瞳が物語る

愛と涼が、見つめ合う。二人の視線は互いに熱をもっていて、混ざってとろりと溶けてしまいそうだ。
「ね……ね、お願い。」
涼の懇願するような吐息に、愛の呼吸が止まる。愛の唇がかすかに動いた。
「……き、だょ。」
愛の声が緊張で掠れた。小さい声、逸らす視線。
「……うん?」
聞こえない、そう言うように涼が、愛の顔をさらに覗き込んだ。
「好き、だよ。」
「……もう一回言って。」
涼のその一言で、愛は自分の気持ちが溢れたのを感じた。弾けたように頬が熱い。
「好き、大好きなの。」
愛が、涼に顔を近づけた。涼が愛の頬に手を添える。愛は、自分の頬の熱さと同じくらい熱い涼の手が愛おしくて、すり…と顔を預けた。
「……オレも。愛さんのことが大好き。」
至近距離で見つめ合う二人。愛のその瞳は、出会ったときと同じ、色んな色が混ざったような黒。涼はその黒に吸い寄せられた。愛の睫毛がふるりと揺れ、瞳を包んだ。

―――重なる唇。それは、優しく気持ちを確かめ合うようなキスだった。

静かに時間が流れ、唇が離れる。愛は唇が熱かった。まるで唇が脈を打っているかのような感覚で、クラクラした。
「なぁ……もう一回キスさせて。」
涼が少しかさついた小さい声で言った。愛は、返事の代わりに目を閉じた。ちゅ、と柔らかい感触。唇が離れ、薄く目を開けると涼と目があった。じりじりと熱い瞳が、「逃がさない」と言ってるようで、ぞくりとする。涼が、離れた唇をもう一度重ねようと少し顔を傾けた……ときだった。扉のベルが鳴る。愛は咄嗟に涼と距離を取ろうとした―――

「ただいま〜!待たせてごめんね!セールが始まっちゃってさ〜…卵はセールで買うのがいいよね〜って、あれ?どうしたの?涼……寝てるわけじゃないよね?」
帰ってきた琢磨が目にしたのは、真っ赤な顔で手を伸ばしている愛と、その手に突き飛ばされて隣の席のソファーに顔から突っ込んでいる涼の姿だった。

その後、二人は琢磨にお互いに気持ちが通じたことを報告した。琢磨からの反応はあっさりしたもので「へ〜。おめでとうのケーキとかいる?」とのことだった。ただ、琢磨の瞳は優しく、祝福の気持ちが滲んでいた。

一ヶ月後、愛は『charmée』の扉の前にいた。店の中から、涼と琢磨の声が聞こえる。はっきりとは聞こえないが、少し責めるような琢磨の口調にドアノブを握った手を止めた。
「はぁ?じゃあ、愛さんとは?どうすんの?」
琢磨の言葉に、愛はドアを開ける。琢磨と涼が、ハッとした顔でこっちを見た。
「こんばんは……?」
愛が二人の顔を見る。
「あ、愛さん……。」
琢磨が、動揺した表情のまま、涼をチラリと見た。涼はきゅっと口を閉じていて、なにか緊張した様子だった。
「愛さん、オレ、話があるんだけど。」
涼のその瞳が何を見ているのか、愛は涼を見つめ返した。

―――涼からの話は予想もしていなかったものだった。

「東京の事務所から、声かけてもらった。って言っても本当に声がかかってるだけだけど。」
「……すごいじゃん!なんでそんな感じなの?もっとうれしそうに言えばいのに。」
涼の言葉に不思議そうな愛。
「大学はどうにか卒業まで通うんだけど、事務所にも通うから……、当分、他に何もできない。愛さんにも会えないと思う。」
「あ……。」
涼の言葉に愛の心臓がきゅっと縮んだ。
「なんとか卒業単位取ったり、卒論は出せるようにするんだけど……他に何も時間とれねぇと思う。」
「ん……。そっかぁ……。しょうがないよねぇ……。」
愛は、涼が続けるであろう別れの言葉を待った。愛自身、涼の将来を奪う気は一切なかった。一時的にでも付き合えたのが幸せだったのだ、そう思い、泣かないように、笑った。
「……2年だ。」
涼が、二本指を立て、目の前に突き出す。
「?」
愛は想像とは違う言葉にきょとんとする。
「2年で、死ぬほど頑張って、大学卒業して、シンガーソングライターとしても有名になって、ちゃんとした男になって帰ってくるから。そん時まで……。」
涼が愛に手を伸ばした。少し皮膚が硬くなった男の人の手が、愛の頬を撫で、引き寄せる。
「……待っていてよ。絶対迎えに行く。どこにいたってオレのことを見るくらい有名になるし、オレはどんなとこにいても、あんたを見つけるよ。」
涼が愛にコツンと頭を寄せた。涼のサラリとした金髪がくすぐったくて、愛は目を閉じる。
「オレ、ずっと愛さんを大好きって自信あるから。どんなに有名になろうが、オレには絶対にあんただけって誓うから。」
「……待ってていいの?」
愛が涼を見る。涼が微笑んだ。
「待ってて欲しいよ。」
「私、大人だから。気は長いよ。」
愛が笑った。
「ちゃんと追いかけるよ。」
涼が愛おしげに、愛の頬にキスをした。
「ゔんんっ!……僕もいるんだけど?」
琢磨が咳をして、二人に声をかけた。愛がサッと涼から離れる。涼は少しつまらなそうな顔をした。
「涼、言うのはいいけど、大変だと思うよ。」
「でもやる。」
「そっか。」
「琢磨、ありがとう。」
「僕?」
「琢磨の『charmée』じゃなかったら、オレと愛さんは出会わなかった。」
「恋のキューピッドってことね。」
「まぁな。それに…オレ、ずっと琢磨に憧れてた。何でも出来るし、大人だし。琢磨がカフェするって言ったとき、すげぇキラキラしてるなって思ってたんだよ。だから、オレもオレがキラキラ出来るものを探したい。」
「そんなこと思ってたんだ?」
「思うだろ。」
「ふぅ〜ん。2年かぁ、急いだ方がいいよ。」
「あ?」
ちょいちょい、と琢磨が涼に耳打ちするように近づいた。愛は不思議そうに二人を見る。
「……愛さんには、僕だっているんだから。」
涼にだけ聞こえるように琢磨が言った。バッと涼が琢磨を見る。琢磨が意地悪そうにニヤリと笑った。ぱくぱくと涼が口を開閉する。そして、息を吸い込んだ。
「はぁ〜〜〜⁉︎」
「シンガーソングライターの声量!」
「涼、うるさいよ。」
ありえないくらいの大声が『charmée』に響く。愛と琢磨は耳を塞ぐのだった。

―――

その日から、涼くんは『charmée』に現れなくなった。琢磨さんとも連絡をとっていないらしく、私と琢磨さんの話題は徐々に自分たちの近況の話が増えた。大学生とシンガーソングライターの両立が忙しいのなんて、当たり前だ。私は寂しくなると『charmée』でキャラメルプリンを食べに行った。そんな日々を過ごす。

―――季節が二回巡った『charmée』で音楽が流れていた。聞き慣れないイントロ。
「これ…新曲ですか?」
「そうらしいよ。」
琢磨さんが指さす先にはCDが置いてある。タイトルは『キャラメル』。私は、歌詞を聴いて赤くなった。その曲は、なんだか。
「……聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらい甘いラブソングだね。」
琢磨さんが言う。タイトルに似合う甘い甘いラブソング。その曲にくすぐったさと心地よさを感じて、目を閉じた。ソファに頭を預ける。すると、カランカランとベルの音がした。他の客が来たのだろう。
「やっぱりここで会えるのって…運命じゃね?」
その声は、かかっているラブソングのように甘くって。パチリと目を開けた私の瞳には、キャラメル色が目一杯映ったのだった。