女子ならきっとここでメロメロのイチコロになりそうなイケボで翠が囁くが、麗紋はきゅっと小さめの唇を噛みしめて潤んだ瞳を向け、またすぐに視線を彷徨わせて伏せる。

「れーちゃん?」

 むしろ翠の方がこの男殺しの流し目にやられてしまって息を飲む。可愛い可愛いと周囲が言って育てたおかげか、麗紋はたまにぐっとくるような仕草や表情を見せるのだ。
 麗紋はさっき二人の卒業後の生活を想像して感傷的な気持ちのまま、まだ頼りない鶴首でこくり頷いて膝の上で身をよじる。そのまま幼い頃のように翠の首に手を回して抱き着いた。

「しおらしい、れーちゃんは貴重だな。可愛い。怖いなら俺にぎゅっと捕まって」
「……別に可愛くないし」
「ツン、かわいい。俺のれーちゃん」
「誰がお前の麗紋だ」

 すかさず碧が牽制する。しかし麗紋が従順に頭を翠の肩口に預けてきたから、翠は喜色零れる笑い声を上げた。バスケで鍛えてもなお細い麗紋の腰に腕を回して「羨ましかろう?」というしたり顔で兄を見る。

「麗紋。そのまま、動くなよ」

 碧は一瞬詰まらなそうに片眉を吊り上げただけで、懸命に麗紋の耳たぶにマジックで付けた印とピアッサーの位置を合わせてる。

「動くな。開けるぞ」
「分かった。早くして」

 翠は涼しい顔のまま、怯える麗紋の背中に手を回してよしよしとやっている。

「ひゃあっ」

 針が再び耳たぶを貫き、青い石のピアスが灯りの下で煌く。
 自分の色を纏った麗紋を見て碧はただ満足げに静かに微笑んだ。

「ひーっ! 痛い!」

 しかし開けた拍子にさらに強く翠にがばっと麗紋が抱き着きなおしたから、流石に高一男子の勢いを殺しきれずに翠はまた笑いながら布団の上にごろごろと転がった。

「れーちゃん。どんだけ怖がるんだよ!」
「あはは。終わった。あはは」

 諸共に布団にひっくり返った麗紋も同じように笑い声を立てる。碧はそんな二人をみて穏やかに見守っている。麗紋は緊張からの解放と興奮に変なテンションになって足をばたつかせながら頬をぽぽっと赤くしてけらけらと笑う。

「いやー、怖かった。久々に緊張した。まさか二か所一緒に開けられると思わなかった。あははっ。こんな傷モノにされたら、俺もう、もう他所にお嫁にいけなくなっちゃうよ? 両側に緑と青なんて、兄ちゃんたちの名前つけられて。なにこれ、マーキング? なーんてね」

 冗談のつもりでそう言ってケラケラ笑う麗紋をよそに、消毒液と綿を救急箱をしまう為、立ち上がった碧がふいに動きを止めて振り返った。
 空気が変わったと感じたのはその眼差しがいやに熱っぽく感ぜられたからだ。

「碧兄?」

 官能的な雰囲気を出してきた碧の眼差しは麗紋をそわそわと落ち付かない気持ちにさせる。少しの間があって、碧は今一度机に救急箱を戻すと布団の上に跪いた。

「そうだと言ったら?」
「え?」