「お兄ちゃん、おかえり」
帰ってくるなり和歌が玄関で僕を出迎えていた。
珍しいこともあるものだと思うけれど、和歌はすぐに僕へと手を差し出してくる。
何だろう。意味がわからなかった。
「なに? 別にお土産とかないけど」
「そんなの期待してないよ。そうじゃなくて、今日もこんな時間に戻ってきたってことはデートしてきたんだよね。今後こそ写真みせてよ」
どうやら和歌は僕がまたみらいとデートしてきたのだと考えたのだろう。確かに僕がこんなに長い時間でかけるのは珍しいから、そう考えたとしても不思議ではない。
それにデートをしたこと自体は間違えていない。ただ和歌が考えている相手とは異なっているだけだ。
実のところ写真はある。梨央がぱしゃぱしゃと撮っていたし、その写真もライムで送られてきていた。僕も何枚かはスマホで写真をとった。だから今日の写真はある。ただ和歌が望んでいる写真ではないというだけのことだ。
「なに。まさかまた写真とってないとか言うんじゃないでしょ」
「いや、まぁ」
何と答えていいのかわからず、口ごもってこめかみをかく。
「あー、その反応は撮ってるね。お兄ちゃんがごまかそうとしている時の態度だもん。ほら、スマホかして」
「あ。おい和歌」
和歌は僕が止めるのもきかずに僕のポケットに手をつっこむ。
すぐにスマホをうばいとると、それからすぐにロックを解除していた。
「ちょ。お前、なんで俺のスマホのロック解除知っているんだよ」
「そりゃ、いつも横でみていたからね。さてと、お兄ちゃんを好きになる物好きはどんな子なのかな」
もうこうなってしまったら、強引に奪い取ろうとしても無駄だ。変に騒げば母さんがやってきて、僕が怒られてしまうだろう。諦めてため息を漏らす。
「あれ……。これ梨央さんじゃない」
どうやら梨央の写真はすぐにみつけたらしい。梨央とは幼なじみだけに、和歌も一緒に遊んだこともあるくらいだ。ここしばらくは会っていないにせよ、顔をみれば梨央だとすぐにわかったのだろう。
「なんで? やっぱりデートの相手って梨央さんだったの。でも美術館とか梨央さんの好みじゃないよね。お兄ちゃんの部屋にチケットとリーフレットがあったから、美術館にいったのはうそじゃないだろうし」
何かぶつぶつと口の中でつぶやいていた。
いつの間にかいろいろ部屋の中を探索されていたようだ。ちょっと怖いぞ、妹よ。まぁ別に見られて困るようなものもないっちゃないけど。
ただチケットとリーフレットがあったということは、僕が昨日美術館にいったことだけは間違いないのだろう。そのことにほっとする。
でももしかしたら僕は自分で作りあげた幻想を信じて、一人で美術館にいってきたのかもしれない。みらいを映したはずの写真がなくて、梨央はみらいの話を覚えていなかった。だとすればそうでないとは言い切れないだろう。
どこか自分を信じ切れなくて、それでもあの日に触れたみらいのぬくもりは嘘や幻ではなかったと信じたかった。
「いや、まぁ。うん。梨央とはたまたま今日あったので遊んだっていうか。昨日の子とは別人だよ」
ひとまず和歌には今日のことだけを話した。たぶんだまっていてもいつまでも詮索されるだろうから、もういっそ話してしまった方が早いだろうとは思う。
でも僕の言葉に和歌の顔が険しく変わっていた。
「なにそれ。ひどくない」
「ひどいって何が」
「そんないろんな子とデートするとか、お兄ちゃん、いつからそんな女たらしになったの。見損なったよ」
「う……」
まぁ確かに言われてみると連続して違う子とデートしているというのは、あまり褒められたことではないような気がする。
「いや、そうはいっても相手は梨央だぞ。ノーカンだよ。ノーカン。それに梨央だって昨日のデートのことは知っているんだぜ」
梨央とはもういろんなことを一緒にやってきた。世話焼きの梨央は、何かと僕を気にかけてくれていたから、姉弟みたいな感じすらある。だから一般的な意味のデートとはちょっと違うんじゃないだろうか。
もっともみらいとのデートも、普通の意味でのデートと言っていいのかはわからない。みらいは何を考えているかはわからなかったし、みらいが言うことが真実だったとしても、いつまでみらいがこの世界にいるかなんていうのもわからない。
「はぁ。お兄ちゃんって、ほんと。もう。だめすぎる」
和歌は深々とため息をもらして、それから僕へとスマホを差し出してきていた。
梨央と二人でとった写真が、画面には映し出されている。
本当に楽しそうな梨央の笑顔が、なんとなくまぶしく感じる。
ノーカンだと言葉では言いつつも、でも心の中ではどこか梨央を意識しだしていた自分も感じていた。でも僕はどうしたらいいのかはわからない。
秋祭りでみらいと話せばまた何かがわかるだろうか。みらいにむけている自分の気持ちも、梨央に感じている感情の名前も。
もてない僕が急に女の子二人と触れ合う機会があったから、いろいろ混乱しているだけかもしれない。それにもしかしたらみらいは僕が作り出した幻覚なのかもしれないとも思う。その方が実際には現実的ではある。
もっともみらいが本当に幻覚なのだとしたら、あれだけはっきり見えて触れられる幻覚をみる僕は相当におかしくなってしまっているのだろう。
「まぁとにかく最初のデートの人も、梨央さんも、悲しませるようなことしちゃだめだからね!」
和歌はあからさまに怒りを隠さずに告げると、自分の部屋へと戻っていったようだ。
僕としてもみらいも梨央も悲しませたりはしたくない。だけどどうしたらいいのかはわからない。
未来への気持ちをひきずったままの僕は、違う世界からきたみらいへと惹かれ始めている。たぶんそれは間違いないと思う。
でもその気持ちは本当に恋愛感情なのだろうか。それとも失ってしまった初恋に後ろ髪を引かれているだけなのだろうか。
デートの最中に感じた梨央への胸の高鳴りは、なんという感情なのだろうか。単純に可愛い異性がそばにいることに、思春期の男の子らしく何か感じてしまっただけかもしれないけれど、もしかしたらそれ以外の気持ちが含まれていたのかもしれない。
自分で自分の気持ちがわからないなんて、おかしいにもほどがあるよ。
声には出さずにつぶやくと、僕は自分の部屋へと向かっていく。少し落ち着いて考えていたかった。
部屋に入るなりベッドに寝転ぶ。ごちゃごちゃとした自分の部屋が目の前に広がる。未来や梨央、それに湊がよくうちにきていたころと、ほとんど変わっていない。違うのは机におかれた教科書や資料が高校生のものに変わったくらいのものだろう。
こどもの頃によく遊んだゲームやおもちゃなんかも、ほとんど捨てずに残してある。最近は触っていなかったけれど、こうしてみると懐かしいのも沢山あるなと思う。
あのゲームなんかよくやったよな。もうずっと触っていないから埃がかぶっていそうだけど、ひさしぶりにやってみるか。
ゲーム機をひっぱりだしてきて、大きめの箱にしまったソフトをあさりはじめる。よく一緒にやった対戦ゲームなんかもいくつか見えた。
ただその中に違和感がある冊子がまぎれていることに気がつく。
あれ。なんだ、これ。
手作り感にあふれたその冊子は、確かに見覚えがある。そうだ、これは。
拙い絵が表紙に描かれたその冊子は、僕と未来と梨央の三人で作った絵本。こんなところにしまっていたんだと、懐かしく感じていた。
未来を重ねて。そうタイトルには描かれている。そして僕達三人の名前がある。
そうだ。確かこのお話は未来へと旅立つ男の子と女の子の話だ。だけど彼らには不思議な力があって、違う世界へと移動することが出来るんだ。
だんだんと当時のことを思い出し始めていた。
ああ。そうだ。あの時、こんなことがあったよな。
帰ってくるなり和歌が玄関で僕を出迎えていた。
珍しいこともあるものだと思うけれど、和歌はすぐに僕へと手を差し出してくる。
何だろう。意味がわからなかった。
「なに? 別にお土産とかないけど」
「そんなの期待してないよ。そうじゃなくて、今日もこんな時間に戻ってきたってことはデートしてきたんだよね。今後こそ写真みせてよ」
どうやら和歌は僕がまたみらいとデートしてきたのだと考えたのだろう。確かに僕がこんなに長い時間でかけるのは珍しいから、そう考えたとしても不思議ではない。
それにデートをしたこと自体は間違えていない。ただ和歌が考えている相手とは異なっているだけだ。
実のところ写真はある。梨央がぱしゃぱしゃと撮っていたし、その写真もライムで送られてきていた。僕も何枚かはスマホで写真をとった。だから今日の写真はある。ただ和歌が望んでいる写真ではないというだけのことだ。
「なに。まさかまた写真とってないとか言うんじゃないでしょ」
「いや、まぁ」
何と答えていいのかわからず、口ごもってこめかみをかく。
「あー、その反応は撮ってるね。お兄ちゃんがごまかそうとしている時の態度だもん。ほら、スマホかして」
「あ。おい和歌」
和歌は僕が止めるのもきかずに僕のポケットに手をつっこむ。
すぐにスマホをうばいとると、それからすぐにロックを解除していた。
「ちょ。お前、なんで俺のスマホのロック解除知っているんだよ」
「そりゃ、いつも横でみていたからね。さてと、お兄ちゃんを好きになる物好きはどんな子なのかな」
もうこうなってしまったら、強引に奪い取ろうとしても無駄だ。変に騒げば母さんがやってきて、僕が怒られてしまうだろう。諦めてため息を漏らす。
「あれ……。これ梨央さんじゃない」
どうやら梨央の写真はすぐにみつけたらしい。梨央とは幼なじみだけに、和歌も一緒に遊んだこともあるくらいだ。ここしばらくは会っていないにせよ、顔をみれば梨央だとすぐにわかったのだろう。
「なんで? やっぱりデートの相手って梨央さんだったの。でも美術館とか梨央さんの好みじゃないよね。お兄ちゃんの部屋にチケットとリーフレットがあったから、美術館にいったのはうそじゃないだろうし」
何かぶつぶつと口の中でつぶやいていた。
いつの間にかいろいろ部屋の中を探索されていたようだ。ちょっと怖いぞ、妹よ。まぁ別に見られて困るようなものもないっちゃないけど。
ただチケットとリーフレットがあったということは、僕が昨日美術館にいったことだけは間違いないのだろう。そのことにほっとする。
でももしかしたら僕は自分で作りあげた幻想を信じて、一人で美術館にいってきたのかもしれない。みらいを映したはずの写真がなくて、梨央はみらいの話を覚えていなかった。だとすればそうでないとは言い切れないだろう。
どこか自分を信じ切れなくて、それでもあの日に触れたみらいのぬくもりは嘘や幻ではなかったと信じたかった。
「いや、まぁ。うん。梨央とはたまたま今日あったので遊んだっていうか。昨日の子とは別人だよ」
ひとまず和歌には今日のことだけを話した。たぶんだまっていてもいつまでも詮索されるだろうから、もういっそ話してしまった方が早いだろうとは思う。
でも僕の言葉に和歌の顔が険しく変わっていた。
「なにそれ。ひどくない」
「ひどいって何が」
「そんないろんな子とデートするとか、お兄ちゃん、いつからそんな女たらしになったの。見損なったよ」
「う……」
まぁ確かに言われてみると連続して違う子とデートしているというのは、あまり褒められたことではないような気がする。
「いや、そうはいっても相手は梨央だぞ。ノーカンだよ。ノーカン。それに梨央だって昨日のデートのことは知っているんだぜ」
梨央とはもういろんなことを一緒にやってきた。世話焼きの梨央は、何かと僕を気にかけてくれていたから、姉弟みたいな感じすらある。だから一般的な意味のデートとはちょっと違うんじゃないだろうか。
もっともみらいとのデートも、普通の意味でのデートと言っていいのかはわからない。みらいは何を考えているかはわからなかったし、みらいが言うことが真実だったとしても、いつまでみらいがこの世界にいるかなんていうのもわからない。
「はぁ。お兄ちゃんって、ほんと。もう。だめすぎる」
和歌は深々とため息をもらして、それから僕へとスマホを差し出してきていた。
梨央と二人でとった写真が、画面には映し出されている。
本当に楽しそうな梨央の笑顔が、なんとなくまぶしく感じる。
ノーカンだと言葉では言いつつも、でも心の中ではどこか梨央を意識しだしていた自分も感じていた。でも僕はどうしたらいいのかはわからない。
秋祭りでみらいと話せばまた何かがわかるだろうか。みらいにむけている自分の気持ちも、梨央に感じている感情の名前も。
もてない僕が急に女の子二人と触れ合う機会があったから、いろいろ混乱しているだけかもしれない。それにもしかしたらみらいは僕が作り出した幻覚なのかもしれないとも思う。その方が実際には現実的ではある。
もっともみらいが本当に幻覚なのだとしたら、あれだけはっきり見えて触れられる幻覚をみる僕は相当におかしくなってしまっているのだろう。
「まぁとにかく最初のデートの人も、梨央さんも、悲しませるようなことしちゃだめだからね!」
和歌はあからさまに怒りを隠さずに告げると、自分の部屋へと戻っていったようだ。
僕としてもみらいも梨央も悲しませたりはしたくない。だけどどうしたらいいのかはわからない。
未来への気持ちをひきずったままの僕は、違う世界からきたみらいへと惹かれ始めている。たぶんそれは間違いないと思う。
でもその気持ちは本当に恋愛感情なのだろうか。それとも失ってしまった初恋に後ろ髪を引かれているだけなのだろうか。
デートの最中に感じた梨央への胸の高鳴りは、なんという感情なのだろうか。単純に可愛い異性がそばにいることに、思春期の男の子らしく何か感じてしまっただけかもしれないけれど、もしかしたらそれ以外の気持ちが含まれていたのかもしれない。
自分で自分の気持ちがわからないなんて、おかしいにもほどがあるよ。
声には出さずにつぶやくと、僕は自分の部屋へと向かっていく。少し落ち着いて考えていたかった。
部屋に入るなりベッドに寝転ぶ。ごちゃごちゃとした自分の部屋が目の前に広がる。未来や梨央、それに湊がよくうちにきていたころと、ほとんど変わっていない。違うのは机におかれた教科書や資料が高校生のものに変わったくらいのものだろう。
こどもの頃によく遊んだゲームやおもちゃなんかも、ほとんど捨てずに残してある。最近は触っていなかったけれど、こうしてみると懐かしいのも沢山あるなと思う。
あのゲームなんかよくやったよな。もうずっと触っていないから埃がかぶっていそうだけど、ひさしぶりにやってみるか。
ゲーム機をひっぱりだしてきて、大きめの箱にしまったソフトをあさりはじめる。よく一緒にやった対戦ゲームなんかもいくつか見えた。
ただその中に違和感がある冊子がまぎれていることに気がつく。
あれ。なんだ、これ。
手作り感にあふれたその冊子は、確かに見覚えがある。そうだ、これは。
拙い絵が表紙に描かれたその冊子は、僕と未来と梨央の三人で作った絵本。こんなところにしまっていたんだと、懐かしく感じていた。
未来を重ねて。そうタイトルには描かれている。そして僕達三人の名前がある。
そうだ。確かこのお話は未来へと旅立つ男の子と女の子の話だ。だけど彼らには不思議な力があって、違う世界へと移動することが出来るんだ。
だんだんと当時のことを思い出し始めていた。
ああ。そうだ。あの時、こんなことがあったよな。