「お前のこと、誰にもやりたくないからだといったら?」
「碧兄?」

 先に布団の上に起き上がった翠の方に助けを求めるように見上げたら、彼も同じ熱量の目をしていた。只事でない気配を感じて麗紋も腹筋をつかってひょいっととび起き、布団の上に胡坐をかいた。動いたから少し耳たぶがぴりりと痛い。指先で触れようとしたら膝をつき身を乗り出した、翠がその手を掴んだ。普段より熱くて、普段より強い力が籠る。

「翠兄、痛いよ」

 少しだけ力は緩められたが変わらず痛いままで引っ込めようとしてもびくともしない。翠はどちらかといえばいつでも笑顔で自分より周りを優先しがち、余り強引なことをしてくるタイプではない。言うこと成すこと正しい事ばかりだが有無を言わせぬのは碧の方だ。
 翠はまあ止めてと言ったら止めるし、やってといったらやってくれる。だから翠のこの所業に驚きを隠せない。
 いうなれば好きな女子の前で自分が押さえられずに思わず触れてしまったような、そんな塩梅で弟分の自分相手にそれは似つかわしくないだろうと首をひねる。

「れーちゃん、俺たちと対等になりたいって言ったよね?」
「言ったけど。……翠兄、なんかいつもと雰囲気違う」
「れーちゃん聞いて。俺たち……」
「翠」

 こちらもいつもは泰然自若とし騒がない碧が僅かに声を荒げながら弟を制止した。

「一人ずつ言おう。一緒くたにされるのはごめんだ」
「分かった。俺だってお前の前で言うつもりはなかったけど、出し抜かれるのは嫌だ」
「なになに? 何の話? なんかサプライズ?」

 無邪気な麗紋は都合のいい解釈をし、二人がまた何か自分に内緒でサプライズを仕掛けてくれるのではないかと、色白の頬にえくぼを浮かべた。
 彼等はたまに麗紋を驚かせようとあれこれ考えては、丁度麗紋が欲しいと思い描いていたプレゼントや、心躍るお出かけの計画を立ててくれるのだ。

「麗紋、ピアス開けるの痛かった? ごめんな」

 翠はいつになく殊勝な顔つきで貝殻のように小さめの耳の縁にそっと触れてから、労わるように頬にも手を添える。
 三人の中でもっとも人当たりが良く笑顔を絶やさないのが翠だ。そんな彼が他のものには見せない陰の或る表情をすると、麗紋はなんだか胸の辺りがきゅうっとしてしまう。

「大丈夫だよ。やってみたら大したことなかった」

 甘ったれの麗紋は無意識にその手に仔猫のようにすりっと頬を押し付ける。学校にいる時は周囲から一目置かれたいと、やんちゃな自分を装っているが、本来の麗紋はナイーブな部分を持ち合わせた少年だ。
 ずっと見守ってきた麗紋の天衣無縫の振る舞いに、翠はふーっと悩ましく息を吐くと、長年心に秘めていた思いをついに声に出した。

「俺、れーちゃんの事が大好きです」