「今日みんなに集まってもらったのは、ほかでもない。もうすぐ豊騎(あつき)の誕生日だからです」
 俺は自室のベッドの上に立ち上がり、我が家へ呼びつけた(ひなた)(いずみ)くんを見下ろした。陽はくっちゃくっちゃと俺の母親から差し入れられたお菓子をひたすらに食っている。ひとりで食い尽くす勢いだ。その隣に座っている泉くんは、怪訝そうな目で俺を見上げている。
「泉くんは去年いなかったから知らないと思うし、説明するね。実は去年の豊騎の誕生日当日、豊騎をうちに呼んで俺らと久美子でサプライズパーティーしたんだよ。あいつを泣かせてやろ―と思って。飾り付けもして、ケーキも用意したの。でも豊騎のやつ、何て言ったと思う? 『あざっす』のひとことだけだよ!」
 俺は去年の悔しさを思い出して憤慨した。泉くんは「そら伊佐敷は感動して泣くようなタイプやないやろ」と言う。そんな泉くんの言葉を聞いて、更に俺は怒りを爆発させた。
「だからこそ泣かせたいんだよ! 豊騎が感動して泣きじゃくる顔、見たいじゃん!? 見たくない? おい、陽はいい加減菓子食うのやめろ! 人の話聞いてんのか」
「えー聞いてる聞いてる。あっくんの誕生日でしょ。はいはい」
「適当!」
 やる気のない陽の返事に出鼻をくじかれた俺は、しなしなとベッドの上で崩れ落ちる。豊騎、お前の日頃の行いのせいだぞ。俺しかお前の誕生日を本気で祝おうとはしていないみたいだ。あ、久美子と志信(しのぶ)さんは違うけど。あの2人は無条件で協力してくれるはずだ。豊騎のことが大好きだから。
「とりあえずケーキ買って、食いもんは久美子に用意してもらおうと思うんだけど。何がいいかな、定番のチキンとかハンバーグでいいか?」
(そう)ちゃんが食べたいだけじゃーん。それにあっくん和食しか食べないでしょ、基本」 
「俺だってたまには洋食が食べたいんだよおおお」
 豊騎の誕生日にかこつけて好物の洋食を食らおうとしていた俺の計画は、陽の指摘によって早くもバレてしまった。無念。
「だって毎日毎日おじいちゃんのご飯、みたいな和食を出されてみろよ。お前だってすぐ()をあげるぞ、絶対!」
「あっくんを感動させたいって主旨はどこ行ったのさ……」
 陽が呆れたように呟く。その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。久美子だ。
「想ちゃん、お菓子足りてる? もっと食べるかなと思って持って来たわよ」
「あ、お母さんありがとうございまっす! 俺もらいます」
 元気よく手を上げてニコニコしている陽に、泉くんが「まだ食うんかい」とドン引きしている。
「あーそうだ、今度また豊騎の誕生日会やるからさ、うち使ってもいい? また料理を久美子にお願いしたいんだけど」
「そうなんですよー。今、料理を和食にするか洋食にするかで想ちゃんが文句言ってて」
「あら、そうなの。困ったわね~。豊騎くんは和食好きだからいつも通り和食にすればいいのに」
「……でもー、普通パーティーって言えば洋食じゃん」
 洋食への未練。というか誕生日パーティーにまで茶色い和物しか出てこない食卓とか、男子高校生らしさの欠片もないだろ。久美子に作ってもらってる分際であんまり文句は言えないけど。俺は母親を前にして、もごもごと不満を口にした。久美子はそんな俺を見ると、腰に両手を当ててぷうっと頬を膨らませる。おい、40代がぶりっこ仕草しないでくれ。
「もう、想ちゃんには別に洋食も作ってあげるから。好き嫌いしちゃダメよ。将来、豊騎くんと結婚するってなった時のために和食も好きになっときなさい!」
 ぶりっこ口調で俺を叱った後、久美子はとんでもない発言をした。案の定、久美子の発した「豊騎くんと結婚する」という言葉に陽が目をキラキラとさせている。揶揄い甲斐のあるおもちゃを見つけた大型犬、みたいな顔だ。
「え、結婚~? なになに、想ちゃんってばあ、あっくんと結婚する約束でもしてんの!?」
 ニタニタと嫌な笑みを浮かべて、陽は俺の脇腹を小突いてくる。「そうだったのか、天辰(あまたつ)」と母親の話を真に受けたらしい泉くんが本気で聞いてきたので、俺はため息を吐いた。
 最近、豊騎の近くにいると妙にドキドキしてしまうから、この話題は心臓に悪い。まさか、家族にバレるくらい俺の気持ちって筒抜けだったりする? いや、そんなことはないと思いたい。なんとか誤魔化そうと、俺は意識して眉間に皺を寄せ、険しい表情を作った。
「んなわけねーだろ!! 久美子もなに嘘教えとんじゃい!」
「えーだって、豊騎くん毎日うちでご飯食べてるし、想ちゃんと仲良しだし。もうこれはうちにお婿として来てくれたら私もパパも安心できるんだけどなあ」
「まず大前提として言わせてもらうけど、男同士は結婚出来ないでしょうが!」
 俺は理路整然と事実を述べたつもりだった。だけど、俺の言葉を聞いた久美子は、「ぷぷぷ」と笑いを抑えきれないように片手で口元を押さえた。
「やあだ想ちゃん、そんなの10年後はどうなってるかわかんないでしょー? 同性婚出来る国も増えてきてるんだから、日本でだってそのうち出来るようになるわよ」
「あーもう話が通じない!! もういい、久美子は退場してください」
 ここに母親を残していたらずっと揶揄われそうなので、ぐいぐいと肩を押して部屋から追い出した。扉をしっかりと閉める。「もっとみんなとお喋りしたいのにい、ケチ!」と扉の向こうから声が聞こえてきたけど、知らんぷりをする。
「……てか、同性婚もバリバリ許容してくれる両親でよかったじゃーん」と陽が言う。口元は笑っているのに、瞳はどこか冷たい。さっきまでの久美子との会話に何か思うことでもあるのか。陽のやつどうした、という意味を込めて泉くんに視線を投げると、泉くんは言いづらそうに「ひなのとこはだいぶ保守的やもんな」と言った。
 保守的な家に育ったのにチャラ男に成長するとは。陽なりの反抗なのか、それは。会ったこともない陽の両親の顔を想像してみるけど、上手くいかない。
「まーね。想ちゃんの家族とはだいぶ違うかも」
 そう言って苦笑する陽。泉くんが陽を昔から好きなことを知っている手前、陽自身が同性婚についてどう思うのか、聞かなければいけない気がした。恐る恐る、「陽はどう思ってんの? 同性婚」と尋ねてみる。
「え、俺? まあ想ちゃんちみたいな家族がいて、誰も反対してこなくて、誰も泣かないで済むんだったら、すればいいと思う」
「誰も泣かないで済む、ねえ」
 前から感じていたけど、どうも陽の価値観というのは、自分よりも周りが傷つくか、傷つかないかで物事を判断しているようだ。泉くんの恋路を応援したい俺としては、チャンスさえあれば2人を引き合わせたい。でも、意外にも難攻不落っぽい陽と泉くんがどうすればくっつくのか、見当もつかない。
 視線だけで「ごめん」と泉くんに謝る。また泉くんが泣く日が来たら、全力で慰めよう。それくらいしか、俺は役に立てそうにないから。
「とりあえず話を誕生日会に戻すけど。料理は久美子に任せて、ケーキの受け取りは俺が行く。陽と泉くんは各々でプレゼント用意しておいて。んで、家の中の飾り付けのために当日は待ち合わせして――」
 豊騎の誕生日パーティーの段取りを確認する。スマホに入れているメモ帳アプリを起動させ、豊騎の誕生日にやることリストを書き留めておく。ケーキの注文、料理の準備。それから各自で豊騎へのプレゼントの用意。俺はイラストを描いて渡すつもりだった。豊騎のやつ、今年こそ感動して泣いてくれるかな。

 ***

 そしてやってきた10月27日。豊騎の誕生日。
 豊騎を呼ぶ前に俺の家へ集まった俺、陽、泉くんの手によってバルーンが飾られたリビング。「17」の文字がテーブルの上をふよふよと漂っている。
「よっ、さそり座の男ぉ!」
 陽の掛け声で豊騎がリビングへやってきた。一応サプライズパーティーなので誕生日を祝うとは言っていなかったが、去年もやったので豊騎は察していたようだった。入って来るなり、「あ、今年もあざっす」と久美子にお辞儀をしている。おい、今年もあざっすのひとことで終わらせるんじゃないだろうな。
 去年と同様に用意しておいたケーキに蝋燭を灯し、みんなで「ハッピーバースデー」の歌を歌いながら豊騎に火を吹き消してもらう。ケーキをみんなで食べた後は、久美子お手製の手料理に舌鼓を打った。今年はちゃんと俺用に洋食(ハンバーグやポテトもある!)も用意されていた。
 我が家のリビングにみんなの笑い声が響き渡った。志信さんも来られればよかったのに、と少し残念になる。仕事が終わらなくて、今日は来られないらしい。また後日、豊騎が志信さんの家に出向くそうだ。
 そして、豊騎の涙腺をどうしても崩壊させたい俺は、「豊騎、俺たちからプレゼントもあるぞお!」と季節外れのサンタクロースみたいに床に積まれたギフトボックスを抱えて、豊騎に見せつけた。ここからがメインイベントだ。
「はい、これは俺から。誕生日おめでとうな」
 そう言って、自作のイラストを豊騎に手渡す。いつかの同人誌のリベンジだ。今回は漫画ではなく、1枚絵。力を入れてフルカラーで描いた、豊騎、俺たちいつメンの似顔絵。おまけに久美子と志信さんも小さく描いておいた。豊騎は嬉しそうに微笑んで「おー、上手いじゃん。これは俺? あ、こっちのやつはお前だろ。可愛いじゃんか」とはしゃいだ。
「か、可愛いって、おま……」
「あれれえ~想ちゃん照れてんの? 照れちゃってる感じ?」
 豊騎の言葉に照れなかったと言ったらそりゃ嘘だ。でも陽が小突いてくるのはウザかったので「うるせえ!」と怒鳴る。泉くんは豊騎を見てにっこり笑って、「よかったな、伊佐敷」とまるでお父さんのように言った。
「私からはこれね。ちょっとお高めのシャーペン。来年受験だし、たくさん使ってね」
 久美子はそう言って小さな包みを豊騎に手渡した。受験のひとことに顔を思わず顰める。「うわ、嫌なこと思い出させんなよー久美子」と文句を言ったが、母親はそんな俺をスルーして「ああ、あとこっちは志信さんから」と言って、今度は写真立てを豊騎に渡している。      
 俺たちがなんだなんだとその写真立てを覗き込むと、それは豊騎らしき小さい男の子と、その子を抱えて微笑む女性の写真だった。女性のほうはたぶん、若い頃の志信さんだろう。
「え、それどうしたの」
 不思議に思って久美子に聞いてみると、「志信さんに渡してくれって頼まれたのよ」となんでもないように返された。初耳なんですけど。
「え、え、志信さんと知り合いだったんだ!?」
「そりゃあそうよ。いつも食費を届けてくださって。いい人よねえ」
「……豊騎の分の食費、志信さんが出してたのか」
 どうりで豊騎の好物ばかり食卓に並ぶわけだ。うちはそんなに裕福でもないのによく豊騎のためにたくさんの料理――朝食、夕食はもちろん、作り置きの夜食なんかも毎日渡している――を用意出来るな、と思っていた。志信さん、酒乱なことを除けば本当に完璧な人だよな。
「俺っちからはこれ~。食べてねッ」
「でか!」
 陽が特に大きいギフトボックスを豊騎に渡すと、豊騎の顔がプレゼントの包みに隠れて見えなくなる。こんなに大きいなんて中身はなんなんだ。豊騎が緊張した面持ちで包み紙を剥がす光景を、俺たちは静かに見守る。ボックスの中身は巨大なチョコレート菓子だった。どでかい包みの中に、小さいチョコレートがたくさん詰まっている。陽は「俺にもちょっとちょうだいね」なんて言って、豊騎よりも先にチョコレートを開けて食べだしている。自由か。
 これで、次に豊騎にプレゼントを渡すのは残すところ泉くんだけとなった。豊騎に喜んでもらえるか不安なのか、はたまた照れくさいのか、いつになくもじもじと所在なさげにしている泉くん。
「……伊佐敷、おめでとう。これからもよろしくな」
 泉くんは小さな声で言うと、色紙と何かのディスクを豊騎に差し出した。豊騎は泉くんからそれを受け取ると、何故か目を見開いて震え出す。
「こ、これは……! 泉、お前……!」
 感極まったように言葉をなくした豊騎。どうした、と様子を伺うと、なんと泣いていた。泣くほど喜んでいる。あの、豊騎が。
 いったい泉くんは何をあげたんだ、とプレゼントの中身を確認する。それは、豊騎の好きなお笑い芸人のサインと、公演のブルーレイディスクだった。腑に落ちたような、それでも納得出来ないような。俺が今回目的として掲げていた「豊騎を感動して泣かせること」は達成出来たけど、まさか泉くんに先を越されるなんて。
「……な、なんか、すまんな。天辰」
「謝らないで……余計に惨めになるから……」
 悔しさを押し殺して震える俺を、泉くんがおろおろとフォローするという、あまり見られない光景が見られた、奇妙な1日だった。