「もっとお若く見えたわ。高校生みたいね。シックな服がお好みのようだけど、たまにはこんな風に着飾ってみるのも面白いでしょ」
 はい、と私は小さく返事をするとストールを取って彼女に渡した。
「このストールいただきます。あと、イヤリングも。ストールはギフト用に包んでくれますか?」
「あら、自分用じゃなかったのね。こちらのイヤリングもラッピングしましょうか? 自分への贈り物として」
 お願いしますと言うと、彼女はちょっとおまちくださいね、と微笑みながら奥へ歩いていった。
 彼女はストールを箱に入れて、ストライプ柄の茶色い包み紙で包みはじめる。
 私はもう一度店内をゆっくり見てまわることにした。隅に置かれたアンティーク調の椅子に、小さなクリスマスツリーが飾られている。椅子の背の部分には傘が三本ひっかけてあった。
 傘を手に取って眺めていると、奥から彼女が声をかけてきた。
「その傘、素敵でしょう。昨日入荷したばかりなのよ」
 彼女はしゅっしゅっと手際よく赤いリボンを結んでいく。
 真琴へのクリスマスプレゼントにいいかもしれない。以前、雨の日に会った時、彼女はぼろぼろの傘をさしていた。
 鮮やかなブルーに小さな黄色のドット柄が散りばめられている。
「それ、熟練の職人が作ったの。頑丈だけど軽くて長持ちするわよ。ハンドル部分も凝ってるの」
 ハンドル部分の先端の丸いところに兎が彫ってあった。傘を畳んでとめるネームの先には小さなリボンがついている。
「友達の傘が壊れてたのを思い出して」
 私がそう言うと、彼女は歯を見せて笑った。
「お買い物中に思い出してもらえたなんて、幸せなお友達ね」
 傘もラッピングしてもらい、私はその店をあとにした。
 振り返って、お店の名前を確認しなおす。(ラ・ピッコロ)。あの女性は店主なのだろうか。話が上手だから、買う予定になかったものまで買ってしまった。
 散財してしまったのに、なぜか心は軽い。
 財布の紐がゆるんだついでに、前から気になっていたカフェに寄ることにした。
 二階の窓際のテーブルで、レモンケーキを食べながら通りを見下ろす。 
 行き交う人々の服装も顔つきも、私が見慣れた街のものとはまったく違う。
 また明日から節約しないと、と自分に言い聞かせながら、かぐわしい紅茶の香りをたっぷり吸い込んだ。



 二十四日の金曜日、ひかるちゃんが店に来た。
 会うのは映画館で会って以来だった。
「今日、終業式だったんです」
 ピザ生地に具を置いていると、ひかるちゃんと真衣さんの会話が聞こえてきた。
「うちの子たちもそうよ。冬休み楽しんでね」
 ちらっと見ると、ひかるちゃんの後ろに二人並んでいる。会計をすました彼女は厨房を覗き込んで私を手招きした。
「メリークリスマス」
 彼女は私の手に封筒を押し込むようにして素早く店から出ていった。
 その日、仕事を終えてスタッフルームで封筒の中身を見てみると、サンタとトナカイが描かれたクリスマスカードが入っていた。脇に小さくメッセージが書かれている。

(メリークリスマス! よかったら一緒に行きましょ~!)

封筒には、千葉の某温泉施設の入場チケットが二枚入っていた。
 その場でひかるちゃんにメッセージを送った。

(クリスマスカードありがとう。温泉のお誘いもありがとう。私は三十日から五日まで休みだよ。都合のいい日を教えてね。賛歌)

 そのあと、何度かやりとりをして、三十日に行くことに決まった。
 今夜は真琴と食事の約束をしている。
 五時頃には家を出た。待ち合わせの巣鴨は一度も行ったことがないので、少しぶらついてみたい。
 巣鴨というと、高齢の方が多く訪れるイメージがある。有名なとげぬき地蔵にも行ってみたい。
 山手線を巣鴨駅で降りると、まず人の多さに驚いた。想像していたよりも賑わっている。
 とげぬき地蔵がある商店街に入っていくと、いろんなお店があって目を奪われた。テレビでよく見かけた赤い下着を売っているお店もある。
 おいしそうな塩大福を横目に、とげぬき地蔵がある高岩寺に入っていった。商店街の中にお寺さんがあるというのは、ちょっと不思議な感じがする。
 寺の中を進んでいくと、小さめの仏像の前に人が並んでいるのが目にとまった。人々は布のようなものでその仏像を拭いている。
 近づいていって調べてみると、それは洗い観音と呼ばれている聖観世音菩薩だった。すらりとした美しい菩薩様だ。自分の体の悪いところと同じ場所を洗うと治ると言われているらしい。
 誘われるように私も列の最後尾に並び、自分の番を待った。そばに白い布が何枚も置かれていて、それを水に浸して菩薩様を洗う。
 私は特にいま体に悪いところはない。でも、頭を洗わせていただくことにした。予知を見なくなりますように、と無理なお願いしながら。
 塩大福のお土産を買ってから、目についた喫茶店に入った。あんみつを食べながら時間を潰す。
 やがて約束の時間が近づいてきたので駅に向かうと、真琴から電話がかかってきた。
『いまどこ?』
「塩大福のお店があるとこ」
 待っていると、黒のチェスターコートを着た真琴がやって来た。にっと黒フレームの奥の目を細めて笑い、軽く私の肩に触れる。
「お待たせ。早く着いてたの?」
 彼女に促されて、商店街の奥に向かって歩き出す。
「うん。巣鴨、はじめてだからちょっと見てまわろうと思って。とげぬき地蔵に行ってきたよ」
「洗い観音、洗った?」
「うん。真琴も洗ったことある?」
「何度もね。けっこう私、巣鴨来てるから」
「そうなんだ。仕事で?」
「それもあるし、普通にご飯食べに」
「それってこれから行くお店?」
「そう。居酒屋なんだけど、大丈夫?」
 クリスマスイブに居酒屋とは、さすが真琴だ。
「大丈夫だよ。そっか。真琴はお酒好きだもんね」
「うん。そこね、日本酒がおいしいの。お刺身とか握りもおいしいから、賛歌に食べさせたくて」
「お寿司、大好き」
「でしょ」
 商店街を途中で右に折れて、細道をいくつか曲がった先に、ぽつんと赤ちょうちんが見えた。
 のれん越しに店内の明かりが外まで漏れている。店の名は(しらい)。中に入ると、思ったよりも奥行きがあって広かった。イブだというのに店は客で混みあっている。
 腰エプロンに手拭いを頭に巻いた若い男性が、お盆を持って近づいてきた。
「いらっしゃい。奥、取ってありますから」
 真琴は軽く頭を下げて、奥の一段上がった座敷に私を促した。一番左のテーブルに予約という札が置かれている。
 座敷に上がりコートを脱いだ。鮮やかなグリーンのニットを着た真琴は、ショートボブの前髪をかきあげながらメニューを私に差し出す。
「食べたいの注文して」
 私はちらっと見てから真琴に返した。
「わからないから真琴が選んでよ」
 彼女は頷くと手を上げた。
「飲み物はどうする?」
「真琴は日本酒?」
「そうだね」
「じゃ、同じので」
 さっきの手拭いの店員さんが来ると、まず予約の札を下げた。二十代後半ぐらいの笑顔が爽やかな男性だ。
「お友達ですか?」
 店員さんに訊ねられた真琴は、ええと短く答えると、メニューを見ながら注文をした。