安静一日目。二段ベッドに寝転がり、真剣にスマホを操作する。
 今までしてたのより一歩進んだ、かつオレでもできるサポート方法を調べてるんだ。

「うー、ようヒットせんが。用具とかトレーニングメニューばっかや」

 レシピや衣装と違って検索ワードの組み合わせが難しい。[高校野球][サポート]に[強豪]を入れてみるか?
 強豪校の監督のインタビューが出てくる。……そう言えば。
 オレと出会う前の丈士先輩を知りたいって思ったとき、ネットで名前検索する発想はなかった。一回思いついたら、指がうずうずする。もう過去より今だけど、ちょっとだけ。

「おおあ」

 けっこうヒットした。リトルシニアの試合のスコア。こないだの県大会の写真。かっけえ。
 待て、インスタある!? 
 いや先輩のアカウントじゃない。焦った。同じ高校の人か? アイコンを拡大してみる。別に、ナチュラルな黒髪ロングの横顔だったからじゃないですよ。

「優姫、さん?」

 間違いない。背景グラウンドだし、プロフに[高校野球/埼玉/マネ]って書いてる。
 野球部サポートのプロだ。丈士先輩のピッチングも知ってる。アドバイスもらえねえかな。その一心でメッセージを送る。

[こんにちは! 先月讃岐高で話した者です。また話せませんか?]

 日曜は終日練習だろうし、夜までスマホ見ないかと思いきや、一時間くらいで返信が来た。

[本物かわからない。自撮り送って]

 オレのアカウント、ほぼ閲覧用だった。慌てて自撮りを送る。
 すぐインスタ着信があった。優姫さんも文字より通話派らしい。

『何か用? 苦情は受け付けないけど』

 一言目、めっちゃトゲある。後ろがざわざわしてて外にいるっぽい。忙しいのかも。
 つか苦情って……、あ。

「優姫さんがセンパイの彼女さんじゃのうて元カノさんやったことか?」

 オレの中では過去って結論に至ったけど、よく考えたらなんでウソついたんだろう。
 スピーカーから、不穏な空気が流れてくる。

『丈士を奪った自慢も受け付けない』
「へ? そななん不可能やが。お似合いやったし」

 ぶんぶん首を振る。彼女持ちの人を横から奪うって発想もなかった。もし先輩がまだ優姫さんを好きだったら敵いっこない。

『……君調子狂うな。じゃあ何』
「あの、どなんサポートしたらセンパイは投げやすうなる? アドバイスもらえんじゃろか」

 やっと本題に入れた。のに、

「蒼空兄ィー。蒼空兄ィが昨日着けてた羽根、美羽にも貸しまい!」

 妹がとたとたやってくる。取り込み中だから後で、ってスマホ指して和室を追い出す。でも聞こえちまったみてえ。

『君の名前、ソラっていうの?』
「あ、ハイ」
『そういうこと』

 どういうこと? 優姫さんはひとり納得してる。
 つか。丈士先輩は公開密会で何て言って納得させたんだろう。ちょっとやそっとじゃ引き下がってくれなそうだけど。
 今になって、渡したくないって気持ちがふつふつ湧いてくる。あのときはおこがましくてそんなふうに思えなかった。でも今のオレは……。

『マネなら、練習見てれば何すべきかわかるんじゃない』

 う。ウソついたのはオレも同じだった。引っ込みがつかなくて、捻り出す。

「えーと、オレ野球あんま詳しゅうのうて」
『私の次は私と違う子を選んだんだ』
「? オレ、優姫さんの次やないよ。あの人ようけ(たくさん)元カノおるわい」
『は!?』

 耳がきーんとした。
 やば、マネの話か。片想い自覚したら、元カノさんってほうを意識しちまった。
 話を戻そうとすると、『まあ私を忘れられなかったんでしょ』と半ば独り言が聞こえた。そうなのかな……? 丈士先輩は昔の話って言ってたけど。

『とにかく、アドバイスは』
「ハイ」

 背筋伸ばして耳を傾ける。

『ネットで簡単に自撮りを送らないこと。じゃ、うちの練習再開するから。そっちはそっちでやりなさい』
「ハイ! ……ハイ?」

 一方的に切れる。そう言われちゃ、かけ直せない。
 結局、有用なアドバイスはもらえなかった。優姫さんは折り合いつけて自分の高校のマネ業に集中してるみたいだし、オレに何ができるかオレ自身で考えろってことだよな。


 夕飯の後、今度は丈士先輩からLINE着信があった。
 外の生垣まで走りたいけど走れない。頭からタオルケット被って通話ボタンを押す。

『蒼空。優姫と連絡してんだろ』

 苛ついた声。都会の人の通話一言目、なんでこんな怖えの!?
 危険を察知したオレは、しらをきることにする。

「な、何の話っスかね~」
『インスタ』

 う。昼間のやり取りがもうばれてる。

「つかセンパイこそ、優姫さんのインスタ見よるんスか」
『粟野が、アイツのストーリー見せてきたンだよ』

 ストーリー? ささっとスマホを耳から離し、優姫さんのアカウントを見てみる。
 オレと通話した後に投稿されてる。ただ、初夏らしいグラウンドの画像に、小さな文字で「確かに晴れが似合うね」って添えてあるだけ。

「これのどこにオレ要素あります?」
『……。別に』

 よくわからないまま追及が弱まった。
 こういう反応されると、優姫さんに未練あんのかなってオレも疑っちまう。かと言って直接訊けもしない。情けねえ。
 せっかくの通話も盛り上がらない。「ほんだらの」って切る。
 でもタオルケットを剥ぐ前に、再度着信があった。びっくりして指が画面に当たる。

『自撮りも送ったのかよ』

 優姫さん、横流しですか!? 意図が読めねえ。

「いや本人確認ゆうか、」
『ほいほい送るな。練習中気が気じゃなかったわ』
「えっ」

 丈士先輩をサポートしたいって相談したのに、正反対に邪魔するみたいな事態になっちまってる。
 手強い美人に軽い気持ちで連絡した、オレの完敗です。

『今ブロックしろ』
「へ?」
『ブロックしろっつってんの』
「ハ、ハイ」

 先輩に機嫌直してもらうべく、優姫さんのアカウントブロックして、証明に画面スクショ送るハメになった。


「……ん? それで機嫌直んの?」

 ふと気づいたのは、風呂に浸かったときだ。さっきの丈士先輩の言動、不思議じゃね?
 あんまり出来のよくない頭では、先輩の意図も解読できない。
 そのうちにでかいくしゃみが出る。
 とにかく、優姫さんには及ばなくても、オレなりに頑張ろう。
 今、先輩のそばにいるのはオレだから。