豊騎がアルバイトを始めたらしい。正確に言えば、今までやっていたコンビニでの夜勤アルバイトを辞めて、カフェでアルバイトすることにしたらしい、という話だけど。近頃の豊騎は何かに追われるようにアルバイトに明け暮れていて、体調を崩したり、居眠りするせいで教師から説教をされ続けていた。あいつもようやく「このままじゃヤバイ」と気づいたようだ。そして、そんな時にちょうど駅前の商業施設に入っている有名チェーン店のカフェでアルバイト募集が出たのだ。この地域の中では、かなりの高時給。迷いなく豊騎は応募して、すんなり受かったという。
豊騎からアルバイトについての話を聞いた俺の母親は、「家計に困っているならうちに来ればいいのに」と言っていたけど、それはそれで別の問題が浮上するよな。久美子は俺と豊騎が結婚すればいいと今でもうそぶいているし、同居なんてしたら久美子が余計に張り切りそう。あ、もしかしたら豊騎の狙いはそれなのか? 俺と事実婚状態になれば、久美子と結ばれなくても久美子のそばにいられるから。なんか、そんな状況を示す言葉があったような。
「なんだっけ、あれ。Aを手に入れるためにBを初めに手に入れろ! みたいなことわざ」
喉のここまで出かかってるんだけど。放課後の教室で俺が泉くんにそう尋ねると、すぐに「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』か?」と泉くんは答えを教えてくれた。さすが、成績優秀者。
「そう、それ!」
答えがわかってすっきりした。俺たちの会話を横で聞いていた陽が、「よく出来まちたね〜」と言って泉くんの頭を撫でる。満更でもなさそうな泉くん。
将(久美子)を射んと欲すれば先ず馬(俺)を射よ。まさに豊騎が考えそうなことではあるけど、そうだとしたら嫌だ、と思ってしまうのは俺のわがままなのかもしれない。でも、俺の勝手だろ。豊騎がイケメンで、男同士なのに俺をドキドキさせるのが悪い。
豊騎の裸を見てからこの身に起きている決定的なエラーは、治らないままだ。悪化している気さえする。今もそうだ。豊騎は俺と同じ制服の白シャツ、ブレザーを着ているのに、何故か自然と豊騎の顔と身体の線を視線で辿ってしまう。
「……何。さっきからジロジロ見てっけど」
豊騎を看病した日、この腕に抱かれて寝てたんだよな……なんて思いながら豊騎の二の腕を凝視していたら、豊騎が不審者を見上げるみたいな目で見返してきた。慌てて豊騎が手にしていたプリントを指差す。
「や、そ、その呪文みたいなメニュー名! 全部覚えんの」
豊騎が新しくバイトするカフェのメニュー表だ。問われた豊騎は「そうだけど」と短く言う。
「うへえー、めっちゃ多いな。ま、頑張れ」
「こんなの、タバコの種類コンプよか楽勝よ」
さすがコンビニバイト経験者。理不尽なクレームや面倒な客にも対応してきただけある。面構えが違う。
「今日でバイト3日目だっけ? 後で冷やかしに行くからねん」
「おー、ホイップクリーム増し増しにしてやんよ」
陽と豊騎は商品のカスタマイズについて話している。抹茶味のドリンクには何が合うのか、とか。エスプレッソショット追加したら苦いのかな、と素朴な疑問を陽がぶつけていた。というか、新人バイトの分際で勝手にカスタム増量とかしてたらすぐにクビになるのでは。そう思ったけど、黙っておいた。夜勤バイトを続けて身体を壊すより、日中カフェで働いたほうが豊騎の負担が少ないと思ったから。
だけど豊騎のカフェでのアルバイトには、俺たちが思うよりも壮絶な展開が待っていた。
***
「あっ、来たよ!」
「伊佐敷くーん!」
「こっち見て!!」
豊騎の新しいアルバイト先である駅前のカフェでは、今まで見たことのないくらい人だかりが出来ていた。その全てが女の子だ。大半はスマホのカメラを店内にいる豊騎へ向けている。
「え、何これ」
俺と泉くんが唖然として固まっていると、一緒に来た陽がさっと動き出した。
「ね、ね、みんな何してんの~?」
陽は近くにいた女子高校生のひとりに声をかける。その子はうざったそうに陽を見返して、「ここにマジエグいイケメンバイトがいるって動画がバズってたから、見に来てんの。てか忙しいんで話しかけないでもらっていい? 邪魔」と早口で言い切った。こんな風に女子から冷たくあしらわれた経験のない陽は、ちょっと涙目になっている。
「う……なんだよお、そんなに豊騎のほうがいいのかよお」
すっかり自信を失ってしまった陽は、泉くんの肩に隠れて泣き始めた。泉くんは動揺しているせいか、眼鏡の縁を意味もなくカチャカチャと直し続けている。
それにしても、いつのまに豊騎は有名人になってしまったんだ。カフェの外から店内を覗き込むと、なんと満席だった。おまけに外にまで待機列が出来ている。応援しに来たので注文もせず帰るわけにいかない俺たちは、渋々ながら列の最後尾へと並んだ。
行列は長く、すぐには店内に入れそうにない。手持無沙汰でスマホを取り出す。そういえばさっき陽が話しかけた女の子が「動画がバズってた」と言ってたよな。そのことを思い出して、動画アプリを起動させた。【カフェ店員 伊佐敷豊騎】で検索する。あ、ヒットした。
「20万回再生……!?」
驚き過ぎて、ついその場で大声を上げてしまった。「チッ、うるせえな」と周りの女子から舌打ちをされたけど、しょうがないだろと言い返したくもなる。だって、20万回って。豊騎は芸能人でもインフルエンサーでもないんだぞ。
「あ、あのあの、豊騎ってもしかして世間一般的に見ても超イケメンなやつだったのか?」
「今頃気づいたのー想ちゃん」
呆れたように言う陽。嘘だろ。確かにイケメンだとは日々思っていたけど、ここまでとは思っていなかった。豊騎のやつ、なおさら人妻にうつつを抜かしてる場合じゃないだろ。
そろそろ目の前の現実を受け入れざるを得ない。俺の親友はイケメン店員として有名になってしまったらしい。
こちらの困惑をよそに、絶賛アルバイト中の豊騎は、押し寄せる客を前にしてもうろたえることもなく、淡々とカウンター越しに注文を取っている。
女子に囲まれキャーキャー言われてる豊騎を見て、俺たちは面白くなかった。特に陽なんか、歯をギリギリ言わせて「あっくんの塩対応っぷりを知ればこんなブーム、すぐに過ぎ去るよ……そうに決まってる……」と呟いている。あの後も何回かレジに並んでいる女子にアタックしてみたものの、害虫を見る目で「話しかけんな」と言われたのが相当キているようだ。いつもへらへらと浮かべている笑顔はどこへやら、行列の終着点にいる豊騎を恨みがましい瞳で睨みつけている。その隣に並んでいる泉くんは、最初は陽を気にしていたものの、今はスマホでカフェのメニュー表を眺めては「キャラメル……でも抹茶も捨てがたいなあ」と声を弾ませていた。ただ甘い飲み物を飲むのが楽しみな人じゃん。陽を好きなら今こそ慰めて株を上げるチャンスなのにな。もったいない。
そうこうしているうちに、カフェの店員さんたち(もちろん豊騎も含め)が猛スピードで客をさばいたのか、待機列が動き出す。やっと店内に入ると、「連絡先交換してください!」「彼女いるんですかあ」「仕事終わり時間ありますか!」などと、豊騎に猛アピールする女子たちの声が耳に飛び込んできた。豊騎はその声に答えはしないものの、にっこりと営業用スマイルを返している。
あ、そういうことか。突然の豊騎フィーバーの謎が解けた。学校などとは違い、アルバイト中の豊騎は話しかけてくる客を無下に扱ったりしない。勤務時間中は、賃金が発生するからだ。つまり、客に対する営業用の豊騎を見て、女子たちは理想のイケメンがいる! と錯覚してしまったわけだ。実際の豊騎はちっとも優しくないし、笑顔を振りまいたりしない。もしも豊騎が学校でやっているように全員に塩対応をしていれば、彼女たちはすぐにこのカフェからいなくなっていたはずだ。
「……でも、あの調子じゃそろそろ限界が近いな」
1年半以上、豊騎の近くであいつの表情を見てきたのでわかってしまう。愛想笑いをしている豊騎の片頬はピクピクと痙攣し始めていたし、どんなに隠そうとしても目の奥には苛立ちが滲んでいた。
「次にお並びのかた、こちらへどうぞー」
豊騎が俺たちを見て言う。やっと列の順番が来た。
「モテモテで羨ましいですなあ、あっくんよお……あ、チョコレートラテひとつね」
陽が恨み言のついでに注文を入れる。泉くんは「抹茶フラペ、ホイップ増し増しで!」とウキウキしている。
「俺はほうじ茶ラテで。豊騎、なんか大変そうだな」
俺がそう言うと、豊騎はそれまで顔に張り付けていた営業用笑顔を取り去り、真顔になった。
「……ああ、本当にな。俺の動画上げたやつ、開示請求して訴えようかと思ってる」
「お、おお」
割とガチめに困っていたようだ。店としては集客出来ているからいいことなんだろうけど。
その後、順番にお会計を済ませ、俺の番になる。
小銭をトレイに並べていると、突然ひとりの女の子が割り込んできた。何事だとびっくりしていると、その女子は「伊佐敷くん、無視しないでよ。連絡先もらえるまで、私ここから絶対に動かないから!」と豊騎に向かって叫んだ。騒然となる店内。この様子をスマホで撮影し出す客。ああ、カオスだ。
豊騎はこの状況にうんざりしたようにため息を吐いた。そして、ピリピリと尖った声のトーンで言った。
「俺、付き合ってる人がいますから!」
「嘘、じゃあ彼女ここに連れてきてよ」
豊騎にそう言われるであろうことを承知の上だったのか、女の子は即座に言い返す。どうする、豊騎。
俺たちと周りのオーディエンスが息を呑んで見守る中、豊騎は何故か腕を伸ばして俺の手を掴んだ。え、え、何。
「こいつが俺の恋人です」
なんだそれ!? 「キャアー」と違う意味で悲鳴が上がる。悲鳴を上げたいのはこっちだよ。
「ちょっと想ちゃん、水くさいじゃん! 付き合ってたんなら教えてよ」
「いやいやいやいや!? 俺は付きあ――」
俺は付き合ってない。そう言おうとしたのに、豊騎が俺の口を手で思いっきり押さえつけたので、「もがもがもが」という不明瞭な声にしかならなかった。何するんだよ、と豊騎を睨む。が、豊騎は一歩も引かなかった。
「俺たち、付き合ってるよな……?」
そう言う豊騎の瞳は恐ろしいまでに見開かれていて、まるで「否定したらただじゃおかない」とでも言っているようだ。美形の怒り顔って怖い。大して強くもない俺は、恐怖に屈した。
「ハ、ハイ……」
俺、これからどうなっちゃうんだろう。
豊騎からアルバイトについての話を聞いた俺の母親は、「家計に困っているならうちに来ればいいのに」と言っていたけど、それはそれで別の問題が浮上するよな。久美子は俺と豊騎が結婚すればいいと今でもうそぶいているし、同居なんてしたら久美子が余計に張り切りそう。あ、もしかしたら豊騎の狙いはそれなのか? 俺と事実婚状態になれば、久美子と結ばれなくても久美子のそばにいられるから。なんか、そんな状況を示す言葉があったような。
「なんだっけ、あれ。Aを手に入れるためにBを初めに手に入れろ! みたいなことわざ」
喉のここまで出かかってるんだけど。放課後の教室で俺が泉くんにそう尋ねると、すぐに「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』か?」と泉くんは答えを教えてくれた。さすが、成績優秀者。
「そう、それ!」
答えがわかってすっきりした。俺たちの会話を横で聞いていた陽が、「よく出来まちたね〜」と言って泉くんの頭を撫でる。満更でもなさそうな泉くん。
将(久美子)を射んと欲すれば先ず馬(俺)を射よ。まさに豊騎が考えそうなことではあるけど、そうだとしたら嫌だ、と思ってしまうのは俺のわがままなのかもしれない。でも、俺の勝手だろ。豊騎がイケメンで、男同士なのに俺をドキドキさせるのが悪い。
豊騎の裸を見てからこの身に起きている決定的なエラーは、治らないままだ。悪化している気さえする。今もそうだ。豊騎は俺と同じ制服の白シャツ、ブレザーを着ているのに、何故か自然と豊騎の顔と身体の線を視線で辿ってしまう。
「……何。さっきからジロジロ見てっけど」
豊騎を看病した日、この腕に抱かれて寝てたんだよな……なんて思いながら豊騎の二の腕を凝視していたら、豊騎が不審者を見上げるみたいな目で見返してきた。慌てて豊騎が手にしていたプリントを指差す。
「や、そ、その呪文みたいなメニュー名! 全部覚えんの」
豊騎が新しくバイトするカフェのメニュー表だ。問われた豊騎は「そうだけど」と短く言う。
「うへえー、めっちゃ多いな。ま、頑張れ」
「こんなの、タバコの種類コンプよか楽勝よ」
さすがコンビニバイト経験者。理不尽なクレームや面倒な客にも対応してきただけある。面構えが違う。
「今日でバイト3日目だっけ? 後で冷やかしに行くからねん」
「おー、ホイップクリーム増し増しにしてやんよ」
陽と豊騎は商品のカスタマイズについて話している。抹茶味のドリンクには何が合うのか、とか。エスプレッソショット追加したら苦いのかな、と素朴な疑問を陽がぶつけていた。というか、新人バイトの分際で勝手にカスタム増量とかしてたらすぐにクビになるのでは。そう思ったけど、黙っておいた。夜勤バイトを続けて身体を壊すより、日中カフェで働いたほうが豊騎の負担が少ないと思ったから。
だけど豊騎のカフェでのアルバイトには、俺たちが思うよりも壮絶な展開が待っていた。
***
「あっ、来たよ!」
「伊佐敷くーん!」
「こっち見て!!」
豊騎の新しいアルバイト先である駅前のカフェでは、今まで見たことのないくらい人だかりが出来ていた。その全てが女の子だ。大半はスマホのカメラを店内にいる豊騎へ向けている。
「え、何これ」
俺と泉くんが唖然として固まっていると、一緒に来た陽がさっと動き出した。
「ね、ね、みんな何してんの~?」
陽は近くにいた女子高校生のひとりに声をかける。その子はうざったそうに陽を見返して、「ここにマジエグいイケメンバイトがいるって動画がバズってたから、見に来てんの。てか忙しいんで話しかけないでもらっていい? 邪魔」と早口で言い切った。こんな風に女子から冷たくあしらわれた経験のない陽は、ちょっと涙目になっている。
「う……なんだよお、そんなに豊騎のほうがいいのかよお」
すっかり自信を失ってしまった陽は、泉くんの肩に隠れて泣き始めた。泉くんは動揺しているせいか、眼鏡の縁を意味もなくカチャカチャと直し続けている。
それにしても、いつのまに豊騎は有名人になってしまったんだ。カフェの外から店内を覗き込むと、なんと満席だった。おまけに外にまで待機列が出来ている。応援しに来たので注文もせず帰るわけにいかない俺たちは、渋々ながら列の最後尾へと並んだ。
行列は長く、すぐには店内に入れそうにない。手持無沙汰でスマホを取り出す。そういえばさっき陽が話しかけた女の子が「動画がバズってた」と言ってたよな。そのことを思い出して、動画アプリを起動させた。【カフェ店員 伊佐敷豊騎】で検索する。あ、ヒットした。
「20万回再生……!?」
驚き過ぎて、ついその場で大声を上げてしまった。「チッ、うるせえな」と周りの女子から舌打ちをされたけど、しょうがないだろと言い返したくもなる。だって、20万回って。豊騎は芸能人でもインフルエンサーでもないんだぞ。
「あ、あのあの、豊騎ってもしかして世間一般的に見ても超イケメンなやつだったのか?」
「今頃気づいたのー想ちゃん」
呆れたように言う陽。嘘だろ。確かにイケメンだとは日々思っていたけど、ここまでとは思っていなかった。豊騎のやつ、なおさら人妻にうつつを抜かしてる場合じゃないだろ。
そろそろ目の前の現実を受け入れざるを得ない。俺の親友はイケメン店員として有名になってしまったらしい。
こちらの困惑をよそに、絶賛アルバイト中の豊騎は、押し寄せる客を前にしてもうろたえることもなく、淡々とカウンター越しに注文を取っている。
女子に囲まれキャーキャー言われてる豊騎を見て、俺たちは面白くなかった。特に陽なんか、歯をギリギリ言わせて「あっくんの塩対応っぷりを知ればこんなブーム、すぐに過ぎ去るよ……そうに決まってる……」と呟いている。あの後も何回かレジに並んでいる女子にアタックしてみたものの、害虫を見る目で「話しかけんな」と言われたのが相当キているようだ。いつもへらへらと浮かべている笑顔はどこへやら、行列の終着点にいる豊騎を恨みがましい瞳で睨みつけている。その隣に並んでいる泉くんは、最初は陽を気にしていたものの、今はスマホでカフェのメニュー表を眺めては「キャラメル……でも抹茶も捨てがたいなあ」と声を弾ませていた。ただ甘い飲み物を飲むのが楽しみな人じゃん。陽を好きなら今こそ慰めて株を上げるチャンスなのにな。もったいない。
そうこうしているうちに、カフェの店員さんたち(もちろん豊騎も含め)が猛スピードで客をさばいたのか、待機列が動き出す。やっと店内に入ると、「連絡先交換してください!」「彼女いるんですかあ」「仕事終わり時間ありますか!」などと、豊騎に猛アピールする女子たちの声が耳に飛び込んできた。豊騎はその声に答えはしないものの、にっこりと営業用スマイルを返している。
あ、そういうことか。突然の豊騎フィーバーの謎が解けた。学校などとは違い、アルバイト中の豊騎は話しかけてくる客を無下に扱ったりしない。勤務時間中は、賃金が発生するからだ。つまり、客に対する営業用の豊騎を見て、女子たちは理想のイケメンがいる! と錯覚してしまったわけだ。実際の豊騎はちっとも優しくないし、笑顔を振りまいたりしない。もしも豊騎が学校でやっているように全員に塩対応をしていれば、彼女たちはすぐにこのカフェからいなくなっていたはずだ。
「……でも、あの調子じゃそろそろ限界が近いな」
1年半以上、豊騎の近くであいつの表情を見てきたのでわかってしまう。愛想笑いをしている豊騎の片頬はピクピクと痙攣し始めていたし、どんなに隠そうとしても目の奥には苛立ちが滲んでいた。
「次にお並びのかた、こちらへどうぞー」
豊騎が俺たちを見て言う。やっと列の順番が来た。
「モテモテで羨ましいですなあ、あっくんよお……あ、チョコレートラテひとつね」
陽が恨み言のついでに注文を入れる。泉くんは「抹茶フラペ、ホイップ増し増しで!」とウキウキしている。
「俺はほうじ茶ラテで。豊騎、なんか大変そうだな」
俺がそう言うと、豊騎はそれまで顔に張り付けていた営業用笑顔を取り去り、真顔になった。
「……ああ、本当にな。俺の動画上げたやつ、開示請求して訴えようかと思ってる」
「お、おお」
割とガチめに困っていたようだ。店としては集客出来ているからいいことなんだろうけど。
その後、順番にお会計を済ませ、俺の番になる。
小銭をトレイに並べていると、突然ひとりの女の子が割り込んできた。何事だとびっくりしていると、その女子は「伊佐敷くん、無視しないでよ。連絡先もらえるまで、私ここから絶対に動かないから!」と豊騎に向かって叫んだ。騒然となる店内。この様子をスマホで撮影し出す客。ああ、カオスだ。
豊騎はこの状況にうんざりしたようにため息を吐いた。そして、ピリピリと尖った声のトーンで言った。
「俺、付き合ってる人がいますから!」
「嘘、じゃあ彼女ここに連れてきてよ」
豊騎にそう言われるであろうことを承知の上だったのか、女の子は即座に言い返す。どうする、豊騎。
俺たちと周りのオーディエンスが息を呑んで見守る中、豊騎は何故か腕を伸ばして俺の手を掴んだ。え、え、何。
「こいつが俺の恋人です」
なんだそれ!? 「キャアー」と違う意味で悲鳴が上がる。悲鳴を上げたいのはこっちだよ。
「ちょっと想ちゃん、水くさいじゃん! 付き合ってたんなら教えてよ」
「いやいやいやいや!? 俺は付きあ――」
俺は付き合ってない。そう言おうとしたのに、豊騎が俺の口を手で思いっきり押さえつけたので、「もがもがもが」という不明瞭な声にしかならなかった。何するんだよ、と豊騎を睨む。が、豊騎は一歩も引かなかった。
「俺たち、付き合ってるよな……?」
そう言う豊騎の瞳は恐ろしいまでに見開かれていて、まるで「否定したらただじゃおかない」とでも言っているようだ。美形の怒り顔って怖い。大して強くもない俺は、恐怖に屈した。
「ハ、ハイ……」
俺、これからどうなっちゃうんだろう。