日頃は寒々しい古びた体育館も、今日ばかりは生徒の熱気が満ち溢れている。  
 バスケ部の一年生、麗紋(れもん)が通う県立高校では、今まさに球技大会の決勝の真っ最中だ。今年の最終試合は二年生の優勝チームを下した、麗紋が率いる一年五組対、三年生の優勝クラスの頂上決戦となった。

「レモン! ナイスシュート!」

 三年生チームの硬いガードを躱し、麗紋が身体を捻りながらシュートを決めると、クラスメイトの男子連中から野太い声援が上がる。

「うっしゃ!」

 麗紋は未だあどけなさの残る可愛い顔いっぱいに輝く笑みを浮かべると、しなかやかな腕を振り上げ、声援に雄たけびで返した。

「うおおおおっ! 見てろ! (みどり)兄、(あお)兄! ぜってぇ、勝つからな!」

 威勢よく煽りに煽った麗紋が見据えた先には、コートの中でも一際長身でよく似た端整な顔立ちが二つある。双子の兄弟が揃ってバスケ部の後輩たちにしてやられたという顔をしたから、場内は沸きに沸いた。

 今日最後の試合、たった今一年生チームが逆転を果たし、いよいよラストまで残り五分という大詰めを迎えている。
 体格ではどうしても劣る一年生チームの思いがけない奮闘を一目見ようと、体育館倉庫脇にある出入り口には入りきれない程の生徒が押し合いへし合いしていた。

「もう時間ないっすよ?」

 麗紋が左手首の架空の時計をとんとんする仕草まで見せて不敵に微笑むと、翠は観客に向かって声援を煽る仕草をして見方を鼓舞する。校庭を見渡せる窓の前にはすでにバスケ部を引退をした、校内一有名なイケメン双子『みどあお』こと貴島翠と碧の最後の試合を見届けようと、女子生徒たちが鈴なりになって彼らに手を振っている。

「貴島先輩~ がんばって!」

 アイドルのコンサート並にずらりと並んだ青と緑のうちわを見て、麗紋は汗に湿った前髪をかき上げると、ちぇっと心の中で舌打ちした。

「なんだよ。一年の女子ぐらい、俺ら応援してくれてもいいのにな」
「麗紋!」

 感情ダダ漏れのむくれ顔でいたら、部内でもチームメイトである加賀谷が笑顔を浮かべながらこちらに駆け寄ってきた。

「そうぼやくな。碧先輩の鉄壁ガードを抜いて、貴重な一点追加はすごいよ。誇りに思えって。残り時間、なんとか守り切ろうぜ!」
「加賀谷あ」

 加賀谷は麗紋の肩を労うようにぎゅっと抱いて、頭をわしわしっと撫ぜてから守備に戻っていった。

(そうだよ。あの二人と戦いたいから、俺はここまで勝ち上がったんだ)

 この球技大会最終戦。
 麗紋にとっては部活の先輩であり、二つ年上の従兄弟でもある彼等と人前で対決できる最初で最後の機会なのだ。

(球技大会はお遊びの試合とか思われてても、この一勝はどうしてももぎ取りたい)

 秋に引退するまでキャプテンとチームの得点王だった双子は、麗紋にとって憧れの選手でもあり、幼いころから追いかけ続けてきた越すに越せない大きな存在でもあった。

 日頃は只々眩い二人だが、家に帰れば麗紋に激甘の、大好きな兄代わりとなるのだ。