「やった、丈士センパイと同じチームや!」

 先輩とはっきり喧嘩してたわけじゃないけど仲直り早々の月曜、ロングホームルーム。
 オレの喜びの叫びが、開け放した窓の外まで響く。六月になってもまだ冷房入れてもらえねえんだ。今朝当選した新生徒会長、その辺の校則変えてくれ……なくていい。

「蒼空、何出るんー?」

 って、丈士先輩の声が降ってきたから。先輩、席替えで窓際ゲットしたっぽい。
 何の話してるかっていうと――体育祭だ。
 青・緑・白の三色対抗で、男女比半々の一組情報科は、三学年縦割りで同じ青チームって聞いたところ。
 二組商業科はほぼ女子、三組電子工業科はほぼ男子だから、出席番号前半・後半で緑チーム・白チームに分かれるそうだ。本番までの二週間、クラスの雰囲気やばそう。
 とにかくオレは、先輩と学年が違ううらやましさを感じなくて済む。体育祭の丈士先輩とかかっけえに決まってるし、それを応援できるんだ。

「一緒に出られるやつ出ます!」
「日高、ええ加減にしまい」

 担任に注意されようとも、にまにまが止まらない。
 体育委員が黒板に種目を箇条書きする。○×クイズ(全員)、綱引き、うどん玉入れ(女子)、借り物競走、騎馬戦(男子)、色対抗リレー。一人二種目以上か。
 丈士先輩はぜったいリレー出るよな。

「蒼空って足速い?」

 体育委員がオレをリレーに推薦してくれようとしたけど、私情で請け負うには責任重大過ぎる。サッカー部員に託した。
 うーん。どんな授業よりマジメに考える。借り物競走は実質個人戦。綱引きと騎馬戦だったら、騎馬戦か? でも怪我が心配だったりするかな。
 先輩と一緒に楽しめそうなほう――決めた。

「オレ、騎馬戦いく!」


 種目が決まれば、次は練習。
 二週間限定で時間割の順番が変わって、全学年の一組が合同で体育の授業を受ける。

「え、丈士センパイリレー出ないんスか!?」

 オレはTシャツの裾でばふばふ扇ぎながら訊いた。四時間目のグラウンド、梅雨の気配で曇りだけど、蒸し暑い。

「二年目はバスケ部のヤツ、って去年決めたんだとさ」

 先輩はオレのTシャツをジャージの中に無理やり仕舞いつつ言う。なんで。自分だって裾外に出してるのに。

「去年は大西。で、俺は来年」

 なるほど、リレーはモテ効果絶大だから、足速いメンツで平等に担当年を分け合ったのか。クラス持ち上がりならではのワザだ。

「んじゃ、来年楽しみにしとります」
「ん」

 来年のリレーは青チーム勝利が決まったようなもんだな。

「騎馬戦出る男子、トラックの中に集まりまいー」
「あ、呼ばれた。行きましょ」

 大忙しな先生の指示に従い、歩き出す。先輩も一緒。オレは三択問題に見事正解したんだ。足取りも軽くなる。
 ん? 女子がそわそわとこっち見てくる。騎馬戦に出るメンバーも、「選ばれし男子」ってモテバフもらえるっぽい。各学年八人ずつの参加者が、武将の十河(そごう)氏ばりに凛々しく見えてきた。

「まず、騎馬つくる四人組決めよか」

 三年生の一声に、オレはすかさず丈士先輩を見た。ぜったい組みたい。先輩もオレを見てくれた。よし。

「あの、一年は一年で組んだほうがええですかね?」

 でも手を伸ばす前に、英翔が質問する。よけいなことを……いや、勝利のためには重要だよな。一歳違うとけっこう体格差がある。上級生同士で組めば強い騎馬ができそうだ。

「どうじゃろう、実は騎馬戦って三年ぶりで、僕らも手探りなんや」

 三年生が八の字眉で答える。各色の顔ぶれが同じでも結果が固定されないよう、年度によって種目をランダムに入れ替えてるらしい。

「それ言うたら、上に乗る騎手は強いやつと軽いやつ、どっちがええんじゃ?」
「なんぼ強うても大西を担ぐのは無理じゃろ。林ならいけるか?」

 議論が活発になって、丈士先輩の名前も出る。オレの旋毛に顎乗せて静観してた先輩が、小声で「え」って言った。騎手はやりたくないのかな。

「日高、騎手やります!」

 騎手は軽いやつって流れに持っていくべく、手を挙げる。ほら、オレも来年以降は背が伸びる予定で、騎手できる機会は今年限りかもしんないし。

「じゃあ頼むわい、日高くん」
「俺は蒼空の馬やるんで」

 三年生が微笑みかけてくるのに被せて、丈士先輩が宣言する。声はでかくないのに説得力ある感じで、同じ騎馬に決まった。よしよし。



 それから、体育の度に特訓した。

「これが身長二百三十センチの視界かあ。何でもできる気がすんな」

 小中九年通じて、ここまで体育祭準備に燃えたことない。本番も流れ作業みたいな徒競走で三位だったり、大玉転がしでちょんと触るだけだったり。まあまあ楽しめたけどな。

「蒼空、足痛くねえ?」
「なんちゃっス!」

 移動練習の合間に、丈士先輩がオレの裸足の甲をさする。先輩は馬役の前担当で、方向転換とか加速のとき手に力が入っちまうって気にしてる。

「むしろ野球部エースの手にあんま体重掛けんようにしますんで」

 先輩の顔を覗き込む。このアングル、新鮮だ。旋毛がかわいい。

「もっと後ろ頼ってくれて(かま)んよ。日高くん、おしりちいさいし」
「足もちいさいよな。二十五センチある?」
「に、二十六……二十七センチやっ。わ、ちょ、センパイ速い速い!」

 後ろ担当の三年生二人に「ちっちゃない」って主張してたら(足もいずれ二十七センチになる予定だ)、丈士先輩が大股で発進した。
 後ろの二人と間隔が広がる。オレはほとんど先輩の肩にしがみつく恰好になる。

「うぐあ」

 騎馬はあえなく崩れた。土まみれになる。それでも丈士先輩は「俺は悪くない」って真顔。
 つか。先輩、三年生が奢ってくれたパックジュースも、「一口くれ」って飲み干しちゃうし。

『あー! オレの牛乳たっぷりカフェオレ!』
『同じの奢ってやる。てか牛乳オンリーのがいいじゃん』

 二年生がふざけておんぶしてくれたのも、Tシャツの後ろ襟引っ張って下ろすし。

『コイツうちの騎手』

 何かと和を乱しがちだ。チームスポーツの野球やってるのにな。

「丈士センパイ。もうちょっと協調性ないとあかんよ」

 先輩に笑っててほしい会会長(非公式)のオレも、さすがに苦言を呈する。先輩はますます口角を下げた。

「……蒼空が悪い」
「なんで!?」

 理不尽に濡れ衣を着せられる。かと思うと、

「蒼空、手」
「手? ああ、こなん舐めといたら治るっス……ってば」
「マキロンと絆創膏取ってくる」

 走っていっちまう。言われないとわかんないくらいの小さな擦り傷ですが。
 足が速いから止めようがない。入れ違いに英翔が寄ってきて、訳知り顔で囁く。

「林先輩、セコムみたいやな」
「? そりゃ、馬は騎手守らんとじゃろ」
「そうじゃのうて……うん」

 なぜか肩ポンもされた。何なんだ。謎にびびり顔で去ってくし。
 丈士先輩はすぐ戻ってきて、オレの手のひらに絆創膏を貼ってくれる。おずおず「僕らにも……」って言う三年生にも、ちゃんと手渡す。よくできました。

「蒼空。当日の応援合戦って、ダンス部がやンだよな」

 三年生二人が絆創膏を貼り合うのを待つ間、低く尋ねられた。

「そっスよ! 絶賛練習中です。っと、あぶねえ」

 オレはダンスの振りつけをネタばれしかけて、慌てて気をつけの姿勢になる。
 大役を任されたオレたちは、定番のエールはもちろん、K-pop曲でダンスも踊るんだ。色関係なく盛り上げようって、いつになくマジメに取り組んでる。

「……。スカート穿く?」

 先輩が、これだけはって感じで訊いてきた。
 どうしても訊きたいの、それですか。オレは人差し指を立て、もったいぶって答える。

「ナ・イ・ショ・っ・ス」

 たとえ丈士先輩でも抜け駆けはなし。
 先輩はお手上げとばかりに息を吐くけど、真顔に見える笑顔だ。今日もきっちり会長(非公式)の職務を果たす。
 その後、グラウンドを一往復もしないうちにチャイムが鳴った。

「えー、早。ぜってえ体育だけ時間の流れ三倍速になっとりますよね」

 先輩の肩から降りる。体育の時間はあっという間だ。先週今週は応援合戦の練習が毎日あって、野球部のサポにも行けない。
 でも、さみしくはない。先輩に練習の成果見てもらうのが待ち遠しい。
 前日にはおやつのリクエストも聞こうかな。美人お母さまの弁当があるだろうけど、種目の合間にパッとつまめるようなやつ。
 何より先輩と同じチームで総合優勝目指せるし、体育祭、まあまあどころかすげえ楽しみ。
 にまにましてたら、丈士先輩にほっぺたを突つかれた。

 ――そして、土曜。梅雨の晴れ間の体育祭日和がやってきた。