「犯人像はどうでしょう? 覆面が誰なのかは、まだ決めてないそうなんです。自宅襲撃のシーンがまず浮かんだので、そこからストーリーを作っていきたいらしくて」
「へえ、そうなんですね。まあ普通、容疑者は被害者とトラブルになった人物になるんじゃないでしょうか」
 私はスマホで典十さんの言葉をメモする。
「友達はライター業の設定なんですよね。仕事柄、いろんな人と会うでしょうから、相手と揉めることもあるかもしれない」
 真琴はあまり仕事の話はしないが、誰かと大きなトラブルになったと聞いたことはない。なにより、彼女は対人関係においてとても慎重なので、相手を怒らせるようなことはなるべく回避する傾向がある。
 仕事でどんなに嫌な人間に会っても、それを態度に表すことはないだろう。その場は涼しい顔でやり過ごして、二度と一緒に仕事をしないタイプだ。
 そんな真琴が仕事関係で恨みをかうだろうか?
 私はメモを続けようとして、すぐに手を止めた。
「録音してもいいですか?」
「かまいませんけど」
 私はスマホのボイスレコーダー機能を作動させた。彼は頷いて口を開く。
「あとは金銭目的の強盗。あるいは、身近な人物による怨恨の犯行。家族、恋人、ストーカーとのトラブル」
 真琴は私と同じ一人っ子だ。両親は普通の会社員で、親子仲は悪くないと聞いている。
 恋人はいない。仲のいい異性の友人もいない。
 ストーカーの存在は聞いたことがない。真琴は他人に対して素気ないし愛想もない。顔立ちはいいけれど、一目惚れで執着されるほどの美女ではない。
 それでも、私の知らない誰かとトラブルになっていないとは言い切れない。
 こればっかりは真琴に直接聞くしかないだろう。
 私はボイスレコーダーを止めて小さく頷いた。
「ありがとうございました。あとは友人に決めてもらいます」
「お話としては、もっと意外な犯人像のほうがよさそうですよね。でもすぐには浮かばなくて」
 言い訳のように典十さんが言うので、私は慌てて手を振った。
「いえいえ、リアルな犯人像にしたいそうなので大丈夫です」
「そうですか。でも、なんで桃の節句が出てくるんですか?」
「それは……わかりません」
「桃の節句に関係がある犯人なんでしょうか? 誰かとお祝いしてる設定とか?」
「あぁ……」
 言われてみれば、そういう可能性もある。
 確かテーブルにグラスなどはなかった。グラスが複数あれば、他に誰かいた証拠になる。
 でも、他人を家に入れない真琴が、誰かと自宅でひな祭りをお祝いするだろうか?
 もしかして、私と?
「友人に訊いてみます」
 予知した現場に私もいる可能性を考えて、ヒヤッとした。
 あそこに居合わせることができても、私も一緒にゴルフクラブの餌食になるだけじゃないだろうか? 怪力の大男であるわけでもないし、なんとか通報できたところで、結局二人とも大怪我を負うか殺されてしまうかもしれない。
 それでは意味がない。真琴と自分自身を守れるような方法を考えておかなくてはいけない。
「お友達の脚本のこと、すごく真剣に考えてるんですね」
 私はあまりにも深刻な表情をしていたのだろう。典十さんは不思議そうに私を見ていた。
「友人はこの脚本に賭けているんで」
「学生時代からのお友達なんですか?」
「高校の時の友達です。いまはライター業をしてて」
「じゃあ、いま書いてる脚本に出てくる(友人)と同じ職業だ。リアリティのある作品になりそうですね」
「ええ。あの、また相談してもいいですか?」
「僕でよければいつでも」
「じゃあ連絡先、交換してもらっても……」
「はい、交換しましょう」
 典十さんと連絡先を交換して、私は頬がゆるんだ。
 メッセージアプリの彼のアイコンがてんとう虫だったから。


5 不穏な手紙 

 翌六日の金曜日、夜に真琴からメッセージが届いた。

(手紙、読んだよ。明日の夜、家に行ってもいい?)

 彼女は襲撃の予知を知ってしまった。
 待ってるね、と私は返信した。
 真琴が私の家に来るのはとても珍しいことだ。
 彼女は自分の家に誰もいれないし、他人の家にもほとんど行かない。
 一人暮らしをはじめて長いけれど、彼女がここに来たのは、私が体調を崩した時だけだ。そのときは差し入れを持って来てくれた。
 人に聞かれたくない内容の話なので、仕方なく私の家を選んだのだろう。
 その夜は何度か目が覚めて、すっきりしないまま朝を迎えた。
 次の日の土曜日は真衣さんは休みの日だった。
 昨日は泣くほど参っていたようだけど、満君と話はできたのだろうか。
 帰り際、沢井さんがやって来て、また店内で大声で喋っていた。
 元旦にお寿司にあたって食中毒になったらしい。同情はしたものの、他のお客さんもいるのに嘔吐した話を事細かに描写し始めたので、さすがの鉄郎さんも困った顔をしていた。今年も沢井さんはいろいろしでかしそうで不安になる。
 仕事を終えるとスーパーに寄って、カレーの材料を買った。真琴は夕飯をすましてから来るかもしれないが、一応夕飯を用意しておいたほうがいい。カレーなら残っても翌日食べることができる。お酒やおつまみ、甘いものなんかも買っておいた。
 マンションで郵便受けを見ると、チラシやダイレクトメールに交じって手紙が一通入っていた。差出人は江崎玉乃だった。
 切手が貼ってなかったので、本人が直接ここに来たのがわかる。不快な気持ちを抑えながら自分の家に入り、すぐさま鍵とチェーンをかけると手紙を開封した。
 封筒も便箋も白で、やけにきれいな文字で三枚にわたって書かれていた。
 手紙は言い訳から始まっていた。あんな再会にするつもりはなかったが、あなたがあまりに喧嘩腰なので驚いた。もう一週間もたったので、あなたも少しは冷静になれていることだろう。本当は会って話をしたいのだけど、またあなたが興奮するといけないので、こうして手紙を書くことにした。そういう恨みがましい言葉をだらだらと二枚ほど続けたあと、三枚目の便箋に写真が一枚挟まっていた。

(同封した写真をしっかりと見てください。
彼らは私の大事な仲間です。
最近賛歌さんは予知を見ましたか? 
そのなかに、この写真に写っている人は出てきませんでしたか? 
もし出てきたのなら、どういう予知であったかを、細かく教えてください。
会って話を聞きたいのですが、お嫌ならば電話やメールでもいいし、手紙でもいいです。連絡先は下に書いておきますね。
ご連絡がないようなら、またお宅までお伺いします。では近いうちにまた。

江崎玉乃)

 私は顔をしかめながらも同封された写真をじっと見た。
 広大な畑をバックに、六人の男女が肩を組んで写っている。若者もいれば白髪の老人もいる。両脇の男女がそれぞれじゃがいもを握っているのを見て、あっと声が出た。
 慌てて郵便受けに一緒に入っていたチラシを確認する。鳥肌が立った。

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 このチラシは去年の秋頃から、定期的に郵便受けに入っていたチラシと同じものだ。
 チラシと手紙に同封されていた写真は同じものだった。