取るなよ。取ったら家に入れん」
らしくない台詞。ぽかんと口開けるオレを置いて、庁内に戻っていく。
入れ替わりに、英翔と杏奈ちゃんの友だちが手をつないでやってきた。英翔、にやけ過ぎ。仕方ない、交際会見の記者役やってやるか。
「別行動の間に何があったんじゃ~?」
飲食エリアに移動して、惚気をたっぷり聞く。
付き合いたてってこんな幸せそうなんだ。今のオレはあやかるどころか若干胃もたれして、スマホをチラ見する。
一回見たら、準決勝がどうしても気になる。
テキストの一球速報サイトがあるんだ。六回表、4対4。スマホ仕舞う。4点も取られてんのか。スマホ出す。まだ4対4……。
「蒼ー空。デート中にスマホばっか見んな」
「ご、ごめん」
英翔に指摘され、そそくさと顔上げる。初彼女できて浮かれてる英翔が気づいたってことは、杏奈ちゃんも気づいてたよな。ばつが悪い。
十四時から盆踊りが始まる。輪に加わるけど、婦人会の皆さんの説明は頭に入ってこない。盆踊りよりラッキーセブン踊りたい。
考えるなって思えば思うほど、丈士先輩の姿が頭に浮かぶ。
鮮やかに焼きついて、離れない。
やっぱり球場に行けばよかった。たとえ何もできなくても、来なくていいって言われても。
英翔カップルがふたりきりになりたそうだったし、屋台もひととおり見て回ったしで、十六時の閉会を待たず帰ることにした。
「杏奈ちゃん、送るわい」
オレはチャリを停めてある第一駐車場まで行こうとしたけど、杏奈ちゃんは笑顔で首を振る。笑顔って言っても、さみしい笑顔だ。
……ああ。これ以上引き延ばすのはよくないよな。鈍感なオレにもわかる。
ヨーヨーとか綿あめの袋提げてほくほくしてる小学生に聞かれないよう、杏奈ちゃんに歩み寄った。深呼吸をひとつ。
満点の答えは返せなくとも、せめて、「ごめんね」じゃなく――。
「こなん取り柄ないオレを好きになってくれて、ありがとう。嬉しかった。けどオレも、好きな人がおるんや」
告げることで、自覚する。
脈なしでも、杏奈ちゃんと一緒に祭り回っても、丈士先輩への気持ちは変わらなかった。
つ、と杏奈ちゃんの顎に水滴が伝う。涙か汗か、判別がつかない。
「うん。わたしは蒼空くんを見よったけん、蒼空くんが誰見よるか知っとるよ。女子のわたしなら勝てるかな思うたけど、甘かったね。わたしのぶんまで頑張って……日高くん」
杏奈ちゃんは、辛いだろうにオレを応援する言葉を残して、路線バスに乗り込んだ。
「ありがと、ほんに! またね!」
オレにはもったいないくらい、かっけえ女の子。
丈士先輩に出会う前のオレだったら、喜んで付き合ってもらったと思う。
ほんのちょっとのタイミングで、うまくいかねえんだな。恋愛って射的より難しい。オレは頑張っても倒せそうにない特賞に焦がれてる。
自分は味わいたくない痛みを人に味わわせた罪悪感を呑み込んで、スマホを取り出した。
準決勝、延長に突入してなければもう終わってる。勝ったかな。勝ったよな? テキスト速報を更新しようとしたとき、後ろから大きな手に捕まった。
この手の形と体温。土の香りと混ざったお香っぽい匂い。
「丈士センパイ、試合はっ?」
勢いをつけて振り仰ぐ。ちょうど高校に帰ってきたらしき先輩が、背中に「1」を背負ったまま、オレを見下ろしていた。