僕の彼女は、量子的だ。
 量子的と言っても量子のような振舞いを見せるという訳ではなくて、彼女は粒子でありまた波でもあるという意味ではないし、ましてや彼女の存在位置は確率でしか表すことができないという意味でもない。
 いや、気まぐれな彼女の性格を考えればそういった解釈もあながち間違いではないのだけれど、単に理系女子をこじらせた彼女が、何かにつけ量子論にこじ付けた話題を振ってくる……そういった意味で量子的なのだ。
「この世界は、ループしているわ」
 ほら、今朝も開口一番これである……って、ループ?
「今日はどうしたのさ。ループとか、まるでSFだね」
「違うわ。現実よ。今回で一五五三二回目になるわ」
「いつもなら待ち合わせに遅れて来て、いきなり量子論の話を始めるところでしょ?」
 待て、いま僕は「いつもなら」と言ったか? その言葉はもしかして、《《いつもの七月七日》》ならば……そういう意味で言ったのか!?
「思い当たる節が、在るのかしら……」
 彼女に促され、僕たちは肩を並べて通学路を歩き始めた。
「で、ループしてるってどういうこと?」
「七月七日の朝を延々とやり直し続けてる……ってことになるわ」
「ごめん。よく解んない」
 並んで歩く彼女の表情を、ちらりと盗み見る。綺麗な横顔だと思う。とても僕好みの容姿なのだ。彼女の悪戯っぽい性格も可愛いと感じてしまう。それにおっぱいだって大きくて、歩くたびにたゆんと揺れる。波の性質を持つのは、何も量子ばかりではない……って、僕は朝っぱらから、何を言ってるんだ!? でも仕方ないじゃないか。僕だってエッチなことに興味津々のお年頃なのだ。
「またエッチなこと、考えてるでしょ?」
 図星を指されて、思わず立ち止まる。
「なんで判るの?」
「気づいてないの? 出てるわよ、顔に」
 もしかして、ニヤけた表情でもしてたのだろうか……。
「でも、世界をループさせる程の力があるんだから、エッチな思考も馬鹿にできないわね」
「もしかして、僕のせいでループしてるの?」
 神妙な面持ちで、彼女が頷く。
「七月七日の朝を何度も別世界に分岐させて、何度もやり直してるわ」
「それがもう、一万何千回目かになるの?」
「一五五三二回目よ。この世界の他に、分岐した一五五三一個の世界が在ることになるわ。それぞれの世界は独立してて、重ね合わせの状態にあるの。各世界の私の記憶も独立しているのだけれど、さすがに一万以上の世界が重なり合うとね……突如として、繰り返されていることを理解してしまったわ」
「どうして僕は、何度も七月七日を繰り返しているのだろう……」
 彼女は答えづらそうにしていたけど、やがておもむろに口を開いた。
「きっと私が悪いの。エッチなあなたが喜ぶと思って、量子論の話にかこつけてスカートの中を見せたりするから……」
「え? もしかして、パンツ見せてくれたの!?」
「やだ、そんなの無理! パンツは恥ずかしいから、体操着を穿いて……」
 彼女が真っ赤になった頬を、自らの両手で覆う。
「あー、それでガッカリした僕が、何度もやり直してるってこと!?」
「そ、そうみたい……」
「だから……ね。パンツさえ見れば、満足してループは起きないと思うのね」
「み、見せてくれるの!?」
 恥ずかしそうに顔を伏せ、そしてコクリと彼女が頷いた。

 冷静に考えてみれば、そもそもスカートの中見せるなんて言わなきゃ、僕は体操着に失望することもなく、ループなんて起きないのではないか……なんて、野暮なことは言わない。せっかく彼女が、パンツ見せてくれるって言ってるんだから!
「ほ、本当に見せてくれるんだよね?」
 喉を鳴らして、生唾を飲み込む。
「そ、そんなに見たいの?」
 人通りのない路地に入り、彼女は背中を向けたままスカートの端をつまむ。
 いきなりパンツ見せてくれるとか、どんな女神様だよ。パンツ見れるじゃん。パンツ! パンツ!
「準備はいいかしら?」
 そう言うと彼女は頬を赤く染めながら、つまんだスカートの端を少しづつ上げ始める。
 徐々に太ももが露《あら》わになる。パンツ、何色なんだろう。期待で胸が、はちきれそうだ。理系女子はみんな白を穿くものだと思っているのだけど……大人っぽい彼女のことだ、意外と黒だったりして。
 心臓の鼓動がヤバい。興奮しすぎて、息苦しいほど高鳴っている。あ、おしりが見えそう! あ、もしかしてベージュ? いや待て、これってまさか……。
「どう? 見えた?」
 羞恥に耐えながら、固く目を閉じて彼女が問う。
「み、見えたよ……バッチリ見えた……」
 呆然と、だがしかしおしりを凝視しながら答える。
「ま、満足?」
「満足というか、その……生尻ごちそうさまです」
「な、なま!?」
 慌ててスカートを下ろし、彼女がその場にしゃがみ込む。
 恐る恐るスカートの中を確認した次の瞬間、晴れ渡る朝の空に彼女の悲鳴が響き渡った。

 出掛けに僕に見せるパンツを決めあぐね、あれやこれやと試着しているうちに家を出る時間を過ぎてしまい、慌てて穿かないまま飛び出してしまったのだそうだ。
「そんなに落ち込むなよ」
 慰めの言葉も、彼女には届いていない。
 少しでも気持ちを理解しようと、登校途中にパンツを見せようとしてうっかり生尻を見せてしまった女子高生の気持ちを想像してみたけど、僕にはよく解らなかった。
「そろそろ行こうよ。遅刻するよ?」
 彼女が頷き、ゆっくりと立ち上がる。そして虚ろな視線で僕を見つめて告げる。
「ねぇ、おしり見せてよ」
「や、やだよ!」
「私の見たんだから、見せてくれたって良いでしょ?」
 おしりくらい見られてもどうってことないけど、改めて請われると恥ずかしい。
「じゃ、学校着くまでに僕に追いついたら……」
 そう言って僕は、学校へ向かって駆け出す。その後を追って、彼女も駆け出す。
 付き合い始めたばかりの二人。キスはまだだけど、彼女のおしりの形は知っている。一五五三二回のやり直しを重ねて、ようやく僕たちの時間は前へと進み始めた。

(了)