「最初は簡単にバドミントンやろっか」
「お手柔らかにお願いします」
正直バドミントンもさほどやったことはない。まぁでも羽根を打つだけなら簡単だろう。真剣に勝負する訳でもないし。
「いくよー」
梨央は羽根を高くあげると、バックハンドでサーブを打ち込んできていた。するどい羽根が僕のコートへと向かってくる。
僕は一歩も動くことは出来ずにそれを見送る。あっという間にサーブが決まっていた。
何あの速さ。いや、梨央。本気すぎるんですけど。
「もー、ちゃんととってよね」
「いやいやいや。君さ、僕がそんなに運動得意じゃないの知ってるよね。あんなのとれないって」
「えー。そうかなぁ。そんなに本気だしてないけどなぁ」
梨央はぶつぶついいながらも、こんどは軽く打ち上げるようにサーブを入れてくる。
これなら何とか僕にもとれるかな。落ち着いて、上がってきた羽根を軽く打ち返す。
「お、いいねいいねっ。んじゃ、こっちも」
もう明らかに手加減しているのはわかったけれど、それでも何度かリレーが続くようになった。
とはいえ結局は梨央からは一度も得点をとることが出来ずに、僕は完全に敗北を喫していた。いや最初から勝つ気はなかったのだけど、一点もとれないってどうよ。
普通ならこういうのは男の方がリードするもんじゃないかとも思うのだけど、もう運動下手なのはいまさらどうしようもない。まぁこうなったら、梨央に何とかついていく方向で考えよう。
それになんだかんだで体を動かすのもけっこう楽しい。ちょっとばかり息が上がりがちではあるけど。
「よーし。じゃあ次はさ。バッティングしようよ」
梨央はどんどん僕を引っ張っていく。次はバッティングゾーンのようだ。
それにしても運動神経いいな。梨央は。
バットを手にして、けっこうな速度のボールを簡単に打ち付けていく。
それとそのたびにひらひらスカートが揺れていたのが、目の毒ではある。いやキュロットスカートだということはわかっているんだけどね。だけどね。目の前で生足がちらちら揺れたら、どうしても視線に入るというものでしょうが。
梨央は自分が女の子だということがわかってるのかな。全く。僕は男なんだぞ。少しくらいは意識しないんだろうか。うん、まぁしないんだろうな。梨央だし。実際僕だってデートと言われてなければ意識していなかったかもしれない。
しっかりとバッティングに集中している梨央は、投げられた球を再び打ち上げる。その打球はぐんぐんとのびていって、ホームランサインの的を打ち抜いていた。
「みたみた? ホームラン! あたしすごくない?」
梨央は楽しそうに僕の方へとピースサインを向けてくる。
確かにすごい。梨央は昔からスポーツ得意だもんな。
「こんどは一真の番だよ」
「……ソフトボールでお願いします」
正直野球のボールでも低速なら打てるとは思うものの、梨央と比べたら間違いなく劣るのはわかっている。もうそれなら変に張り合わずに、最初から自分のレベルに合わせておくのが賢明というものだ。
さすがにソフトボールなら僕でもある程度は打てる。もしかしたらホームランだって打てるかもしれない。そうしたら多少は面目も立つって物だ。
いや。打ちやすいソフトボールで打ってもというのは重々承知だけど、それでもまぁほら、いちおう形がね。あるよね。
そう思いつつ狙っていたのだけど、何球かはかなり飛ばせたとは思うけど、ホームランは打てなかった。あと狙いすぎて少しばかり空振りもしましたよ。はい。
ああ、もう。梨央にはかなわないなぁ。男としてはちょっと情けないぞ。僕は。
でも梨央はそんな僕の様子をみても特に気にした様子はなく、ボールを打てば喜んでくれたし、僕と一緒にスポーツをするのを素直に楽しんでいるようだった。
いつもこんな感じだから、一緒にいても楽しいよなとは思う。幼なじみって、そういうものだよな。お互いをわかりあっていて、気にせずに楽しめるというか。気兼ねなく楽しめていたと思う。
僕のバッティングが終わると、梨央がスマホを差し出してきていた。ここの施設のウェブサイトのようだ。
「次は一真がやりたいの選んでいいよ」
「うーん。じゃあ、これ」
僕が選んだのは画面上で迫ってくる壁の穴と同じポーズをとって逃げるとかいうアトラクションだった。これならスポーツが苦手な僕でも、少しはいいところを見せられるんじゃないだろうか。
「あ、これあたしもやってみたかったんだ。二人で一緒に出来るみたいだし」
「うん。やってみよう」
僕たちはスクリーンの前に立って、アトラクションを開始する。
巨大なスクリーンに映し出されたのは宇宙船の中にいる様子だ。でもそこから急激に壁が迫ってくる。
そこに描かれた穴と同じポーズをとるのだけど、意外とこれが難しい。
変なポーズだったり、座ったり寝転んだり。もうすぐさま動かなければいけなくて、次から次にやってくるものだから、ぜんぜん間に合わない時もある。
でもそれは梨央も同じようで、うまくいったりいかなかったりを楽しんでいるようだった。
「なにこれー。あははは」
「あ、梨央、はみ出してるって」
「だって早いんだもん。これ。あははは」
「って僕もついてけてない」
「あはは。一真もぜんぜんちがうじゃんっ」
「いや、これなかなかむずいよ」
しゃべりながらも、次から次に迫ってくる壁に対して変なポーズをとり続ける。
けっこうハードだぞ。これ。
「こんどはこっちか」
体を傾かせようとして、ずるっと足が滑る。
「うわっ」
「危ないっ」
少しだけバランスを崩して、たたらを踏む。
とはいえ倒れるというほどでもなかったのだけど、梨央が慌てて僕を支えていた。
すぐ目の前に梨央の顔が近づいていた。
「ご、ごめん。ありがと」
あわてて離れるが、ちょうど今の失敗でゲームオーバーになってしまったようだった。
こんなゲームでもいいところを見せられないのはちょっと恥ずかしい。
「あー、終わっちゃった。ん、でも楽しかったね」
笑顔を覗かせて、それから少し暑くなってきたのかぱたぱたと手で顔をあおぐ。
少しだけ汗を流した梨央が、いつもと同じなのだけど、だけど不意に綺麗だと思った。
「ん? あたしの顔に何かついてる?」
「あ、いや別に」
思わずじっと見つめてしまっていたのに気がつかれてしまったようだ。
僕は梨央相手に何を考えていたのだろう。確かにまぁ梨央は可愛いのだけど、もう見慣れた顔のはずで特に意識するようなことはないはずだった。
「汗かいちゃったね。一真はタオルとかもってないでしょ。はい。貸したげる」
でもそれ以上には何も言わずに、僕へとタオルを差し出してきていた。
梨央は最初から運動をするつもりだったのだろうか。そういう出で立ちにも見えなかったけれど、でもスポーツ好きな梨央だから、普段からタオルも持ち歩いているのかもしれない。
ありがたくタオルを借りて少しだけ顔の汗を拭き取る。
なんだか良いにおいがするなと思う。なんだかそんなことですら、急に梨央の中の女の子の部分を感じたような気がして、思わず意識せずにはいられなかった。
なんだろう。今までそんなこと気にしたこともなかったのに。相手は梨央だぞ。幼なじみで、ずっと一緒にいた友達で。
もちろん梨央が女子であることは知っていたし、客観的にみればかなり可愛い方だというのは僕だってわかっている。でもずっと幼なじみとして一緒に過ごしてきただけに、梨央は梨央であって、僕にとっては女子であると意識しないでいい相手でもあった。
未来のことを引きずっていた僕にとって、他の女子はなんとなく近づいてはいけない相手のような気がしていた。どうしてそう思っていたのかはわからない。そうするのは未来に悪いと思っていたのかもしれない。
でも唯一それを気にしないでいいのが梨央だった。僕にとって梨央は、幼なじみとして別枠だったのだと思う。
でもいま急に梨央のことを女子として意識しだしていた。
梨央がデートだなんていったからだろうか。それとももしかしてみらいが現れたからだろうか。みらいという存在が、僕の中でどこか遠いものであった異性を急激に近づけてしまったのかもしれない。
そういえば梨央は誰でもいいからつきあうなら、私でも良かったんじゃないなんてことを言っていたのを思い出す。
あれはたぶん揺れていた僕にあきれてしまっていたからこその発言なのだと思っていた。でももしそうでないのだとしたら、どんな意味が含まれていたのだろうか。
僕はもしかしたら選んではいけない選択肢を選んでしまっていたのかもしれない。
何かが僕の中で変わり始めている。僕の中で止まっていた時計が急激に動き出しているのを感じていた。
「お手柔らかにお願いします」
正直バドミントンもさほどやったことはない。まぁでも羽根を打つだけなら簡単だろう。真剣に勝負する訳でもないし。
「いくよー」
梨央は羽根を高くあげると、バックハンドでサーブを打ち込んできていた。するどい羽根が僕のコートへと向かってくる。
僕は一歩も動くことは出来ずにそれを見送る。あっという間にサーブが決まっていた。
何あの速さ。いや、梨央。本気すぎるんですけど。
「もー、ちゃんととってよね」
「いやいやいや。君さ、僕がそんなに運動得意じゃないの知ってるよね。あんなのとれないって」
「えー。そうかなぁ。そんなに本気だしてないけどなぁ」
梨央はぶつぶついいながらも、こんどは軽く打ち上げるようにサーブを入れてくる。
これなら何とか僕にもとれるかな。落ち着いて、上がってきた羽根を軽く打ち返す。
「お、いいねいいねっ。んじゃ、こっちも」
もう明らかに手加減しているのはわかったけれど、それでも何度かリレーが続くようになった。
とはいえ結局は梨央からは一度も得点をとることが出来ずに、僕は完全に敗北を喫していた。いや最初から勝つ気はなかったのだけど、一点もとれないってどうよ。
普通ならこういうのは男の方がリードするもんじゃないかとも思うのだけど、もう運動下手なのはいまさらどうしようもない。まぁこうなったら、梨央に何とかついていく方向で考えよう。
それになんだかんだで体を動かすのもけっこう楽しい。ちょっとばかり息が上がりがちではあるけど。
「よーし。じゃあ次はさ。バッティングしようよ」
梨央はどんどん僕を引っ張っていく。次はバッティングゾーンのようだ。
それにしても運動神経いいな。梨央は。
バットを手にして、けっこうな速度のボールを簡単に打ち付けていく。
それとそのたびにひらひらスカートが揺れていたのが、目の毒ではある。いやキュロットスカートだということはわかっているんだけどね。だけどね。目の前で生足がちらちら揺れたら、どうしても視線に入るというものでしょうが。
梨央は自分が女の子だということがわかってるのかな。全く。僕は男なんだぞ。少しくらいは意識しないんだろうか。うん、まぁしないんだろうな。梨央だし。実際僕だってデートと言われてなければ意識していなかったかもしれない。
しっかりとバッティングに集中している梨央は、投げられた球を再び打ち上げる。その打球はぐんぐんとのびていって、ホームランサインの的を打ち抜いていた。
「みたみた? ホームラン! あたしすごくない?」
梨央は楽しそうに僕の方へとピースサインを向けてくる。
確かにすごい。梨央は昔からスポーツ得意だもんな。
「こんどは一真の番だよ」
「……ソフトボールでお願いします」
正直野球のボールでも低速なら打てるとは思うものの、梨央と比べたら間違いなく劣るのはわかっている。もうそれなら変に張り合わずに、最初から自分のレベルに合わせておくのが賢明というものだ。
さすがにソフトボールなら僕でもある程度は打てる。もしかしたらホームランだって打てるかもしれない。そうしたら多少は面目も立つって物だ。
いや。打ちやすいソフトボールで打ってもというのは重々承知だけど、それでもまぁほら、いちおう形がね。あるよね。
そう思いつつ狙っていたのだけど、何球かはかなり飛ばせたとは思うけど、ホームランは打てなかった。あと狙いすぎて少しばかり空振りもしましたよ。はい。
ああ、もう。梨央にはかなわないなぁ。男としてはちょっと情けないぞ。僕は。
でも梨央はそんな僕の様子をみても特に気にした様子はなく、ボールを打てば喜んでくれたし、僕と一緒にスポーツをするのを素直に楽しんでいるようだった。
いつもこんな感じだから、一緒にいても楽しいよなとは思う。幼なじみって、そういうものだよな。お互いをわかりあっていて、気にせずに楽しめるというか。気兼ねなく楽しめていたと思う。
僕のバッティングが終わると、梨央がスマホを差し出してきていた。ここの施設のウェブサイトのようだ。
「次は一真がやりたいの選んでいいよ」
「うーん。じゃあ、これ」
僕が選んだのは画面上で迫ってくる壁の穴と同じポーズをとって逃げるとかいうアトラクションだった。これならスポーツが苦手な僕でも、少しはいいところを見せられるんじゃないだろうか。
「あ、これあたしもやってみたかったんだ。二人で一緒に出来るみたいだし」
「うん。やってみよう」
僕たちはスクリーンの前に立って、アトラクションを開始する。
巨大なスクリーンに映し出されたのは宇宙船の中にいる様子だ。でもそこから急激に壁が迫ってくる。
そこに描かれた穴と同じポーズをとるのだけど、意外とこれが難しい。
変なポーズだったり、座ったり寝転んだり。もうすぐさま動かなければいけなくて、次から次にやってくるものだから、ぜんぜん間に合わない時もある。
でもそれは梨央も同じようで、うまくいったりいかなかったりを楽しんでいるようだった。
「なにこれー。あははは」
「あ、梨央、はみ出してるって」
「だって早いんだもん。これ。あははは」
「って僕もついてけてない」
「あはは。一真もぜんぜんちがうじゃんっ」
「いや、これなかなかむずいよ」
しゃべりながらも、次から次に迫ってくる壁に対して変なポーズをとり続ける。
けっこうハードだぞ。これ。
「こんどはこっちか」
体を傾かせようとして、ずるっと足が滑る。
「うわっ」
「危ないっ」
少しだけバランスを崩して、たたらを踏む。
とはいえ倒れるというほどでもなかったのだけど、梨央が慌てて僕を支えていた。
すぐ目の前に梨央の顔が近づいていた。
「ご、ごめん。ありがと」
あわてて離れるが、ちょうど今の失敗でゲームオーバーになってしまったようだった。
こんなゲームでもいいところを見せられないのはちょっと恥ずかしい。
「あー、終わっちゃった。ん、でも楽しかったね」
笑顔を覗かせて、それから少し暑くなってきたのかぱたぱたと手で顔をあおぐ。
少しだけ汗を流した梨央が、いつもと同じなのだけど、だけど不意に綺麗だと思った。
「ん? あたしの顔に何かついてる?」
「あ、いや別に」
思わずじっと見つめてしまっていたのに気がつかれてしまったようだ。
僕は梨央相手に何を考えていたのだろう。確かにまぁ梨央は可愛いのだけど、もう見慣れた顔のはずで特に意識するようなことはないはずだった。
「汗かいちゃったね。一真はタオルとかもってないでしょ。はい。貸したげる」
でもそれ以上には何も言わずに、僕へとタオルを差し出してきていた。
梨央は最初から運動をするつもりだったのだろうか。そういう出で立ちにも見えなかったけれど、でもスポーツ好きな梨央だから、普段からタオルも持ち歩いているのかもしれない。
ありがたくタオルを借りて少しだけ顔の汗を拭き取る。
なんだか良いにおいがするなと思う。なんだかそんなことですら、急に梨央の中の女の子の部分を感じたような気がして、思わず意識せずにはいられなかった。
なんだろう。今までそんなこと気にしたこともなかったのに。相手は梨央だぞ。幼なじみで、ずっと一緒にいた友達で。
もちろん梨央が女子であることは知っていたし、客観的にみればかなり可愛い方だというのは僕だってわかっている。でもずっと幼なじみとして一緒に過ごしてきただけに、梨央は梨央であって、僕にとっては女子であると意識しないでいい相手でもあった。
未来のことを引きずっていた僕にとって、他の女子はなんとなく近づいてはいけない相手のような気がしていた。どうしてそう思っていたのかはわからない。そうするのは未来に悪いと思っていたのかもしれない。
でも唯一それを気にしないでいいのが梨央だった。僕にとって梨央は、幼なじみとして別枠だったのだと思う。
でもいま急に梨央のことを女子として意識しだしていた。
梨央がデートだなんていったからだろうか。それとももしかしてみらいが現れたからだろうか。みらいという存在が、僕の中でどこか遠いものであった異性を急激に近づけてしまったのかもしれない。
そういえば梨央は誰でもいいからつきあうなら、私でも良かったんじゃないなんてことを言っていたのを思い出す。
あれはたぶん揺れていた僕にあきれてしまっていたからこその発言なのだと思っていた。でももしそうでないのだとしたら、どんな意味が含まれていたのだろうか。
僕はもしかしたら選んではいけない選択肢を選んでしまっていたのかもしれない。
何かが僕の中で変わり始めている。僕の中で止まっていた時計が急激に動き出しているのを感じていた。