僕は梨央を呼び出して、いつもの海浜公園で待ち合わせをしていた。
「あ、一真。待った?」
梨央がやってきて声をかけてくる。お互いに近所だけに、呼び出してから大して時間は経っていない。
これからのことを思うと、少し胸がどきどきとして止まらなかった。それでも平気なふりをしながら答える。
「いや。ぜんぜん」
「それなら良かった。それで話って何? あたしの告白への返事ってことかな?」
梨央の攻めた言葉に、僕は驚いて何も言えずに思わず口を開けていた。
「う、うん、まぁ、そうなんだけど」
僕はうなずくと、なんだか慌ててしまって、そのあと何と言ったらいいかわからなかった。
でもそんな僕をよそに、梨央は笑顔を浮かべながら僕の方をじっと見つめていた。
「うん。じゃあ、返事を聴く前にもういちど言うね。あたしは、一真が好き。好きだよ。だからあたしとつきあってください」
あっけらかんとした口調で、まっすぐに告げる。
でも何も感じずに告げている訳じゃないことは、その紅色に染まった頬をみればわかる。
たぶん梨央の中で何かがふっきれたのだろう。ただまっすぐに僕を見つめていた。
だけど僕の返事は。
「梨央。まだ僕は未来のことを忘れられていない。だから」
梨央とつきあうことは出来ない。続けてそう返すつもりだった。
でもその前に梨央が僕の口にその指先を当てて、僕の言葉を遮っていた。
驚いて思わずあとずさって、大きく目を見開く。
梨央の思わぬ行動に、僕は胸がばくばくと強く脈打つのを感じていた。
「そんなこと知っているよ。何年、あたしが一真と一緒にいると思ってるの。そんなこと気にしなくていい。だから、はっきりいって。一真はあたしのこと、好きなの? 嫌いなの? どっち」
「いや、まぁ。その。そりゃまぁどちらかと言われれば好きだけど」
梨央からぐいぐいと迫られて、思わず本音を漏らす。
「うん。私も一真が好き。お互い好き同士だから何も問題ないよね」
「で、でも僕は」
強く言い切る梨央に、僕はあたふたとしてはっきりと言い切ることが出来ない。
問題ないだろうか。いや、そんなことはないはず。でも。
戸惑う僕に、梨央はそれでもまっすぐに僕を見つめていた。
「いいの。それはいいの。だってさ、あんなことあって、気にするな、忘れろって言われて、無理じゃない。でもだったら一真はこれからずっと誰のことも好きにならずに一人で暮らすの? そんなの寂しくない?」
「いや、まぁ。寂しいかもしれないけど」
確かに一生ずっと未来のことを考えて生きていくのかと言われれば、そうしたい訳ではなかった。
ただ未来のことを忘れられていないのに梨央の手をとるのは不誠実じゃないだろうかと思っただけだ。
だけど梨央はそんな逃げるような答えは許してはくれない。
「だったら、あたしのこと、少しでも好きになってくれるなら。嫌じゃないのなら。あたしのことみてください。未来の次でもいいから」
「そ、そんなのは」
不誠実だよと思う。でも梨央は僕に皆まで言わせない。すぐに言葉を続けていた。
「いいの。あたしがいいっていうからいいの。それにね。あたしは決めたの。あたしはあたしの気持ちにうそをつかないって。それに未来にも言われたから。一真をよろしくってさ。一真の中にいる未来ごと好きでいられるのは、あたしだけなんだ。それは自信あるし。だから、あたしと一真は今から恋人同士。決まり」
言い切って梨央は強引に僕の腕をとる。
梨央の大きな胸があたって、思わず意識してしまう。あああ。柔らかい。ちょ、ちょっと。当たっているって。
いやいや。そういうことよりも、僕はそもそも断ろうとしていたんだ。それがなんでこうなる。
なんだか流されそうになっている。
「梨央、僕は」
「あたしのこと嫌? 嫌い? あたしといると楽しくない?」
「そ、そんなことはないけど」
「だったら、いいじゃない。あたしは一真のこと、未来に任されたんだし。これでいいの」
梨央は楽しそうに僕の手をひっぱっていく。
もうこれ以上は僕は梨央に抵抗することは出来なかった。
たぶん僕は梨央のことが好きだ。好きなんだと思う。
考えてみれば未来が事故にあってから、ずっと梨央に支えられていた。そんな梨央のことを好きにならないはずもなかった。僕は本当はみらいと出会う前から、もうすでに梨央のことを好きになっていたのだと思う。
でもどこかで未来のことを引きずって、未来への裏切りのような気がして、その気持ちに気が付いてはいけない。梨央のことを考えちゃいけないと感じていた。
梨央の気持ちを知ってからも、まっすぐに向き合うのではなく、応えてはいけないと思い込んでいた。
梨央の気持ちを知らないふりをしていた。そんなことはない。梨央は僕のことなんて何とも思っていない。僕は梨央のことは姉弟のように思っている。そう思い込もうとしていた。
でもみらいと出会ったことで、僕は未来への気持ちに向き合うことになった。
みらいへの気持ちと向き合ったとき、無くしてしまった初恋は、やっぱり終わってしまった恋なのだと認識してしまった。
そして梨央への気持ちとも、向き合うことになった。
正直すぐに未来のことをすべて忘れることは出来ない。
だけど梨央はそのことも知っている。それを知りつつ、そんな僕ごと受け入れようとしていた。
だったら僕はその気持ちに応えるべきなのかもしれない。
この先の未来がどうなっていくかなんてわからない。
みらいの残した胸の痛みはたぶん忘れられない。みらいへの気持ちは、確かに鮮やかに初恋の傷を僕に残した。
でもその恋は終わりを告げたんだ。
だから僕は、やっと七年前に失った前へ向かう気持ちを取り戻したような気もする。
みらいは笑顔でお別れをしたいといっていた。
だったら、いいのかもしれない。
前に進んでもいいのかもしれない。
梨央はいつも僕を前に向かってひっぱっていってくれる。そんな君が、僕は好きだ。
でもずっとその手をとれなかった。
だけど今なら手をとってもいいのかもしれない。
梨央のことを好きでいていいのかもしれない。
それなら、これからは梨央と進んでいこう。未来を重ねることもなく、ただ前へと進んでいこう。
たぶん、それで、いいのだと思う。
了
「あ、一真。待った?」
梨央がやってきて声をかけてくる。お互いに近所だけに、呼び出してから大して時間は経っていない。
これからのことを思うと、少し胸がどきどきとして止まらなかった。それでも平気なふりをしながら答える。
「いや。ぜんぜん」
「それなら良かった。それで話って何? あたしの告白への返事ってことかな?」
梨央の攻めた言葉に、僕は驚いて何も言えずに思わず口を開けていた。
「う、うん、まぁ、そうなんだけど」
僕はうなずくと、なんだか慌ててしまって、そのあと何と言ったらいいかわからなかった。
でもそんな僕をよそに、梨央は笑顔を浮かべながら僕の方をじっと見つめていた。
「うん。じゃあ、返事を聴く前にもういちど言うね。あたしは、一真が好き。好きだよ。だからあたしとつきあってください」
あっけらかんとした口調で、まっすぐに告げる。
でも何も感じずに告げている訳じゃないことは、その紅色に染まった頬をみればわかる。
たぶん梨央の中で何かがふっきれたのだろう。ただまっすぐに僕を見つめていた。
だけど僕の返事は。
「梨央。まだ僕は未来のことを忘れられていない。だから」
梨央とつきあうことは出来ない。続けてそう返すつもりだった。
でもその前に梨央が僕の口にその指先を当てて、僕の言葉を遮っていた。
驚いて思わずあとずさって、大きく目を見開く。
梨央の思わぬ行動に、僕は胸がばくばくと強く脈打つのを感じていた。
「そんなこと知っているよ。何年、あたしが一真と一緒にいると思ってるの。そんなこと気にしなくていい。だから、はっきりいって。一真はあたしのこと、好きなの? 嫌いなの? どっち」
「いや、まぁ。その。そりゃまぁどちらかと言われれば好きだけど」
梨央からぐいぐいと迫られて、思わず本音を漏らす。
「うん。私も一真が好き。お互い好き同士だから何も問題ないよね」
「で、でも僕は」
強く言い切る梨央に、僕はあたふたとしてはっきりと言い切ることが出来ない。
問題ないだろうか。いや、そんなことはないはず。でも。
戸惑う僕に、梨央はそれでもまっすぐに僕を見つめていた。
「いいの。それはいいの。だってさ、あんなことあって、気にするな、忘れろって言われて、無理じゃない。でもだったら一真はこれからずっと誰のことも好きにならずに一人で暮らすの? そんなの寂しくない?」
「いや、まぁ。寂しいかもしれないけど」
確かに一生ずっと未来のことを考えて生きていくのかと言われれば、そうしたい訳ではなかった。
ただ未来のことを忘れられていないのに梨央の手をとるのは不誠実じゃないだろうかと思っただけだ。
だけど梨央はそんな逃げるような答えは許してはくれない。
「だったら、あたしのこと、少しでも好きになってくれるなら。嫌じゃないのなら。あたしのことみてください。未来の次でもいいから」
「そ、そんなのは」
不誠実だよと思う。でも梨央は僕に皆まで言わせない。すぐに言葉を続けていた。
「いいの。あたしがいいっていうからいいの。それにね。あたしは決めたの。あたしはあたしの気持ちにうそをつかないって。それに未来にも言われたから。一真をよろしくってさ。一真の中にいる未来ごと好きでいられるのは、あたしだけなんだ。それは自信あるし。だから、あたしと一真は今から恋人同士。決まり」
言い切って梨央は強引に僕の腕をとる。
梨央の大きな胸があたって、思わず意識してしまう。あああ。柔らかい。ちょ、ちょっと。当たっているって。
いやいや。そういうことよりも、僕はそもそも断ろうとしていたんだ。それがなんでこうなる。
なんだか流されそうになっている。
「梨央、僕は」
「あたしのこと嫌? 嫌い? あたしといると楽しくない?」
「そ、そんなことはないけど」
「だったら、いいじゃない。あたしは一真のこと、未来に任されたんだし。これでいいの」
梨央は楽しそうに僕の手をひっぱっていく。
もうこれ以上は僕は梨央に抵抗することは出来なかった。
たぶん僕は梨央のことが好きだ。好きなんだと思う。
考えてみれば未来が事故にあってから、ずっと梨央に支えられていた。そんな梨央のことを好きにならないはずもなかった。僕は本当はみらいと出会う前から、もうすでに梨央のことを好きになっていたのだと思う。
でもどこかで未来のことを引きずって、未来への裏切りのような気がして、その気持ちに気が付いてはいけない。梨央のことを考えちゃいけないと感じていた。
梨央の気持ちを知ってからも、まっすぐに向き合うのではなく、応えてはいけないと思い込んでいた。
梨央の気持ちを知らないふりをしていた。そんなことはない。梨央は僕のことなんて何とも思っていない。僕は梨央のことは姉弟のように思っている。そう思い込もうとしていた。
でもみらいと出会ったことで、僕は未来への気持ちに向き合うことになった。
みらいへの気持ちと向き合ったとき、無くしてしまった初恋は、やっぱり終わってしまった恋なのだと認識してしまった。
そして梨央への気持ちとも、向き合うことになった。
正直すぐに未来のことをすべて忘れることは出来ない。
だけど梨央はそのことも知っている。それを知りつつ、そんな僕ごと受け入れようとしていた。
だったら僕はその気持ちに応えるべきなのかもしれない。
この先の未来がどうなっていくかなんてわからない。
みらいの残した胸の痛みはたぶん忘れられない。みらいへの気持ちは、確かに鮮やかに初恋の傷を僕に残した。
でもその恋は終わりを告げたんだ。
だから僕は、やっと七年前に失った前へ向かう気持ちを取り戻したような気もする。
みらいは笑顔でお別れをしたいといっていた。
だったら、いいのかもしれない。
前に進んでもいいのかもしれない。
梨央はいつも僕を前に向かってひっぱっていってくれる。そんな君が、僕は好きだ。
でもずっとその手をとれなかった。
だけど今なら手をとってもいいのかもしれない。
梨央のことを好きでいていいのかもしれない。
それなら、これからは梨央と進んでいこう。未来を重ねることもなく、ただ前へと進んでいこう。
たぶん、それで、いいのだと思う。
了