「オレのダンスどうでした? 騎馬戦、勝てそうじゃろ」
「ん」
応援合戦のあと弁当を掻っ込み、グラウンド脇に取って返した。オレの応援のおかげか、丈士先輩は闘志がみなぎってる。
騎馬戦に参加するメンバーで、入場待機がてら作戦会議に勤しむ。
「林くんたち機動力のある騎馬は、相手を誘き出したり足止めしたりする。ほんで、大西くんたち高さのある騎馬が仕留める」
「っス! ……え?」
三年生による役割指示に、大きく頷く。
途端、二・三年生がにこにこした。オレの頭を撫でようとかあちこちから手が伸びてくるも、また旋毛に丈士先輩が顎を乗せたために叶わない。
そのうちに放送部が競技再開をアナウンスして、グラウンドに入場する。
「丈士さんがんばれー! 蒼空兄ィも!」
「ついでかよっ」
おわ、家族席の翼たちに突っ込んでる場合じゃない。さっきぶりだけど緊張感がぜんぜん違う。
この種目に勝てたら、総合優勝にぐっと近づく。どこにでもいる男子高校生には、こんな重要な役回りはじめてだ。
「蒼空、足震えてる」
「……ばれました? 大一番や思うたら勝手に」
騎馬を組むなり丈士先輩に指摘された。笑い飛ばしたつもりが、声まで震えてる。先輩の手が熱いぶん、オレの足の冷たさが際立つ。おいおい、大丈夫かオレ。
「俺と一緒なんだから蒼空らしくしてりゃいいの」
「……、ハイ!」
よぎる不安は、先輩がたった一言で払ってくれた。いつも独りでマウンド立ってるだけあって、頼もしい。広い肩に置いた手を一瞬首に回して、すぐ戻る。へへ。
先輩は暑いのか、耳が赤くなっている。
各色六騎が位置についた。三色三つ巴戦だ。鉢巻きの結び目を、きゅっときつく締める。
「行くぞ青チーム!」
号砲が鳴るや、いち早く飛び出す。オレが人差し指を高々掲げれば、「うおおお!」と仲間の騎馬が呼応する。やば、昂揚でドキドキする。
「おっ、チアボーイくん」
緑チームの粟野先輩が乗った騎馬もオレたちと同じ役割らしく、先頭を切ってくる。
組み合い……はしない。
「粟野」
「おっけー」
野球部同士最小の会話を交わすと、揃って白チームの陣地に突っ込んだ。同盟らしい。
オレたちの圧によって、白チームの騎馬がじりじり下がる。その背後に回り込んだ大西先輩号の騎手が、上から鉢巻きを奪取する。作戦どおり。
「山田部長、スミマセンっ」
白チーム最後の一騎は山田部長号だったけど、容赦なく取り囲んで鉢巻きをいただいた。
白チームのテントから溜め息が、青・緑チームのテントから黄色い声が上がる。
残り時間は、緑チームとの直接対決だ。
「あのこんまい騎馬狙いましょう」
「あ? 死にてえやついんの」
英翔号が図らずも粟野先輩の地雷踏んで、逆に餌食になる。粟野先輩は高さとリーチでは不利でも、反射神経がすげえ。
瞬く間に、青チームはオレとセンパイ号・大西先輩号の二騎になっちまった。緑チームは四騎残ってる。巻き返さないと。
「背中合わせしゃん」
大西先輩号と協力して、まず一騎倒す。
でも相手も無策じゃない。弱いほう――オレ目掛けて全騎で向かってきた。
「蒼空、掴まってろ」
丈士先輩はそう言って、右に左にステップ踏むけど。何せ六本の腕が伸びてくるから、オレも手ぇ上げて払わないといけない。
「こりゃあかんよ、っ」
息が詰まる。あと何秒耐えればいい? 粟野先輩の手が、オレの鉢巻きを掠める。
「センパイと交換した鉢巻きやけん、あげられん!」
ぜったい取られたくない。のけ反って避ける。
そしたら、後ろにいた別の敵に頭を差し出すみたいになった。絶体絶命。いや、腰捻れば切り抜けられる……! 丈士先輩の手から片足浮かせて、上体をくねらせる。
「蒼空!?」
やば。粟野先輩ほど運動神経がよくないオレには、ちょっと無理な体勢だったっぽい。
ぐらりと視界が傾ぐ。腕で宙を掻くも、立て直せない。
……一緒に勝って先輩に笑ってほしかったけど、裏目に出たな。
目線が二百三十センチから元の高さに戻るさなか、丈士先輩が三年生と組んでた手をほどいて振り返るのが、スローモーションで見えた。
切実な目と目が合う。オレを抱き留めようとしてくれてる?
どこかのテントから悲鳴が聞こえた。野球部エースを下敷きになんてできない。
「――~っ!」
荒れたグラウンドにどどっと足つくのと、先輩のでかい手に腰掴まれるのは、ほぼ同時。
「ヘーキか」
「ハ……ハイ。生き残れんでスミマセン。センパイの鉢巻きは守ったんスけど」
先輩ってば、蒼白だ。大げさですよと笑ってみせる。ほんとは悔しかったけど、無駄に心配かけたくない。
「そんなんいいのに」
先輩はかすかに目を見開き、息を吐いた。
はあ。オレもひとつ息を吐く。残念ながらこれがオレの精一杯。戦場を去るべく踏み出す、と。
「痛てて」
右足首がズキッとした。騎手は裸足なのもあって、捻挫したかもしれない。つい大きめの声が出ちまって、先輩の顔がこわばる。
次の瞬間には、お姫様抱っこされていた。
「うわわ!? 自分で歩けます、歩けますって!」
先輩はオレを無視して、青チームの陣地に引き上げていく。
先輩の腕、安定感ある。でもさすがに重くないか? 間近に見る汗掻いた先輩、至宝。でも真顔不穏じゃね?
つか、いつの間にかタイムアップしてる。そのぶん注目が集まって、嬉しいより恥ずい。カメラのフラッシュやめて。
「ゴメン言いにきたけど、結果オーライやなー」
粟野先輩が、獲った鉢巻きをひらめかせながら言った。
騎馬戦は、大西先輩号がオレとセンパイ号を生贄にする形で、守りが手薄になった敵の鉢巻きを奪い去ったらしい。緑チームと一本差で青チームが勝利した。
色対抗リレーも、青チームの三年生がかっこよくゴールテープ切ったって、女子たちが興奮ぎみに話してる。
よって、総合優勝を果たしたのは――青チーム。
ただしオレはずっと救護テントで足に氷嚢当ててたから、実感なし。片づけ風景をぼんやり眺める。
「ん」
そこに、丈士先輩が現れた。エナメルバッグを腹側に回して、オレに背中を見せてしゃがむ。Tシャツに筋肉が薄っすら透けてかっけえ……、え? おんぶですか?
オレはわたわたと手を振った。
「冷やしたし大丈夫っス」
「いいから。責任取らせろ」
「取る責任ないですって」
もう治ったと示すべく、勢いよく立ち上がる。氷で感覚麻痺してるしだいじょぶ、
「痛ってー!」
じゃなかった。先輩が「ほら見ろ」って顔する。ひん。
「でも、落ちたんはオレのせいやし、センパイには初讃岐高体育祭最後まで楽しんでほしいし、」
「早く帰りてえンだわ」
オレは先輩に笑ってほしいのであって、心配してほしいわけじゃない。なおもごねたら、先輩が正門に続く道をちらりと見やる。
ツーショをお願いしたいっぽい女子が、大量に溜まっていた。実際、粟野先輩とかリレーのアンカーを務めた三年生の前に、行列ができてる。
救護テント前には杏奈ちゃんもいた。意外だけど、体育祭記念かな。
来るもの拒まずな丈士先輩でも、愛想振りまくのは疲れるんだろう。片想いしてるオレとしても複雑だし、共犯になってあげましょう。
「んじゃ、駐輪場までお願いします」
いそいそと、先輩の背に体重を預ける。
応援に来てた母ちゃんに「車乗れ」って言われたけど、高校にチャリ置きっぱだと後々めんどうで、鞄だけ乗せて帰ってもらった。日高家までの道は平坦だし、左足一本でも漕げるっしょ。
花道状態の構内を進む。先輩の旋毛、やっぱりかわいい。
オレがくっついてるせいで、女子は誰も近寄ってこない。ただ、じいっと見られてる。
今だけ優越感に浸らせてください。なんて名前を知らない神様に祈ってたら、
「あざっした。……センパイ?」
丈士先輩は駐輪場を素通りした。オレが声上げても減速しないで、正門を出ちまう。
「ちょちょ、どこ行きよるんスか!」
交差点渡って、コンビニの横抜けて。ずんずん目指す先にあるのは――琴電の駅だ。
「俺ん家」
「え!?」
オレが叫ぶ間に、先輩は居合わせた一年生に声掛けて切符を買う。
オレのぶんですよね。先輩は定期券あるし。でもなんで?
「待ってつかさい、心の準備が」
「一回行ったじゃん」
やっと降ろしてもらえたのは、三両編成の車両に乗り込み、扉が閉まった後だ。
オレはまた攫われたみたいです。
「ん」
応援合戦のあと弁当を掻っ込み、グラウンド脇に取って返した。オレの応援のおかげか、丈士先輩は闘志がみなぎってる。
騎馬戦に参加するメンバーで、入場待機がてら作戦会議に勤しむ。
「林くんたち機動力のある騎馬は、相手を誘き出したり足止めしたりする。ほんで、大西くんたち高さのある騎馬が仕留める」
「っス! ……え?」
三年生による役割指示に、大きく頷く。
途端、二・三年生がにこにこした。オレの頭を撫でようとかあちこちから手が伸びてくるも、また旋毛に丈士先輩が顎を乗せたために叶わない。
そのうちに放送部が競技再開をアナウンスして、グラウンドに入場する。
「丈士さんがんばれー! 蒼空兄ィも!」
「ついでかよっ」
おわ、家族席の翼たちに突っ込んでる場合じゃない。さっきぶりだけど緊張感がぜんぜん違う。
この種目に勝てたら、総合優勝にぐっと近づく。どこにでもいる男子高校生には、こんな重要な役回りはじめてだ。
「蒼空、足震えてる」
「……ばれました? 大一番や思うたら勝手に」
騎馬を組むなり丈士先輩に指摘された。笑い飛ばしたつもりが、声まで震えてる。先輩の手が熱いぶん、オレの足の冷たさが際立つ。おいおい、大丈夫かオレ。
「俺と一緒なんだから蒼空らしくしてりゃいいの」
「……、ハイ!」
よぎる不安は、先輩がたった一言で払ってくれた。いつも独りでマウンド立ってるだけあって、頼もしい。広い肩に置いた手を一瞬首に回して、すぐ戻る。へへ。
先輩は暑いのか、耳が赤くなっている。
各色六騎が位置についた。三色三つ巴戦だ。鉢巻きの結び目を、きゅっときつく締める。
「行くぞ青チーム!」
号砲が鳴るや、いち早く飛び出す。オレが人差し指を高々掲げれば、「うおおお!」と仲間の騎馬が呼応する。やば、昂揚でドキドキする。
「おっ、チアボーイくん」
緑チームの粟野先輩が乗った騎馬もオレたちと同じ役割らしく、先頭を切ってくる。
組み合い……はしない。
「粟野」
「おっけー」
野球部同士最小の会話を交わすと、揃って白チームの陣地に突っ込んだ。同盟らしい。
オレたちの圧によって、白チームの騎馬がじりじり下がる。その背後に回り込んだ大西先輩号の騎手が、上から鉢巻きを奪取する。作戦どおり。
「山田部長、スミマセンっ」
白チーム最後の一騎は山田部長号だったけど、容赦なく取り囲んで鉢巻きをいただいた。
白チームのテントから溜め息が、青・緑チームのテントから黄色い声が上がる。
残り時間は、緑チームとの直接対決だ。
「あのこんまい騎馬狙いましょう」
「あ? 死にてえやついんの」
英翔号が図らずも粟野先輩の地雷踏んで、逆に餌食になる。粟野先輩は高さとリーチでは不利でも、反射神経がすげえ。
瞬く間に、青チームはオレとセンパイ号・大西先輩号の二騎になっちまった。緑チームは四騎残ってる。巻き返さないと。
「背中合わせしゃん」
大西先輩号と協力して、まず一騎倒す。
でも相手も無策じゃない。弱いほう――オレ目掛けて全騎で向かってきた。
「蒼空、掴まってろ」
丈士先輩はそう言って、右に左にステップ踏むけど。何せ六本の腕が伸びてくるから、オレも手ぇ上げて払わないといけない。
「こりゃあかんよ、っ」
息が詰まる。あと何秒耐えればいい? 粟野先輩の手が、オレの鉢巻きを掠める。
「センパイと交換した鉢巻きやけん、あげられん!」
ぜったい取られたくない。のけ反って避ける。
そしたら、後ろにいた別の敵に頭を差し出すみたいになった。絶体絶命。いや、腰捻れば切り抜けられる……! 丈士先輩の手から片足浮かせて、上体をくねらせる。
「蒼空!?」
やば。粟野先輩ほど運動神経がよくないオレには、ちょっと無理な体勢だったっぽい。
ぐらりと視界が傾ぐ。腕で宙を掻くも、立て直せない。
……一緒に勝って先輩に笑ってほしかったけど、裏目に出たな。
目線が二百三十センチから元の高さに戻るさなか、丈士先輩が三年生と組んでた手をほどいて振り返るのが、スローモーションで見えた。
切実な目と目が合う。オレを抱き留めようとしてくれてる?
どこかのテントから悲鳴が聞こえた。野球部エースを下敷きになんてできない。
「――~っ!」
荒れたグラウンドにどどっと足つくのと、先輩のでかい手に腰掴まれるのは、ほぼ同時。
「ヘーキか」
「ハ……ハイ。生き残れんでスミマセン。センパイの鉢巻きは守ったんスけど」
先輩ってば、蒼白だ。大げさですよと笑ってみせる。ほんとは悔しかったけど、無駄に心配かけたくない。
「そんなんいいのに」
先輩はかすかに目を見開き、息を吐いた。
はあ。オレもひとつ息を吐く。残念ながらこれがオレの精一杯。戦場を去るべく踏み出す、と。
「痛てて」
右足首がズキッとした。騎手は裸足なのもあって、捻挫したかもしれない。つい大きめの声が出ちまって、先輩の顔がこわばる。
次の瞬間には、お姫様抱っこされていた。
「うわわ!? 自分で歩けます、歩けますって!」
先輩はオレを無視して、青チームの陣地に引き上げていく。
先輩の腕、安定感ある。でもさすがに重くないか? 間近に見る汗掻いた先輩、至宝。でも真顔不穏じゃね?
つか、いつの間にかタイムアップしてる。そのぶん注目が集まって、嬉しいより恥ずい。カメラのフラッシュやめて。
「ゴメン言いにきたけど、結果オーライやなー」
粟野先輩が、獲った鉢巻きをひらめかせながら言った。
騎馬戦は、大西先輩号がオレとセンパイ号を生贄にする形で、守りが手薄になった敵の鉢巻きを奪い去ったらしい。緑チームと一本差で青チームが勝利した。
色対抗リレーも、青チームの三年生がかっこよくゴールテープ切ったって、女子たちが興奮ぎみに話してる。
よって、総合優勝を果たしたのは――青チーム。
ただしオレはずっと救護テントで足に氷嚢当ててたから、実感なし。片づけ風景をぼんやり眺める。
「ん」
そこに、丈士先輩が現れた。エナメルバッグを腹側に回して、オレに背中を見せてしゃがむ。Tシャツに筋肉が薄っすら透けてかっけえ……、え? おんぶですか?
オレはわたわたと手を振った。
「冷やしたし大丈夫っス」
「いいから。責任取らせろ」
「取る責任ないですって」
もう治ったと示すべく、勢いよく立ち上がる。氷で感覚麻痺してるしだいじょぶ、
「痛ってー!」
じゃなかった。先輩が「ほら見ろ」って顔する。ひん。
「でも、落ちたんはオレのせいやし、センパイには初讃岐高体育祭最後まで楽しんでほしいし、」
「早く帰りてえンだわ」
オレは先輩に笑ってほしいのであって、心配してほしいわけじゃない。なおもごねたら、先輩が正門に続く道をちらりと見やる。
ツーショをお願いしたいっぽい女子が、大量に溜まっていた。実際、粟野先輩とかリレーのアンカーを務めた三年生の前に、行列ができてる。
救護テント前には杏奈ちゃんもいた。意外だけど、体育祭記念かな。
来るもの拒まずな丈士先輩でも、愛想振りまくのは疲れるんだろう。片想いしてるオレとしても複雑だし、共犯になってあげましょう。
「んじゃ、駐輪場までお願いします」
いそいそと、先輩の背に体重を預ける。
応援に来てた母ちゃんに「車乗れ」って言われたけど、高校にチャリ置きっぱだと後々めんどうで、鞄だけ乗せて帰ってもらった。日高家までの道は平坦だし、左足一本でも漕げるっしょ。
花道状態の構内を進む。先輩の旋毛、やっぱりかわいい。
オレがくっついてるせいで、女子は誰も近寄ってこない。ただ、じいっと見られてる。
今だけ優越感に浸らせてください。なんて名前を知らない神様に祈ってたら、
「あざっした。……センパイ?」
丈士先輩は駐輪場を素通りした。オレが声上げても減速しないで、正門を出ちまう。
「ちょちょ、どこ行きよるんスか!」
交差点渡って、コンビニの横抜けて。ずんずん目指す先にあるのは――琴電の駅だ。
「俺ん家」
「え!?」
オレが叫ぶ間に、先輩は居合わせた一年生に声掛けて切符を買う。
オレのぶんですよね。先輩は定期券あるし。でもなんで?
「待ってつかさい、心の準備が」
「一回行ったじゃん」
やっと降ろしてもらえたのは、三両編成の車両に乗り込み、扉が閉まった後だ。
オレはまた攫われたみたいです。