あの未来(みらい)と名乗る子はいったい何者だったんだろうか。
 本当に未来だったのだろうか。いや、そんなはずはない。未来は確かに死んだんだ。七年前に僕をかばって。
 交通事故だった。赤信号を無視して突っ込んできた車に気がついた未来は僕を突き飛ばした。

 僕は軽い打ち身だけで済んだ。
 でも未来は避けられなかった。
 即死だった。

 ぼろぼろになった未来を僕は見ていた。
 今でも思い出すと震えが止まらない。恐ろしくて悲しくて、僕は何も出来なかった。

 そこからはほとんど何も覚えていない。次に記憶しているのは、未来のお葬式の光景だった。
 現実味がなくて、僕は何度もみらいちゃんはどこって訊ねていた。まだ未来の死を受け入れられていなかった。この時の僕には死が理解出来ていなかった。

 いや、それはうそだ。ただ受け入れられなかった。信じたくなかった。未来は死んでいない。まだ生きている。そう思わずにはいられなかった。

 でもすぐにそうではない現実を突きつけられた。
 僕が未来を殺してしまったのだと思った。未来は僕の変わりに死んでしまったのだから。
 だけど僕は今ものうのうと生き続けている。誰が言ったのかも覚えていないけれど『未来は君に生きてもらいたかったんだ』という言葉にすがるようにして、ただどこか埋めきれない気持ちを背負いながら生き続けていた。

 何をすればいいのか、何をしたいのかもわからなかった。空虚な気持ちを埋められなかった。そんな僕の心をやっと少し埋めてくれたのは、カメラで風景写真をとることだった。

 父親が少し前に使っていたらしいカメラをもらって、かつて未来と訪れた場所を写真に残していく。そうすると未来がまだそこにいるような気がして、僕の心はほんの少しだけ満たされていた。だから写真を撮ることだけが今の僕の生きがいだった。

 そこに現れたのが、あのみらいだった。

 未来の訳がない。未来は僕のせいで死んでしまった。現実的にはあり得ないはずだ。
 でも単純にそう言い切ることが出来ないくらい、彼女は未来だった。

 ささやかに浮かべる笑みも、いたずらな瞳も。目尻に見える小さなほくろも、僕が知っている未来と同じ。彼女が未来じゃないと否定出来るのは、未来が死んだという事実だけ。それがなければ彼女は確かに未来だった。
 混乱している僕にみらいは「本当はもっと話したいんだけど、今は急いでいるからまたね」と告げて、すぐにあの場からいなくなった。だから彼女の正体を確かめる余裕もなかった。

 彼女がいったい何者なのか。どうして未来のふりをしているのか。それとも本当に未来なのか。わからない。わからなかった。だから僕は確かめなければいけない。彼女の正体を知りたいと思った。
 連絡先を交換した訳でもないから、彼女ともう一度会うことがあるのかはわからない。ただ僕の心の中に不穏な空気を残していっただけだ。

「あれ。一真(かずま)、何か深刻そうな顔してるじゃんっ。さては何かあったな」

 不意にかけられた声に、驚いて僕は頭だけ振り向いていた。
 僕の机の横にいつのまにか彼女は立っていた。
 まっすぐに長く伸びた髪を後ろでくくっている。いわゆるポニーテールというやつだ。ころころと変わる表情が朗らかで優しそうに見える。

 僕のよく知る幼なじみの一人である田中(たなか)梨央(りお)だ。

「なんだ梨央か」
「なんだはないでしょー。なんだは。これでも心配して声かけてるっていうのに」
「わるいわるい。ちょっと考え事しててさ」

 眉を寄せてはっきりと怒りの表情を浮かべる梨央に、相変わらず表情がよく変わるなぁと心の内でつぶやく。

「考え事って?」

 梨央の問いかけになんと答えていいものか少し迷う。
 梨央は未来と同じく幼稚園の頃からのつきあいがある友達のうちの一人だ。当然未来のことも知っている。僕が未来のことについて、いろいろと引きずってしまっていることも。

 未来を名乗る子に出会っただなんて話してしまえば、おかしくなったと思われても仕方が無いだろう。正直自分自身でも、あまりに引きずりすぎて変な夢を見たんじゃないかと思っているくらいだ。

 それでも梨央は僕の幼なじみで、未来のことも知っている。だからあのみらいのことを話したら、何かに気がつくかも知れない。あの子が何か理由があって未来のふりをしているのか。それとも僕が見た幻に過ぎなかったのか。判断してくれるんじゃないかと思う。

「ちょっとおかしな話なんだけど」
「うん? どんな?」
「うん。えっとほら、みんなでよく遊んだ裏山でさ、僕達と同じくらいの年の女の子と出会ったんだけど。その子は僕のことを知っていてさ、でも僕には見覚えが無くて。そう思ったら、その子は未来だと名乗ったんだ。まるで事故なんてなかったのに、ひさしぶりに会っただけみたいに」

 僕の言葉に、急に梨央の表情が悲しそうな顔をしているのがわかった。たぶん梨央は僕のことを心配しているのだろう。もしかしたら僕がおかしくなったとか思っているのかもしれない。
 それでも僕は気がつかなかったふりをして話を進める。

「でも確かに未来の面影が残っていたんだ。目元のほくろとかさ、全く同じで。あの子が未来のはずがない。だから何が何だかわからなくて」
「うーん。普通に考えたら、誰かが未来のふりをしているんだと思うけど」
「だよね。でもさ、ちょっとこれを見て欲しいんだ」

 そういうと僕はスマホをとりだして、昨日撮った写真に写っていたみらいの写真を見せる。同時に梨央が息を飲み込むのがわかった。

「確かに、どことなく未来の面影はある、けど」

 梨央も信じられないように写真をのぞき込んでいた。
 いまこうしてみても彼女が未来だとは信じられない。でもその姿は確かに未来がこの年齢になればこうなっていただろうなと思わせる。梨央ですらそれは認めずにはいられないようだ。