翌日、僕は街中をふらふらと歩いていた。
 偶然みらいに会えないかなとは考えていたものの、特に何か目的がある訳ではない。ただ何となく散歩しているだけだ。

 みらいの写真が消えていたのは、僕が何か誤操作して消してしまったのだろう。和歌に見せるためという訳ではないけれど、もういちど写真を撮れたらなとは思う。

 でもみらいと出会うことも特になかった。
 もしかしたらまた山の方にいるのかもしれない。そちらに行ってみるべきだろうか。

「あれ、一真(かずま)。こんなところで何してるの?」

 不意にかけられた声に振り返ると、そこにはいつの間にか梨央(りお)がすぐ隣に立っていた。
 活動的に見えるキュロットスカートに、上はブルゾン。いつもの制服姿とは少し違う出で立ちに、ちょっとだけ新鮮な気持ちになる。

 とはいえ梨央と休日に会うことはそれほど珍しい訳でもない。梨央らしい格好だなと思う。

「特に何かしている訳ではないけど」
「そうなんだ。あ、そういえば、昨日デートしたんじゃなかったっけ? どうだった?」
「ん。まぁ、楽しかったよ」

 実際かなり楽しかったとは思う。美術館自体は正直よくわからなかったけれど、みらいと話しているのは楽しかったし、絵画のことも少しはわかったような気もする。

 今まで知らなかった新しいものが見えて、自分の世界が広がったような気もした。

「それは良かった。じゃあさ、その子とつきあっちゃたりするの?」
「いや、そういう訳ではないけど」
「あれ、違うの?」

 梨央は少しの間、何か考えていたようだった。
 言われてみて思うけれど、特にみらいとつきあうということは考えたことはなかった。もちろんみらいといるとどきどきしたし、楽しい気持ちにはなった。でも彼氏彼女になりたいとは考えはしなかった。

 みらいはどこか遠い存在のような気もしていて、まるで夢の中にいたような気すらして現実感はない。

 僕は確かに未来(みらい)に恋をしていたと思う。あれは僕の初恋だった。
 そして僕はずっとその気持ちを引きずってきたのだから、みらいとそういう関係になりたいと考えても不思議はないはずだった。
 でもみらいと恋人同士になりたいとは考えたことがなかった。

 みらいが別の世界からきたと話したこともあるのかもしれない。何か恋愛感情とは違う気持ちを覚えているような気もする。
 まだどこか不思議なものを観ているような気持ちで、映画か何かの世界にいるかのようにようにも思えた。一緒にいたいとは思う。だから僕は間違いなくみらいのことが好きなはずなのだ。

 でも梨央にこうしてたずねられるまで、はっきりとその先を意識したことはなかった。

 みらいのことが気になっているのは確かだ。でもそれは失ってしまった未来の面影を感じているからで、みらいという個人を見ているのかはわからない。
 もちろん彼女の言うことを信じるなら、みらいと未来は同一人物だ。だけど彼女は僕の知らない時間を過ごしてきた未来であって、僕が知っている未来と同じではない。いやでもみらいは未来だから、やっぱり同じ人物で。でも僕が知っている未来とは違っていて。

 考えていると頭の中が混乱してきていた。

 何にしても僕はみらいを気にしているのは、やっぱり彼女と失ってしまった未来を重ねているからだ。それは本当にみらいを見ていると言えるのかはわからなかった。
 だからみらいとつきあうなんてことは考えてもいなかったし、揺れる気持ちを覚えはするけれど、それが恋愛感情なのかどうかはわからない。そういうことなのだろうか。

 同じ考えがぐるぐると頭の中を回っていた。
 僕はどうすればいいのかもわからない。
 そんな僕の考えをよそに梨央は考えがまとまったのか、再び僕の方へと視線を向けてくる。

「じゃ、今日ひま?」
「いや、まぁ予定はないから暇っちゃ暇だけど」
「うん。じゃあ、決まり。今日は一日あたしにつきあって」

 梨央は僕の手をとると、僕の答えも待たずに歩き始めていた。

「ちょ、まぁ、いいけど。どこにいくのさ」
「いいじゃない。どこでも。ぱーっと遊びたい気分なのだぜ」

 おかしな口調で告げると、梨央はぐいぐいと僕を引っ張っていく。
 ただつながった手のぬくもりに、僕の心臓が鼓動を早めていく。

 あ、あれ。なんで梨央相手に、急にどきどきしているんだ。

 昨日みらいと手をつないだ時と同じように、心臓が激しく動いていることに気がつく。
 古い幼なじみの友達だというのに、なんだかいつもと違うような気がする。

「昨日デートしたんでしょ? だったらあたしともデートしてもいいじゃない」
「デートって梨央とか?」
「なんだよー。あたしとじゃ不満か?」
「いや、そういうんじゃないけど。いまさらだろ」

 まるで揺れていた気持ちを隠すようにして、吐き捨てるように告げる。
 実際梨央と二人で出かけたことなんて、今までも何度となくあった。だから特別なことのように言い出した梨央に不思議に感じていたと思う。

「むぅ。一真は相変わらずだな。いまさらでもいいじゃん。いつもは遊びにいっていたけど、今日はあたしとデートなのだぜ」

 またおかしな口調に戻ると、梨央は僕の手をぐいぐいと引っ張っていく。

「わかったわかったよ。デートでも何でもいくから。離してくれ」

 梨央の手を振り払うと、大きく息を吐き出す。
 そうだ。梨央とはいつもこんな感じだった。梨央が強引に僕を引っ張って連れて行く。

 どこか今日の梨央はいつもと違うような気がしていたけれど、やっぱり僕と梨央の関係はいつもと変わらない。ずっとつながっていた幼なじみのままだ。

 梨央と一緒に過ごすことで、またみらいとのことも考えがまとまるかもしれない。自分が本当はどう感じているのかを確かめられるような気がしていた。

 だから梨央とデートしてもいいかもしれない。梨央なら幼なじみだし、余計な感情を挟まずに済む。

「んじゃ決まりね! じゃ、とりあえずデートっていったらあそこだよね」

 言いながら梨央が向かったのは、総合アミューズメント施設のラウンドツーだった。

「ここならいろいろあるし、一日遊べるでしょ。好きなんだよね。あたし」
「まぁ。うん。いいけど」

 楽しそうに告げる梨央とはよそに、僕は少しだけ腰が引けていた。

 別に運動が苦手という訳ではないけど、決して得意な方ではない。それでも何回かは来たことがあった。その時は(みなと)も一緒だったけれど、梨央とも一緒に回った記憶がある。だからまぁ何とかなるかなとは思うものの、どちらかというとスポーツが得意な梨央に差をつけられそうだなとも思わなくはない。

「ここきたの、前に湊や梨央と一緒にきて以来だよ。梨央はよく来るの?」
「友達とかとはたまにね。じゃあ私が案内してあげるね。じゃ、いこっ」

 梨央はどんどん僕をひっぱっていく。