「私ね……。この世界にはお母さんに会いに来たの。最初に本に願ったのは、お母さんにもういちど会いたいって」
「おばさんに? なんで?」
向こうの世界でいくらでも会えるだろうにと思い、それからすぐに首を振るう。
「そうか、おばさんは向こうの世界では……」
「うん。あっちには、もうお母さんはいない」
僕の推測は当たっていた。
あちらの世界で死んだのは僕だけじゃなかったんだ。未来のおばさんも、何が原因かはわからないけれど亡くなってしまっていたのだろう。
「去年、事故で死んでしまったの。だから、私はもうひとりぼっちだよ」
みらいは震える声でつぶやくように告げる。
未来は七年前の時点ですでに父親を亡くしていて母子家庭だったから、両親ともにいなくなったということになる。みらいは家族を全員失ってしまったのだろう。
「いまは叔父さんの家に居候させてもらってる。叔父さんは良くしてくれるけどさ、でもやっぱり私は居候だから気を遣うよ。学校も変わらざるを得なかったしね」
家族がいなくなって見知らぬ土地に引っ越して、みらいは寂しく過ごしていたのかもしれない。
「だからもういちどお母さんに会いたかった。本に願ったあとに違う世界に向かっていることに気が付いて、もしかしたらお母さんのいる世界に向かっているのかもって思った」
みらいはうつむきながら、ひとりつぶやくようにして話し続けていた。
「それでこの世界に到着して、最初に出会ったのは一真くんだった。一真くんだって一目でわかった。一真くんにあえて本当に嬉しかった。一真くんに会えるなんてことは想像もしていなかった。事故でいなくなってしまった一真くんがいてくれて、私もう泣き出しそうなくらいだった。だから一真くんとデートしたとき、嬉しすぎて照れ隠しにからかうふりしたりして」
みらいの声が少しずつかすれていく。
「ただ一真くんが生きているなら、最初に願ったお母さんだって、この世界なら生きているんじゃないかって。早く会いたいって。ごめんなさいって伝えたいって、だから最初にあったあの時はお母さんのところに急いで向かったの」
少しだけ顔をあげて、みらいは僕の方へと顔を向ける。
目にはもうほとんど涙がこぼれそうになっていた。
「でもその後に、ルールがあることが気が付いた。この世界では最初に選んだ一人を除いて、私がみらいであることを知られてはいけないって。そしてその人にも私は私自身のことや本の力のことは話してもいいけど、それ以外のことは話したらいけないって。知られてしまったら、もうこの世界にはこられなくなるって」
みらいは座り込んだまま僕の服のすそをつかんで、再び顔を地面へと向けていた。
「私は最初に一真くんに出会った時に私がみらいだってことを話してしまったから、だから、もう一真くん以外に私のことを知られちゃいけなかったの。だから言いたいことも言えなかった」
「それって」
「お母さんが事故にあった日ね。私はお母さんと喧嘩していたの。私、一真くんのこと、ずっと引きずって生きてきたから。お母さんにそんなんじゃだめ、元気ださなきゃ一真くんだって天国で心配してるよって言われて。でも私は、心配してくれてるお母さんに怒ってしまったの」
みらいは息を吸い込む。もうその表情が崩れきっていて、涙をぼろぼろとこぼしていて。僕には何と声をかけたらいいのかもわからなかった。
「だって私のせいで一真くんは死んじゃったんだよ、元気なんか出せないよって。言って。お母さんは何もわかってないって。言って。それで。お母さんなんて嫌いって。言って。家を飛び出して。でも心配してくれるお母さんに悪かったって。帰ったら謝ろうって。思っていたのに。お母さんは。私を探しに外に出ていて。それで。一真くんと同じように。事故で。いなく。なっちゃった」
みらいは途切れ途切れになりながら、涙を浮かべながら、薄れ行く中で僕をじっと見つめていた。
「私の。せいなの。私のせいで、一真くんも、お母さんも」
「違うよ。みらいちゃんのせいなんかじゃないよ。あれは事故だったんだ。僕達には仕方なかった。お母さんのことだって、事故だったんだろ。それはみらいちゃんのせいなんかじゃ」
自分が同じように考えていたことも棚にあげて、僕は叫んでいた。
みらいに自分と同じような苦しさを味わって欲しくなかった。みらいを肯定してあげたかった。
たぶんきっと僕もそうしてもらいたかったのだろう。
みらいのお母さんからそういってもらえた時に、僕の心は少しだけ軽くなった。
だからみらいにも同じように心を軽くして欲しかった。
「一真くん。ごめんね。ごめんね。あの時、私が急いで飛び出さなければ。一真くんは死なずに済んだのに。お母さんだって、私を探しに行かなきゃ死なずに済んだのに。私の方こそが、消えてしまえば良かったのに」
「違う。違う。そうじゃない。みらいちゃんは、何も悪くない」
「今回も私はまた間違えちゃった。本のルールがあるから、お母さんとは会えなかったの。話せなかった。ごめんなさいって言いたかった。謝りたかった。でもそれは出来ないから。それをしたら、もう一真くんにも会えなくなっちゃうから。でもせめてさ、せめてお母さんと少しでも話したくて、あの時に何も知らないふりをしてお母さんに話しかけたの」
みらいが言っているのは、街中でおばさんに話しかけていた時のことだろう。
「少し話したくらいなら、きっと私だってわからないと思った。ちょっとでもいいからお母さんの声が聴きたかった。でも、でもさ。でもそのせいで、お母さんに私のこと気が付かれちゃった」
みらいの手からかかる重さが、少しずつ増していく。みらいが僕へとすがるようにして触れ合っていた。
「私ね。一真くんにあえて嬉しかった。お母さんとは話せなくても、一真くんに会えるならそれでもいいって思っていた。私のこの力は、きっと一真くんと会うためにもらえた奇跡なんだって思った。一真くんに謝れれば、そして少しだけ一緒にいられたらいいなって。思ったのに。それなのに私は欲張ってお母さんとも話そうとしちゃった。お母さんとも会いたかったの。謝りたかった。なのに謝ることすら出来ないのに、そのせいで、お母さんに気が付かれちゃった。だから答えちゃだめなのに、一真くんの質問にも答えちゃった。ルールをたくさん破っちゃった。だから私、もう」
みらいは再び顔をあげる。
ぐちゃぐちゃに崩れた顔が、僕の胸の中を強く締め付けてくる。
何が起きているのかも理解することが出来なかった。
ただみらいが泣いている。何か苦しんでいる。
なのに何も出来ない自分に憤りを感じることしか出来なかった。
「ここにはいられないみたい」
みらいがつぶやくと同時にみらいの体が少しずつまるで空気に溶け込むかのように透き通っていく。
「みらいちゃん……!? なにが、なにが起きてるの?」
僕は理解が出来なかった。
なぜ急に前にあった時と同じように、みらいの体は消えていこうとしているのか。何が起きているのかもわからなかった。
「ルールを破っちゃったから……。一真くん以外に、私のことを知られちゃいけなかったから。お母さんは私のことに気が付いちゃった。だから、だから。ごめん。ごめんね。デートの途中だったけど、これでおしまいなんだよ」
「みらいちゃん……!?」
僕はみらいをここにとどめようとしてみらいの体を抱きしめる。
だけど僕の手は、みらいの体に触れることはなかった。
「なん……で……」
「ごめん。ごめんね。一真くん。本当はもっと一緒にいたかった。私のわがままのせいで、ごめんなさい。たぶんもう会えないと思う。もっと一緒にいたかった。一真くんの命日に、もういちどお別れしないといけないなんて。私なんてことしちゃったんだろう。私なんて馬鹿だったんだろ。もっと一緒にいたかった。ごめんね。ごめ……」
不意にすそをつかんでいたみらいの力が消えて、僕は思わずたたらを踏む。
もうそこにはみらいの姿はどこにもなかった。
「みらいちゃん……!? どこ、どこにいった。ねぇ、何が起きてるの」
みらいを呼ぶ声は、誰もいない街中にただむなしく響く。
みらいは。再び僕の前から姿を消してしまっていた。
跡形もなく、何の痕跡も残さずに。
ただ僕の手元に残された食べかけのわたあめの袋が、みらいがここにいたはずとかすかに示すだけだった。
同じような苦しみを背負っているみらいを救いたかったのに。僕には何も出来なかった。
「おばさんに? なんで?」
向こうの世界でいくらでも会えるだろうにと思い、それからすぐに首を振るう。
「そうか、おばさんは向こうの世界では……」
「うん。あっちには、もうお母さんはいない」
僕の推測は当たっていた。
あちらの世界で死んだのは僕だけじゃなかったんだ。未来のおばさんも、何が原因かはわからないけれど亡くなってしまっていたのだろう。
「去年、事故で死んでしまったの。だから、私はもうひとりぼっちだよ」
みらいは震える声でつぶやくように告げる。
未来は七年前の時点ですでに父親を亡くしていて母子家庭だったから、両親ともにいなくなったということになる。みらいは家族を全員失ってしまったのだろう。
「いまは叔父さんの家に居候させてもらってる。叔父さんは良くしてくれるけどさ、でもやっぱり私は居候だから気を遣うよ。学校も変わらざるを得なかったしね」
家族がいなくなって見知らぬ土地に引っ越して、みらいは寂しく過ごしていたのかもしれない。
「だからもういちどお母さんに会いたかった。本に願ったあとに違う世界に向かっていることに気が付いて、もしかしたらお母さんのいる世界に向かっているのかもって思った」
みらいはうつむきながら、ひとりつぶやくようにして話し続けていた。
「それでこの世界に到着して、最初に出会ったのは一真くんだった。一真くんだって一目でわかった。一真くんにあえて本当に嬉しかった。一真くんに会えるなんてことは想像もしていなかった。事故でいなくなってしまった一真くんがいてくれて、私もう泣き出しそうなくらいだった。だから一真くんとデートしたとき、嬉しすぎて照れ隠しにからかうふりしたりして」
みらいの声が少しずつかすれていく。
「ただ一真くんが生きているなら、最初に願ったお母さんだって、この世界なら生きているんじゃないかって。早く会いたいって。ごめんなさいって伝えたいって、だから最初にあったあの時はお母さんのところに急いで向かったの」
少しだけ顔をあげて、みらいは僕の方へと顔を向ける。
目にはもうほとんど涙がこぼれそうになっていた。
「でもその後に、ルールがあることが気が付いた。この世界では最初に選んだ一人を除いて、私がみらいであることを知られてはいけないって。そしてその人にも私は私自身のことや本の力のことは話してもいいけど、それ以外のことは話したらいけないって。知られてしまったら、もうこの世界にはこられなくなるって」
みらいは座り込んだまま僕の服のすそをつかんで、再び顔を地面へと向けていた。
「私は最初に一真くんに出会った時に私がみらいだってことを話してしまったから、だから、もう一真くん以外に私のことを知られちゃいけなかったの。だから言いたいことも言えなかった」
「それって」
「お母さんが事故にあった日ね。私はお母さんと喧嘩していたの。私、一真くんのこと、ずっと引きずって生きてきたから。お母さんにそんなんじゃだめ、元気ださなきゃ一真くんだって天国で心配してるよって言われて。でも私は、心配してくれてるお母さんに怒ってしまったの」
みらいは息を吸い込む。もうその表情が崩れきっていて、涙をぼろぼろとこぼしていて。僕には何と声をかけたらいいのかもわからなかった。
「だって私のせいで一真くんは死んじゃったんだよ、元気なんか出せないよって。言って。お母さんは何もわかってないって。言って。それで。お母さんなんて嫌いって。言って。家を飛び出して。でも心配してくれるお母さんに悪かったって。帰ったら謝ろうって。思っていたのに。お母さんは。私を探しに外に出ていて。それで。一真くんと同じように。事故で。いなく。なっちゃった」
みらいは途切れ途切れになりながら、涙を浮かべながら、薄れ行く中で僕をじっと見つめていた。
「私の。せいなの。私のせいで、一真くんも、お母さんも」
「違うよ。みらいちゃんのせいなんかじゃないよ。あれは事故だったんだ。僕達には仕方なかった。お母さんのことだって、事故だったんだろ。それはみらいちゃんのせいなんかじゃ」
自分が同じように考えていたことも棚にあげて、僕は叫んでいた。
みらいに自分と同じような苦しさを味わって欲しくなかった。みらいを肯定してあげたかった。
たぶんきっと僕もそうしてもらいたかったのだろう。
みらいのお母さんからそういってもらえた時に、僕の心は少しだけ軽くなった。
だからみらいにも同じように心を軽くして欲しかった。
「一真くん。ごめんね。ごめんね。あの時、私が急いで飛び出さなければ。一真くんは死なずに済んだのに。お母さんだって、私を探しに行かなきゃ死なずに済んだのに。私の方こそが、消えてしまえば良かったのに」
「違う。違う。そうじゃない。みらいちゃんは、何も悪くない」
「今回も私はまた間違えちゃった。本のルールがあるから、お母さんとは会えなかったの。話せなかった。ごめんなさいって言いたかった。謝りたかった。でもそれは出来ないから。それをしたら、もう一真くんにも会えなくなっちゃうから。でもせめてさ、せめてお母さんと少しでも話したくて、あの時に何も知らないふりをしてお母さんに話しかけたの」
みらいが言っているのは、街中でおばさんに話しかけていた時のことだろう。
「少し話したくらいなら、きっと私だってわからないと思った。ちょっとでもいいからお母さんの声が聴きたかった。でも、でもさ。でもそのせいで、お母さんに私のこと気が付かれちゃった」
みらいの手からかかる重さが、少しずつ増していく。みらいが僕へとすがるようにして触れ合っていた。
「私ね。一真くんにあえて嬉しかった。お母さんとは話せなくても、一真くんに会えるならそれでもいいって思っていた。私のこの力は、きっと一真くんと会うためにもらえた奇跡なんだって思った。一真くんに謝れれば、そして少しだけ一緒にいられたらいいなって。思ったのに。それなのに私は欲張ってお母さんとも話そうとしちゃった。お母さんとも会いたかったの。謝りたかった。なのに謝ることすら出来ないのに、そのせいで、お母さんに気が付かれちゃった。だから答えちゃだめなのに、一真くんの質問にも答えちゃった。ルールをたくさん破っちゃった。だから私、もう」
みらいは再び顔をあげる。
ぐちゃぐちゃに崩れた顔が、僕の胸の中を強く締め付けてくる。
何が起きているのかも理解することが出来なかった。
ただみらいが泣いている。何か苦しんでいる。
なのに何も出来ない自分に憤りを感じることしか出来なかった。
「ここにはいられないみたい」
みらいがつぶやくと同時にみらいの体が少しずつまるで空気に溶け込むかのように透き通っていく。
「みらいちゃん……!? なにが、なにが起きてるの?」
僕は理解が出来なかった。
なぜ急に前にあった時と同じように、みらいの体は消えていこうとしているのか。何が起きているのかもわからなかった。
「ルールを破っちゃったから……。一真くん以外に、私のことを知られちゃいけなかったから。お母さんは私のことに気が付いちゃった。だから、だから。ごめん。ごめんね。デートの途中だったけど、これでおしまいなんだよ」
「みらいちゃん……!?」
僕はみらいをここにとどめようとしてみらいの体を抱きしめる。
だけど僕の手は、みらいの体に触れることはなかった。
「なん……で……」
「ごめん。ごめんね。一真くん。本当はもっと一緒にいたかった。私のわがままのせいで、ごめんなさい。たぶんもう会えないと思う。もっと一緒にいたかった。一真くんの命日に、もういちどお別れしないといけないなんて。私なんてことしちゃったんだろう。私なんて馬鹿だったんだろ。もっと一緒にいたかった。ごめんね。ごめ……」
不意にすそをつかんでいたみらいの力が消えて、僕は思わずたたらを踏む。
もうそこにはみらいの姿はどこにもなかった。
「みらいちゃん……!? どこ、どこにいった。ねぇ、何が起きてるの」
みらいを呼ぶ声は、誰もいない街中にただむなしく響く。
みらいは。再び僕の前から姿を消してしまっていた。
跡形もなく、何の痕跡も残さずに。
ただ僕の手元に残された食べかけのわたあめの袋が、みらいがここにいたはずとかすかに示すだけだった。
同じような苦しみを背負っているみらいを救いたかったのに。僕には何も出来なかった。