これは幼いころからよく碧がしてくれる動作で、これをすると翠がやきもちを焼いて自分もするといって聞かなくなる。二人はよく麗紋を取り合ってこういった喧嘩を繰り返していた。
だが今は翠は麗紋の頭越しにじっと兄の顔を見据えたあと、すぐにまた麗紋の耳に保冷剤を押し当てる。
「冷たい!」
「冷やしていた方が痛くないから」
怯える麗紋の身体は碧が宥めるように抱きしめてくれる。
正直まだ風呂上がりの身体はほかほかで暑い程だったが、従兄弟の慣れ親しんだ逞しい腕に身体を預け、柔らかな石鹸の香りに包まれると程よく疲れた身体が緩んで眠気が増してきた。
「眠たくなってきたかも」
「いいよ。うとうとしてて」
翠が碧に目配せした瞬間、碧は麗紋の腹の前に回した腕に力を籠め、動かぬようにぎゅっと強く抱きしめる。
間髪入れずにばちんっ! 大きくゴムを弾いたような音が耳元でして、貫かれた痛みに麗紋は目を見開き雄たけびを上げて足をばたつかせた。
「いたああああ!」
「上手く開いた。ほら見て」
部屋から持ち出した鏡に向き合うと、そこには僅かに血が滲んだ白い耳たぶに緑色の石がギラリと嵌まっていた。普段三人で並んで歩くときに、翠がいる右側。聞かずとも長い付き合いの麗紋には二人の意図がなんとなく透けて見えた。
あれほど二人から自立したいと思っていたのに、もう三人で高校に通うのは僅かなのだと思ったら胸の奥が少しもやっと切なく苦しくなった。
(やっと追いついたのに、また離されちゃうんだ)
二歳の年の差は学生時代は大きい。中学生の時に味わった寂しさをまた経験するのだ。
二人と一緒にいられなくなってからの喪失感は大きく、三月にあれを味わった上にクラス替えもあるぐらいならば、今の内から二人がいない日々に慣れたいと思ってしまった。そんな情けない感傷は流石に恥ずかしくて誰にも言えていない。
「じゃあ、今度は俺が」
「うん」
「なんだ急にしおらしくなって」
この一年、二人とまた同じ高校に通うことができて、毎日嬉しくて楽しくて忘れていたが、かつて二人が中学や高校に進学した時も麗紋はこんなしょんぼりとしおれた気持ちになった。
二人が自分だけを残し先に行ってしまう。自分の知らない場所で、自分の知らない人たちと出会う。そしていつかは自分以上に大切な人を作って、麗紋が二人の一番ではなくなってしまう。
色々考えては気が塞いでしまった麗紋の不安を取り除くために、二人は余計に麗紋を構って、そのたび溺愛を深めていったといっても過言ではない。
「じゃあ今度は俺のとこおいで」
今度は翠が麗紋を膝の上に迷いなく抱き上げると、碧が職人みたいにきりりっと真面目な顔をして保冷剤を麗紋の耳たぶに宛がう。一度目の痛みを知っているから二度目は余計に身構えてしまった。
「震えてるなら、俺に抱き着いて」
だが今は翠は麗紋の頭越しにじっと兄の顔を見据えたあと、すぐにまた麗紋の耳に保冷剤を押し当てる。
「冷たい!」
「冷やしていた方が痛くないから」
怯える麗紋の身体は碧が宥めるように抱きしめてくれる。
正直まだ風呂上がりの身体はほかほかで暑い程だったが、従兄弟の慣れ親しんだ逞しい腕に身体を預け、柔らかな石鹸の香りに包まれると程よく疲れた身体が緩んで眠気が増してきた。
「眠たくなってきたかも」
「いいよ。うとうとしてて」
翠が碧に目配せした瞬間、碧は麗紋の腹の前に回した腕に力を籠め、動かぬようにぎゅっと強く抱きしめる。
間髪入れずにばちんっ! 大きくゴムを弾いたような音が耳元でして、貫かれた痛みに麗紋は目を見開き雄たけびを上げて足をばたつかせた。
「いたああああ!」
「上手く開いた。ほら見て」
部屋から持ち出した鏡に向き合うと、そこには僅かに血が滲んだ白い耳たぶに緑色の石がギラリと嵌まっていた。普段三人で並んで歩くときに、翠がいる右側。聞かずとも長い付き合いの麗紋には二人の意図がなんとなく透けて見えた。
あれほど二人から自立したいと思っていたのに、もう三人で高校に通うのは僅かなのだと思ったら胸の奥が少しもやっと切なく苦しくなった。
(やっと追いついたのに、また離されちゃうんだ)
二歳の年の差は学生時代は大きい。中学生の時に味わった寂しさをまた経験するのだ。
二人と一緒にいられなくなってからの喪失感は大きく、三月にあれを味わった上にクラス替えもあるぐらいならば、今の内から二人がいない日々に慣れたいと思ってしまった。そんな情けない感傷は流石に恥ずかしくて誰にも言えていない。
「じゃあ、今度は俺が」
「うん」
「なんだ急にしおらしくなって」
この一年、二人とまた同じ高校に通うことができて、毎日嬉しくて楽しくて忘れていたが、かつて二人が中学や高校に進学した時も麗紋はこんなしょんぼりとしおれた気持ちになった。
二人が自分だけを残し先に行ってしまう。自分の知らない場所で、自分の知らない人たちと出会う。そしていつかは自分以上に大切な人を作って、麗紋が二人の一番ではなくなってしまう。
色々考えては気が塞いでしまった麗紋の不安を取り除くために、二人は余計に麗紋を構って、そのたび溺愛を深めていったといっても過言ではない。
「じゃあ今度は俺のとこおいで」
今度は翠が麗紋を膝の上に迷いなく抱き上げると、碧が職人みたいにきりりっと真面目な顔をして保冷剤を麗紋の耳たぶに宛がう。一度目の痛みを知っているから二度目は余計に身構えてしまった。
「震えてるなら、俺に抱き着いて」