デート。デートか。
正直僕は今まで女の子とデートをしたことはない。小さい頃に梨央とどこかに出かけたことならあるけど、それをデートと言っていいのかは微妙だと思う。
当日の朝になって僕はかなり混乱していた。
どんな格好をするべきだろうか。どれくらい前にいくべきだろうか。
約束の時間は十時だから、まだかなりある。待ち合わせ場所までは十分もあればつくだろうから、時間通りなら九時四十五分に出ればいい。
でも少し早めにいくべきだろうか。あまり早く行きすぎても、変かもしれない。いや今日いく場所の下見をしておくべきだろうか。
そもそもこれはデートと言っていいのだろうか。
考えてみれば、遊びに行こうと言われただけで、デートをしようと誘われた訳ではない。
もしかしたら向こうはそんな気はぜんぜんないかもしれない。
それどころかそのまま連れて行かれて怪しい壺を買わされたり、マルチ販売に誘われたりする可能性だってない訳じゃない。
いやいや、さすがにそれはない。ないよね。
僕はもうとりとめのないことばかり考えていて、頭の中が混乱していたと思う。
みらいが本当に未来かどうかはわからない。でも僕はほとんどもう信じていたし、もしも違ったとしても、それはそれで未来はもういないことをかみしめて、前に向いていけるきっかけになるかもしれない。
それにみらいは可愛い。可愛い女の子と一緒に出かけられるなんて、それだけで普通なら十分に楽しくて良いことだと思う。
僕は今まで未来以外の女の子のことを考えたことが無かった。未来はもうこの世にいない。だから誰かとデートをしたりするだなんて考えたこともなかった。そういうことを考えられるようになっただけでも、前に向かっているのかもしれない。
でもみらいが本当に平行世界から来た未来なのだとしたら、結局は未来に縛られたまま何も変わっていないのだろうか。
平行世界からやってきたといっていたみらいは、このあとどうしていくのだろうか。もといた世界に戻ってしまうのだろうか。そもそもみらいは何のためにどうやってこの世界にやってきたのだろうか。
わからないことばかりで、完全に信じるにはあまりにも突拍子もなくて、それでも確かに未来の面影を残すみらいに僕は何かを期待しているのだと思う。
「おにいちゃん、朝から何そわそわしてるの?」
かけられた声に振り返ると、妹の和歌が僕の部屋を覗いていた。いつの間にか開いていたドアのむこうがわに、和歌の長い三つ編みが揺れている。
「お前、ノックくらいしろよな」
「ノックしたよ。お兄ちゃんが返事しなかったんじゃない」
あきれた顔で告げる和歌に、僕は思わず大きく目を開く。
ぜんぜん気がつかなかった。それだけ集中していたということだろうか。
「服そんなにひっぱりだしちゃって。まさかとは思うけど、デートに着ていく服を迷っていたりするわけ?」
「悪いかよ」
和歌の軽口に僕は顔を背ける。そんなにわかりやすかっただろうか。
わかりやすかったんだろうな。たぶん態度にばっちり出ていたのだろう。まぁ普段ほとんど服なんて気にしない僕が、こんな風にベッドの上に服を並べていたら、和歌でなくともまるわかりというものだろう。
「ふーん。図星か。梨央さんといくの?」
「いや、違うけど」
僕の顔をまじまじとのぞき込むようにする和歌に、思わずまた視線をそらす。和歌とは特に仲が悪い訳ではないし、むしろ兄妹仲は良い方だとは思うけれど、こういうところは見られたくないと思う。
「え、違うの? なんで? え、じゃあ誰といくの? そもそもお兄ちゃんに梨央さん以外の女友達なんていたんだ」
あからさまに驚いた顔を見せる和歌に、こんどは眉を寄せる。
言いたい放題いいやがって。悪いかよ。まぁ、実際に梨央以外の女友達なんていないけどさ。小中学時代の友達も全くいない訳じゃないけど、さほど仲が良いとはいえない。そして高校に入ってからは、特に仲良い異性なんていない。
そう考えると異性だというのに梨央はずっと一緒にいてくれて、ありがたい存在だとは思う。
「うるないなー。誰でもいいだろ」
「まぁ、そりゃお兄ちゃんの勝手だけど。梨央さんに悪いとか思わないの?」
「梨央に悪い? なんで?」
聞き返した声に、和歌はあからさまにため息を漏らす。
「そんなんだから、その年になっても彼女の一人も出来ないんだよ。お兄ちゃん」
「うるさい。そういうお前は彼氏がいるのかよ」
「いるけど」
「……いるのか」
「うん。いる」
「……まぢか」
軽口で訊いたのが間違いだった。
そりゃまあ和歌はたぶん可愛い方だとは思う。彼氏の一人や二人くらいいても不思議ではないけれど、なんかショックだ。妹に先を越されるだなんて。
「うそついて何の意味があるの」
応える和歌に呆然として何も言い返せなかった。和歌はそんな僕にあきれた様子で再びため息をもらしていた。
「まぁ、いいや。それでどこいくの?」
「いや、決まってはないけど、駅前で待ち合わせなんだ」
「ふうん。それなら普通に街中を歩く訳ね。それならこの服がいいと思うよ。下はそっちのボトムね。いつものリュックは持って行かないこと。こっちの鞄にしなさい」
和歌のアドバイスで服がコーディネートされていく。
あれこれ勝手に決めていく文句の一つも言いたかったけれど、貴重な女子の意見だ。大人しく聴いておいた方がいいだろう。
「うん。まぁ、お兄ちゃんならこんなものかな」
決められた服に僕はうなずく。
和歌の言う通りにしたら、確かになんだか小綺麗になったような気がする。
「ありがとな、和歌」
「どういたしまして。ま、何にしても上手くいくといいね。がんばってね」
にこやかに応える和歌に、僕は手を振って応える。
デートなんてどうしたらいいのかわからなかったけど、和歌のおかげで一つは問題が解決したような気がする。
あとはみらいと一緒にどこにいくのか決めるだけだ。
どこに行くべきだろうか。もしかしたら未来には行きたい場所があるだろうか。
何も決められないまま、やがて時間が近づいてくる。
ふわふわした気持ちを何とか抑えながら、僕は待ち合わせ場所に向かっていた。
正直僕は今まで女の子とデートをしたことはない。小さい頃に梨央とどこかに出かけたことならあるけど、それをデートと言っていいのかは微妙だと思う。
当日の朝になって僕はかなり混乱していた。
どんな格好をするべきだろうか。どれくらい前にいくべきだろうか。
約束の時間は十時だから、まだかなりある。待ち合わせ場所までは十分もあればつくだろうから、時間通りなら九時四十五分に出ればいい。
でも少し早めにいくべきだろうか。あまり早く行きすぎても、変かもしれない。いや今日いく場所の下見をしておくべきだろうか。
そもそもこれはデートと言っていいのだろうか。
考えてみれば、遊びに行こうと言われただけで、デートをしようと誘われた訳ではない。
もしかしたら向こうはそんな気はぜんぜんないかもしれない。
それどころかそのまま連れて行かれて怪しい壺を買わされたり、マルチ販売に誘われたりする可能性だってない訳じゃない。
いやいや、さすがにそれはない。ないよね。
僕はもうとりとめのないことばかり考えていて、頭の中が混乱していたと思う。
みらいが本当に未来かどうかはわからない。でも僕はほとんどもう信じていたし、もしも違ったとしても、それはそれで未来はもういないことをかみしめて、前に向いていけるきっかけになるかもしれない。
それにみらいは可愛い。可愛い女の子と一緒に出かけられるなんて、それだけで普通なら十分に楽しくて良いことだと思う。
僕は今まで未来以外の女の子のことを考えたことが無かった。未来はもうこの世にいない。だから誰かとデートをしたりするだなんて考えたこともなかった。そういうことを考えられるようになっただけでも、前に向かっているのかもしれない。
でもみらいが本当に平行世界から来た未来なのだとしたら、結局は未来に縛られたまま何も変わっていないのだろうか。
平行世界からやってきたといっていたみらいは、このあとどうしていくのだろうか。もといた世界に戻ってしまうのだろうか。そもそもみらいは何のためにどうやってこの世界にやってきたのだろうか。
わからないことばかりで、完全に信じるにはあまりにも突拍子もなくて、それでも確かに未来の面影を残すみらいに僕は何かを期待しているのだと思う。
「おにいちゃん、朝から何そわそわしてるの?」
かけられた声に振り返ると、妹の和歌が僕の部屋を覗いていた。いつの間にか開いていたドアのむこうがわに、和歌の長い三つ編みが揺れている。
「お前、ノックくらいしろよな」
「ノックしたよ。お兄ちゃんが返事しなかったんじゃない」
あきれた顔で告げる和歌に、僕は思わず大きく目を開く。
ぜんぜん気がつかなかった。それだけ集中していたということだろうか。
「服そんなにひっぱりだしちゃって。まさかとは思うけど、デートに着ていく服を迷っていたりするわけ?」
「悪いかよ」
和歌の軽口に僕は顔を背ける。そんなにわかりやすかっただろうか。
わかりやすかったんだろうな。たぶん態度にばっちり出ていたのだろう。まぁ普段ほとんど服なんて気にしない僕が、こんな風にベッドの上に服を並べていたら、和歌でなくともまるわかりというものだろう。
「ふーん。図星か。梨央さんといくの?」
「いや、違うけど」
僕の顔をまじまじとのぞき込むようにする和歌に、思わずまた視線をそらす。和歌とは特に仲が悪い訳ではないし、むしろ兄妹仲は良い方だとは思うけれど、こういうところは見られたくないと思う。
「え、違うの? なんで? え、じゃあ誰といくの? そもそもお兄ちゃんに梨央さん以外の女友達なんていたんだ」
あからさまに驚いた顔を見せる和歌に、こんどは眉を寄せる。
言いたい放題いいやがって。悪いかよ。まぁ、実際に梨央以外の女友達なんていないけどさ。小中学時代の友達も全くいない訳じゃないけど、さほど仲が良いとはいえない。そして高校に入ってからは、特に仲良い異性なんていない。
そう考えると異性だというのに梨央はずっと一緒にいてくれて、ありがたい存在だとは思う。
「うるないなー。誰でもいいだろ」
「まぁ、そりゃお兄ちゃんの勝手だけど。梨央さんに悪いとか思わないの?」
「梨央に悪い? なんで?」
聞き返した声に、和歌はあからさまにため息を漏らす。
「そんなんだから、その年になっても彼女の一人も出来ないんだよ。お兄ちゃん」
「うるさい。そういうお前は彼氏がいるのかよ」
「いるけど」
「……いるのか」
「うん。いる」
「……まぢか」
軽口で訊いたのが間違いだった。
そりゃまあ和歌はたぶん可愛い方だとは思う。彼氏の一人や二人くらいいても不思議ではないけれど、なんかショックだ。妹に先を越されるだなんて。
「うそついて何の意味があるの」
応える和歌に呆然として何も言い返せなかった。和歌はそんな僕にあきれた様子で再びため息をもらしていた。
「まぁ、いいや。それでどこいくの?」
「いや、決まってはないけど、駅前で待ち合わせなんだ」
「ふうん。それなら普通に街中を歩く訳ね。それならこの服がいいと思うよ。下はそっちのボトムね。いつものリュックは持って行かないこと。こっちの鞄にしなさい」
和歌のアドバイスで服がコーディネートされていく。
あれこれ勝手に決めていく文句の一つも言いたかったけれど、貴重な女子の意見だ。大人しく聴いておいた方がいいだろう。
「うん。まぁ、お兄ちゃんならこんなものかな」
決められた服に僕はうなずく。
和歌の言う通りにしたら、確かになんだか小綺麗になったような気がする。
「ありがとな、和歌」
「どういたしまして。ま、何にしても上手くいくといいね。がんばってね」
にこやかに応える和歌に、僕は手を振って応える。
デートなんてどうしたらいいのかわからなかったけど、和歌のおかげで一つは問題が解決したような気がする。
あとはみらいと一緒にどこにいくのか決めるだけだ。
どこに行くべきだろうか。もしかしたら未来には行きたい場所があるだろうか。
何も決められないまま、やがて時間が近づいてくる。
ふわふわした気持ちを何とか抑えながら、僕は待ち合わせ場所に向かっていた。