秋色の風が僕の心のように冷たさを増していく。
真っ赤に染まる紅葉が敷き詰められた絨毯のように、眼前に散り積もっていた。
この季節になるといつも思い出す。遠くに行ってしまったあの子のこと。そして伝えられなかった言葉を。
別れを迎えたあとに気がついた。それが初恋の終わりであったことに。
「この辺がいいかな」
適当な風景に向けてカメラを合わせる。
カメラは高校に上がってから始めた新しい趣味だ。正直まだほとんどろくな写真は撮れないでいる。
僕の初恋はもう終わってしまった恋だ。この後も絶対に始まることはない。
だからこうして彼女と見たはずの風景を一つずつ写真に残していた。知っている人が見たら女々しい奴だとか言われそうだけれど、それが今の僕に出来る唯一の軌跡だった。
ファインダーをのぞき込んで、それからピントを合わせる。まだ一眼レフの扱いに慣れていないから、一つ一つの動作に時間がかかる。
ある程度の構図を決めると、いちどカメラから視線を外して深呼吸を一つ。
それからもういちどファインダーをのぞき込んでシャッターを押す。
「あれ?」
僕が撮ろうとした写真は風景だ。だけどいまのぞき込んだその先には、確かに人の姿が映っていた。
カーキ色のベレー帽。そこから肩まで伸びた少しカールした髪。大きな瞳の上に茶色のフレームのメガネ。柔らかそうな雰囲気の少女が立っていた。
ベレー帽と同系色のハーフコートが、この季節らしい出で立ちだとは思う。
年の頃は十五、六歳といったところだろうか。僕と同じかもしかしたら少し年下くらいかもしれない。
可愛い子だなと思う。
ただそんなことよりも不思議なのは、彼女は両手で大きな本を開いて、そちらに視線を向けたまま歩いている。歩きスマホならぬ歩き読書というところだろうか。
彼女は僕には気がついていないようで、ずんずんとこちらへと迫ってきていた。
「あ、あぶな……」
僕が声を出そうとした時にはもう遅い。
「あ、え!? わぁ」
彼女は一瞬僕の方へと視線を向けたけれど間に合わない。素っ頓狂な声を出しながら、思いきり僕へとぶつかっていた。
幸い僕は倒れずに済んだけれど、彼女はぺたんと尻餅をつく。完全に地面へと座り込んでいた。
「ご、ごめんなさい。こんなところに人がいるなんて思わなくて」
彼女は照れた様子で顔を真っ赤に染めていた。たぶん本に夢中になっていて、僕には気がついていなかったのだろう。
「大丈夫? 立てる?」
いらなかったかもしれないけど、とりあえず手を差し出してみる。
「う、うん。ありがとう」
彼女は素直に僕の手をとる。冷えた空気の中で歩いていたせいか、少し指先がひんやりと感じられた。
彼女は立ち上がり、それから僕の方へと笑顔を向けていた。
ただそれも一瞬のことで、すぐに目を開いて驚きを隠さずにいる。
「あの。違ったらごめんね。もしかして、かずまくん、かな?」
彼女は僕の名前を呼んでいた。高崎一真。それが僕の名前だ。この春から高校に通っている。彼女はどうやら僕のことを知っているようだった。
だけど僕は彼女の顔に見覚えが無い。知り合いだっただろうか。
彼女も自信がないようだから、ずいぶんとひさしぶりに会うのかもしれない。少なくとも学校の同級生ではないはずだ。
「そう、だけど」
「ほんとに!? え、うそ。偶然ってあるものなんだ」
彼女は嬉しそうに僕の手をぎゅっと握る。
ただ僕の方は全く彼女に心当たりがない。
「えっと、ごめん。君は?」
「あ、ごめんね。ひさしぶりだからわからないよね。みらいだよ。志々見未来。覚えてないかな? 小さい頃よく遊んだと思うんだけど」
「え、みらい……ちゃん?」
「うんうん。そうだよ。うわー、ひさしぶり。ずっと会いたかったけど、こんなところで会えるだなんて」
彼女、みらいは僕と出会えたことを本当に嬉しそうにして笑顔を向けていた。
でも僕の心は秋風のように、ただ冷え込んでいくだけだ。
「ほんとに……?」
「もちろんだよ。なんなら一真くんの小さい頃の話とかする? 小学生の時におにごっこした時に木の上に逃げて、ここまでこれないだろーって高笑いしてたら、そのまま落っこちたよね」
「うわぁぁぁ、忘れて。それは忘れてくれ」
小さな頃の忘れたい記憶を言い当てられて、恥ずかしさのあまりに顔が熱くなるのを感じていた。
でもあの場にいたのは未来だけだ。だから未来が誰かに話していたというのでもなければ、未来しか知らないはずだった。
「本当に、本当に未来なの?」
信じられない気持ちで僕はもういちど問いかける。
「もちろん、みらいだよ。もういちど一真くんに会えて嬉しい」
みらいは優しい笑顔で僕へと語りかけてきていた。
もしこれが本当に未来と会えたのなら、僕も嬉しい。
ずっと会いたかった初恋の女の子。まだあの時はそれが恋だとは気がつかなかった。
大好きで、大好きな幼なじみの女の子。
あの時に言えなかった言葉は、今も胸の中にある。伝えたくて、溢れそうになる想いはまだ僕の中から消えてはいない。
でも目の前にいる女の子が未来なはずはないんだ。
だって、未来は。
あの日、事故で亡くなったはずだから。
真っ赤に染まる紅葉が敷き詰められた絨毯のように、眼前に散り積もっていた。
この季節になるといつも思い出す。遠くに行ってしまったあの子のこと。そして伝えられなかった言葉を。
別れを迎えたあとに気がついた。それが初恋の終わりであったことに。
「この辺がいいかな」
適当な風景に向けてカメラを合わせる。
カメラは高校に上がってから始めた新しい趣味だ。正直まだほとんどろくな写真は撮れないでいる。
僕の初恋はもう終わってしまった恋だ。この後も絶対に始まることはない。
だからこうして彼女と見たはずの風景を一つずつ写真に残していた。知っている人が見たら女々しい奴だとか言われそうだけれど、それが今の僕に出来る唯一の軌跡だった。
ファインダーをのぞき込んで、それからピントを合わせる。まだ一眼レフの扱いに慣れていないから、一つ一つの動作に時間がかかる。
ある程度の構図を決めると、いちどカメラから視線を外して深呼吸を一つ。
それからもういちどファインダーをのぞき込んでシャッターを押す。
「あれ?」
僕が撮ろうとした写真は風景だ。だけどいまのぞき込んだその先には、確かに人の姿が映っていた。
カーキ色のベレー帽。そこから肩まで伸びた少しカールした髪。大きな瞳の上に茶色のフレームのメガネ。柔らかそうな雰囲気の少女が立っていた。
ベレー帽と同系色のハーフコートが、この季節らしい出で立ちだとは思う。
年の頃は十五、六歳といったところだろうか。僕と同じかもしかしたら少し年下くらいかもしれない。
可愛い子だなと思う。
ただそんなことよりも不思議なのは、彼女は両手で大きな本を開いて、そちらに視線を向けたまま歩いている。歩きスマホならぬ歩き読書というところだろうか。
彼女は僕には気がついていないようで、ずんずんとこちらへと迫ってきていた。
「あ、あぶな……」
僕が声を出そうとした時にはもう遅い。
「あ、え!? わぁ」
彼女は一瞬僕の方へと視線を向けたけれど間に合わない。素っ頓狂な声を出しながら、思いきり僕へとぶつかっていた。
幸い僕は倒れずに済んだけれど、彼女はぺたんと尻餅をつく。完全に地面へと座り込んでいた。
「ご、ごめんなさい。こんなところに人がいるなんて思わなくて」
彼女は照れた様子で顔を真っ赤に染めていた。たぶん本に夢中になっていて、僕には気がついていなかったのだろう。
「大丈夫? 立てる?」
いらなかったかもしれないけど、とりあえず手を差し出してみる。
「う、うん。ありがとう」
彼女は素直に僕の手をとる。冷えた空気の中で歩いていたせいか、少し指先がひんやりと感じられた。
彼女は立ち上がり、それから僕の方へと笑顔を向けていた。
ただそれも一瞬のことで、すぐに目を開いて驚きを隠さずにいる。
「あの。違ったらごめんね。もしかして、かずまくん、かな?」
彼女は僕の名前を呼んでいた。高崎一真。それが僕の名前だ。この春から高校に通っている。彼女はどうやら僕のことを知っているようだった。
だけど僕は彼女の顔に見覚えが無い。知り合いだっただろうか。
彼女も自信がないようだから、ずいぶんとひさしぶりに会うのかもしれない。少なくとも学校の同級生ではないはずだ。
「そう、だけど」
「ほんとに!? え、うそ。偶然ってあるものなんだ」
彼女は嬉しそうに僕の手をぎゅっと握る。
ただ僕の方は全く彼女に心当たりがない。
「えっと、ごめん。君は?」
「あ、ごめんね。ひさしぶりだからわからないよね。みらいだよ。志々見未来。覚えてないかな? 小さい頃よく遊んだと思うんだけど」
「え、みらい……ちゃん?」
「うんうん。そうだよ。うわー、ひさしぶり。ずっと会いたかったけど、こんなところで会えるだなんて」
彼女、みらいは僕と出会えたことを本当に嬉しそうにして笑顔を向けていた。
でも僕の心は秋風のように、ただ冷え込んでいくだけだ。
「ほんとに……?」
「もちろんだよ。なんなら一真くんの小さい頃の話とかする? 小学生の時におにごっこした時に木の上に逃げて、ここまでこれないだろーって高笑いしてたら、そのまま落っこちたよね」
「うわぁぁぁ、忘れて。それは忘れてくれ」
小さな頃の忘れたい記憶を言い当てられて、恥ずかしさのあまりに顔が熱くなるのを感じていた。
でもあの場にいたのは未来だけだ。だから未来が誰かに話していたというのでもなければ、未来しか知らないはずだった。
「本当に、本当に未来なの?」
信じられない気持ちで僕はもういちど問いかける。
「もちろん、みらいだよ。もういちど一真くんに会えて嬉しい」
みらいは優しい笑顔で僕へと語りかけてきていた。
もしこれが本当に未来と会えたのなら、僕も嬉しい。
ずっと会いたかった初恋の女の子。まだあの時はそれが恋だとは気がつかなかった。
大好きで、大好きな幼なじみの女の子。
あの時に言えなかった言葉は、今も胸の中にある。伝えたくて、溢れそうになる想いはまだ僕の中から消えてはいない。
でも目の前にいる女の子が未来なはずはないんだ。
だって、未来は。
あの日、事故で亡くなったはずだから。